フェミニズムから切り離された「スピリチュアル」 橋迫瑞穂氏インタビュー

文=柳瀬徹
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 なぜ妊娠・出産を迎えた女性たちは、スピリチュアルに惹かれていくのか。『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』(集英社新書)の著者である橋迫瑞穂さんへのインタビュー後編では、「子どもを生む」という行為とフェミニズム言説の関係性から、スピリチュアルがブームの一因を読み解く。(聞き手・構成/柳瀬徹)

「スピリチュアル」はナショナリズムと合体するのか? 橋迫瑞穂氏インタビュー

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フェミニズムから切り離された「スピリチュアル」 橋迫瑞穂氏インタビューの画像2 ウェジー 2021.11.26
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橋迫瑞穂(はしさこ・みずほ)
1979年、大分県生まれ。立教大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程後期過程修了。立教大学社会学部他、兼任講師。専攻は宗教社会学、文化社会学、ジェンダーとスピリチュアリティ、宗教社会学、文化社会学。また、小説やゲーム、マンガなどのサブカルチャーについても研究している。著書に『占いをまとう少女たち――雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ』(青弓社)がある。写真:(C)野本ゆかこ

スピリチュアリティが「妊娠・出産」を肯定した

――この本の大きなテーマとなっているのは、フェミニズムとスピリチュアリティの関係です。先ほども、「子どもを生む」という人生の選択が、ウーマン・リブやフェミニズムからは肯定されなかったのに対し、スピリチュアリティはそれらを肯定してくれるというご指摘もありました。フェミニズムとスピリチュアリティは相容れないものなのでしょうか?

海外では必ずしもフェミニズムとスピリチュアリティは分離していません。たとえばイギリス南西部のグラストンベリーでは「女神運動」というムーブメントがあり、ユダヤ=キリスト教以前にあったとされる「母権制社会」の復興と、儀式やおまじないなどのスピリチュアリティが融合しています。

――女性の権利拡大を目指すムーブメントと、女性を崇拝するスピリチュアリティとで目標が合致していたんですね。

はい。日本でも1980年代に「エコロジカル・フェミニズム」を提唱した作家の青木やよひさんは、妊娠・出産する女性の身体性に聖性を見出し、それこそがテクノロジーに支配された社会からの脱却と、生む性としての女性の復権を果たすものだと主張しました。

フェミニズムの中には、妊娠・出産を男性優位社会における野蛮な苦役とみなす人たちも少なくなかったのですが、青木さんは出産を否定する主張を「自然に反する生き方」として退けます。妊娠・出産を「自然」とみなす考え方に論理的根拠はあまりありませんが、少なくともフェミニズムと子どもを生むことが、さらにスピリチュアリティまでもが融合する可能性はありました。

しかし青木さんの主張は上野千鶴子さんや江原由美子さんなど著名な学者から、論理的な脆弱さや根拠のあやうさなどを指摘され痛烈な批判を浴びることになります。また実際に、青木やよひさんの主張からは、議論として不十分な面が多々見いだされます。これ以降、青木やよひさんは表立ってフェミニズムに参与しなくなりました。

これはあくまでも私感ですが、出産をめぐる論争の結果として、フェミニズム運動が社会に十分に広がるのを待たずにフェミニズムの側が、スピリチュアリティとセットになった妊娠・出産に関する議論を性急に切り離してしまった印象があります。それは現代を生きる女性が妊娠・出産への強い覚悟を求められたり、女性の権利問題との整合性が問われる状況を生んでしまった。祝福されないどころか肯定もされないという孤立感に、すっと寄り添ってきたのが近年のスピリチュアリティだったのだと思います。

母親の「安全」を誰が守るのか

――妊娠・出産とスピリチュアリティの関わりには、医師や助産師の手を借りずに女性一人で出産することが推奨されるなど、医学的に危険な行為も見受けられます。対して、スピリチュアリティを切り離したフェミニズムによる妊娠・出産をめぐる議論には、医学的な知見も活かされてきたのでしょうか?

