
GettyImagesより
教育現場で虫を教える人たちの、ちょっと謎なプロフィールをお届けする前後編。前編では、自宅前に生き物を置いていただけで「虫をエサに子供に声をかける不審者」扱いされ、カエルーランドなる生き物展示活動を始めた浜野さんのエピソードを伺いました。後編となる今回は、立川市で昆虫観察教室「ムシムシ探検隊」を主催する人物の登場です。
不審者扱いの名誉挽回で虫授業をサポートすることになる、世にも奇妙な虫ばなし
幼児向けの教材でも小学校の授業でも、自然科学の教材として必ず取り上げられる生き物といえば昆虫。そうした現場には一部、授業をサポートしてくれる外部の人が…
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蝶は「きれい」、蛾は「うつくしい」
大事なことなので、子供たちに2回唱和させているそう。蝶と違い、蛾は汚いというイメージを払拭させる、虫屋(※1)の間では有名な名キャッチなのですが……なんだこれ。次世代虫屋育成計画?
※1虫屋……採取、観察、標本づくりなど虫を愛好する人たちの総称。種ごとに分かれ「蛾屋」「クワガタ屋」「ゴキブリ屋」などの名前になる。さらに大きな総称は「生き物屋」。別種で「きのこ屋」「鳥屋」などもある。いずれもそれを商売にしている人たちのことではない。
子供向けの昆虫教室でこの名キャッチを取り入れているのは、NPO法人教育支援協会東京西の代表理事である加藤禮子(かとうれいこ)さん(ちなみにこのキャッチは、加藤さんの所属する「日本蛾類学会」の岸田泰則先生に教わったものだそうです)。そして唱和が行われるのは、子供たちの放課後の居場所や学習支援を行う「多摩っ子クラブ」での昆虫教室にて。これは一体どんな授業なのか? そしてなぜ携わるようになったのか? そんな虫にまつわるアレコレを伺いました。

加藤禮子(かとうれいこ)さん
NPO法人教育支援協会東京西代表理事。放課後の子どもたちの居場所『アフタースクールプログラム【多摩っ子クラブ】』、学童保育所の運営を行っている。虫活動では、昆虫観察会「ムシムシ探検隊・立川 https://musimusi.jp/」、立川市環境対策課との協働事業である「「みんなでつくろう!立川いきものデータベース」 https://www.ikimono-tachi.jp/」を運営。日本蛾類学会会員。
加藤禮子さん(以下、加藤):8年ほど前から、小学校から3年生にモンシロチョウの授業、2年生にカブトムシの授業をやってくれないかと依頼が来るようになり、出張授業を行っています。5年ほど前からは、昆虫探しの授業もするようになりました。特に今はこのコロナ禍で、毎年立川市の小学3年生が行っている「多摩動物園の昆虫園」行きが中止となってしまったので、その代わりに昆虫の授業をして欲しいという依頼が増え、2年生や1年生にもと追加依頼も出てきていますね。
加藤さんの虫教室の流れは、ざっとこんな感じだそう。まず1時間目は学年全体で、座学として視聴覚室での昆虫の授業。キラキラ輝く宝石箱の中にいるような昆虫を紹介する「きらめく昆虫学」。うつくしい蛾を紹介し、『蝶は「きれい」、蛾は「うつくしい」』を唱和。いろいろな柄のテントウムシ、忍者みたいにかくれんぼが得意な虫、面白い顔の虫、卵から成虫になるまでの変化、食べ物の違う虫、ヒトの役に立つ虫、虫の身体のつくりetc. そして「虫を見つけるコツ」を教えると、2~4時間目で実際に探してみようと、外へ飛び出すシークエンス!