残念ながら、全体としてはあまりそうともいえません。たとえばウーマン・リブの旗手として知られる田中美津さんは、三砂ちづるさんが提唱する「月経血コントロール」などを非科学的だと強く批判しましたが、その後鍼灸師となった田中さんもまた、「O-リング法」など効果に疑問のある代替医療を提唱しています。田中さんだけでなく、その後もあまりアップデートされていない印象がありますね。

――微妙な表現にはなってしまいますが、「普通の決意で臨む普通の出産」を選択することが、思いのほか難しくなっているのでしょうか。私も大きな病院の産科で、出産を控えた夫婦向けのレクチャーを受けたことがありますが、「育児の主体は母親」という思想が端々に根強く残っていると感じました。出産直後に母親が新生児を抱くことで絆を深めるとされる「カンガルーケア」など、医学や発達心理学からは疑問符が付きそうな行為が推奨される場面もしばしばあります。

そうですね。せめてフェミニズムと医学の親和性がもう少し高まっていれば、とは思いますね。また、フェミニズムの側からの宗教理解、スピリチュアリティ理解もアップデートされていけば、より豊かなフェミニズムの開拓が可能になるのでは、と思うことがあります。

「信じる心」に投げかける言葉

――この本は、スピリチュアリティが孕む危険性に批判的でありつつも、スピリチュアリティに傾倒する女性たちが置かれた状況を踏まえない、頭ごなしの罵倒に対しても批判的ですね。

はい。スピリチュアリティだけでなく、コロナ禍で流行したワクチン陰謀論への批判や、PCR検査の拡大を主張する人たちへの批判などでも、相手の背景や事情に無配慮な言葉が多かったように思います。それがどんなに荒唐無稽なものだとしても、その人がさまざまな経験や学びを重ねて培ってきた世界観を問う時に、自分自身の世界観も問い返されているということに、無頓着すぎるのかも知れません。そこでは異なる世界が衝突しているのですから、しっかりと両者の距離感を測らないと、メッセージは届かないのだと思います。

――スピリチュアリティにハマりすぎる人を引き止めようとした時、その人から「私の世界観を批判するあなたは誰なのか」、あるいは「あなたは私とどんな関係を築こうとしているのか」と問い返されていることに、気づかないといけないということですね。

そうです。そうでなければかえって逆効果なのだと思います。私はもともとオウム真理教などの新新宗教を研究していたのですが、カルトは孤立している人たちにパッと入り込むことに長けています。「あなたのことをわかっています」というコミュニケーションを媒介に、価値観を共有する人たちだけで固まって、違う価値観をシャットアウトしてしまう。相手のことを考えない批判は有効でないばかりではなく、はっきりと有害な場合もあると思いますね。

――スピリチュアリティを軸にしたコミュニティの居心地の良さを考えると、危うい領域まで踏み込もうとしている人を引き止めるのは難しい気がします。

ただここ数年で、身体的な障害や発達障害のお子さんがいるお母さんへの食い込みはどんどん顕著になってきていて、「自閉症や多動に効くレメディ」といったものまでが販売されているのを見ると、なんともいえない気持ちになります。「胎教や自然なお産が障害のない子を生む」といった言説を掲げるスピリチュアリティも多く、妊娠・出産の不安に付け入る手法はとても残酷なものです。見ていて辛いのですが、こういった状況にある当事者に対して届けられる言葉は、正直言って私にもまだ見つかっていません。今後の課題ととらえています。

――お母さんたちを取り巻く社会状況が、もう少し居心地のよいものである必要があるということですね。

これは付け加えておかなければなりませんが、スピリチュアリティ市場がここまで拡大しているのは、ライトユーザーが多いからです。数百円から数千円で、励ましてくれたり癒やしてくれるコンテンツが手に入り、それを求めている人が大半です。

ライトユーザー層の方々は、意外とクールだったりもします。イベント会場の外の喫茶店で「●●先生のあれ、全然効かないのよねー」みたいな会話もよく耳にしましたし、グループでは盛り上がっているように見えても、個別にお話を伺うと「私はそこまでは信じていないんだけど」などと、コミュニティ形成のきっかけにスピリチュアルがあるというケースも多そうでした。

ちょっとした小物のようなものなら、何も信じていない私でも買うのが楽しかったりもします(笑)。一部にたしかに深刻な問題はあり、そこに対する社会からの態度が問われていることは間違いありませんが、同時にほとんどはワクワク感が前提の「毒にも薬にもならない」世界なんだということを、まず理解してほしいですね。それに、何でもそうですが、批判するのであれば徹底的に調べることから始めるべきです。

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