加藤:昆虫が苦手な子もいるので、座学でまずは昆虫に興味を持てるような話をするようにしています。虫が嫌いな子は、やはり一定数いますからね。周りの大人が「虫怖い、嫌い、触っちゃダメ、病気になる、 触ったら手を消毒!」とか日頃から言っているからなのか、パワポで虫の写真が出てきただけでも「キャー!」となっちゃう。そんな状態でも1年生くらいだと、自分が面白そうだなと思ったら、コロッと変わりますが(笑)。
前編で登場したカエルーランドの浜野さんもそうでしたが、そもそも「虫の授業って外注されるのか!」という点も驚きです。でも確かによく考えてみれば、教員になる過程で虫を学ぶわけでもない小学校の教師に、「はい、各自で虫を調達して、この授業やってくださいね」というのもなかなかの無茶ぶりだよなあ。
加藤:そうなんですよ。知識がない。どうしても虫が嫌い。いろいろな理由で、虫の授業ができない先生もたくさんいます。3年生で「モンシロチョウを飼う」というテーマが出てくるんですが、先生がそれを突然言われても無理~ということで、卵を探して来て欲しいと頼まれたり。先生方の目の前で成虫のオスとメスをカップリングさせ、「はい、これで卵を産みますからね~」と渡すこともあります(笑)。
教育現場も手探りなんでしょう。教科書もしくは赤本に書いてあるぐらいの知識で昆虫を扱うものだから、悲惨な状況になっていることも珍しくありません。乾燥した環境でエサだけ与えられ、ヘロヘロになっているモンシロチョウ。学校にもらわれてきて丸3日、何も入っていないタライに放置され、絶食状態になっているカブトムシの幼虫。立川市ではプールにいるヤゴ(トンボの幼虫)を捕まえて教室で飼育し、成虫にして放つ「ヤゴ救出大作戦!」なる活動があるのですが、とある学校では主任の先生がどうしても虫が嫌いで、ヤゴの餌として必要な虫も見たくないからと買わなかったために、ヤゴが共食いをはじめてしまって……なんて地獄絵図もありました。そういった状況は一応お役所に報告するんですけど、「あの先生ならしょうがないよね~」程度の反応です。
なかなかに壮絶な、虫の教育現場裏話!? ウサギなどのほ乳類がそんな目にあえば、声の大きい動物愛護団体が騒ぎ出すでしょうに、虫の命の扱われ方の軽さよ……! 全然「救出」になっていない活動もまた、別ベクトルの学びであると言えなくもないのでしょうか(ないない)。
加藤:もちろんそんな出来事ばかりじゃなく、子供たちに虫を教える楽しみはたくさんありますよ。初めは「虫、怖い!」と言っていた子供たちが、座学の途中で目を輝かせていたり、校庭で昆虫を一生懸命に探したり、昆虫をつかまえる程までに成長していく。私はそれを見るのが、大好きなんです。
虫が好きでない限り、普通はそうそう生活の中で気にしませんよね。気にしないということは、見えない。つまり、いないという認識になるんです。よく「冬は学校に虫なんていないでしょ」と言われます。しかし、小学校は同じ場所に何十年もあって、そこそこの木と草、花壇などもあり、除草剤や農薬も使われない環境ですから、虫は何種もいるはずなんです。しかも授業となれば何十人の子どもたちの目があり、探し出せないわけがありません。
先生からは「虫探しの授業をしている間に、虫がいなくなっちゃわないんですか?」と質問されることもありますが、なんにもいなくなるなんてことは、ありません。2時間目、3時間目には出会わなかった虫と4時間目には出会うことが出来ることもあります。またその逆も。いつも虫とは、偶然の出会いです。小学校の校庭で、絶滅危惧種と出会えることだってありますよ。しかも、子どもが見つけます。「夏にいた虫は冬にどこへ行くのか?」というテーマでは、「どこかに違う形で隠れている」「自分たちも寒い時は布団に入ったりするよね」と伝えると、自然と子供たちが探し方を調整して、落ち葉の中などに目を向けるようになったり。少数ですが、食べる方面に興味を持つ子にも出会いますよ(笑)。
そう楽しそうに語る加藤さんも、前編のカエルーランド・浜野さん同様「子供のころから虫に親しんで~」というワケではないよう。虫活動のきっかけは、SNSを始めたことだったとか。
加藤:10年ほど前に某動物園の園長と飲んでいたときのことです。「お前もFacebookやれよ~」という話になりまして。園長曰く「いいねをつけるだけじゃダメ。何か発信しろ!」と。じゃあ~とその場でアカウントを作ってみたものの、初めは何を発信するのか迷いました。立川の街並みや、動物の写真をアップしたり。そんな中、虫の写真ばかりをアップしている女性が目にとまったんです。当時、彼女は小さなお子さんがいて、子供が遊具で遊んでいる間ヒマだからと、その辺の草むらにいる虫の写真を撮って投稿していました。それが面白くって、「こんな虫がいるんだ! 虫の写真でも投稿できるんだ!」と自分もマネして虫写真を撮り始めたのがきっかけです。そうして巷の虫の集まりにも顔を出すようになり、いろいろな虫屋さんたちとつながり、さらに虫の面白さにハマっていきました。
そういえば私が加藤さんと出会ったのも、虫屋の集まる飲み会でした(笑)。
加藤:ところが、そうやって仕事中に虫の写真をアップしていると、当然「何遊んでるんだ」と言われてしまうわけです(笑)。「あー、こりゃ仕事にしなくちゃいかん……」と、立川市環境対策課との協働事業として立川の生き物データベースをつくる企画を出したんです。そうすれば、虫の写真撮っていても仕事になる。虫捕りも経費で行ける。当然、報告書の作成などのやりたくない仕事も付随して発生しますが、基本いいこと尽くしです。Facebook と出合わなかったら、今の状況は全く考えられませんよね。
サラッと語ってくれますが、そこで「仕事」にしてしまう勢いがすごい。ひょんなことから虫沼に入った加藤さんのエピソードからは、好きなことはいつからでもいくつからでも始められ、自分から動けば次々と新しい世界に出会えるというヒントが詰まっているようでした。新しい世界のいい面も悪い面もひっくるめ、それは素晴らしい体験でしょう。
「子供たちに虫を教えている人たちの正体は?」なる素朴な疑問から始まった今回の取材で、思わぬいい話に出会えた私もまた、ラッキーです。ついでに、今までどういう人か知らずに長年付き合っていたので、初めて知ってスッキリ~なるおまけつきで。

『むしくいノート びっくり!たのしい!おいしい!昆虫食のせかい』(カンゼン)
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