
『バクちゃん 1 』(KADOKAWA)
東京で生活していると、私たちは日々さまざまな場所で、この国で生活する外国人の姿を目にする。コンビニのレジで、家から駅に向かう道端で、電車の中で、あるいは商業施設や学校、オフィスの中で。けれども、たとえ同じ国の同じ場所で生きる彼ら・彼女らの姿を頻繁に目にしていたとしても、彼ら・彼女らが見て感じている世界について思いを巡らせ、深く考えたことのある日本人は、いったいどれほどいるだろうか。
第21回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門新人賞受賞作でもある、増村十七氏による『バクちゃん』(KADOKAWA)は、日本で生まれ育ちマジョリティとして生きる日本人がなかなか持つことのできないまなざしや世界の見え方を、そして異なる文化や背景を持った人々がお互いを一人の対等な人間同士として理解・尊重しともに生きていくための手がかりを、読む人にそっと教え、気づかせてくれるような作品だ。
日本に住むおじを頼りに、バクの星から地球にやってきた移民の少年・バクちゃんは、数々のハプニングに見舞われながらも、様々な人や文化に出会う。なんとか住む場所やバイトを見つけ、未来への不安や葛藤を抱きつつも、出会った仲間たちと楽しく東京での日々を送っている。
この物語の中の「東京」では、「東京メトロスペース線」に乗ってやってくる多様な異星からの移民と地球人が共存していたり、ユニークなテクノロジーが発達していたりなど、ファンタジックでSF的な設定や描写も多い。デフォルメされたやわらかくキュートな絵のタッチや世界観、バクちゃんや他のキャラクターたちのかわいらしくてどこかほんわかした言動に癒されながら、気づけばバクちゃんと一緒に微笑んだり、しんみりした気持ちになったりする。しかし同時に、この作品で描かれる「移民」たちが抱える不安や葛藤、直面する問題は、現実の日本で生活する外国人や移民が経験するそれらをリアルに反映しており、読んでいると様々なことにはっと気づかされ、深く考えさせられるのだ。
バク星から地球に到着し、東京での生活をはじめたバクちゃんの日々を追いかけていくと、まず地球に住むために「移民」が行わなければならない手続きの多さや複雑さ、不便さにとても驚かされる。バクちゃんは、「夢」という資源が枯渇してしまったために自分の星を出て、「夢」も仕事もあって安全な地球で仕事を得て生活しながら、ゆくゆくは永住権を取りたいと考えている。そのためには、まずは「ハンコ」を作り、役所で住民登録をし、銀行口座やクレジットカードを作り、携帯電話を契約しなければならない。そこではじめて仕事を探すことができるようになるのだ。
しかし、いざ口座やクレジットカードを作ろうと銀行へ出かけると、在住6カ月未満では普通口座やクレジットカードを作ることができず、それらがなければ携帯電話も契約できないことがわかり、バクちゃんは落ち込んでしまう。その様子を側で見ていた同じ下宿に住む地球人の女の子・ハナちゃんは、ふと気づき、こう考える。
“そうか
この世界では全然少ないんだ
バクちゃんをバクちゃんと認めるものが
銀行やケータイも大事だけどそれよりも
世界と繋がりあえる線の数
この場所で生きていけるという感触が 私たちよりずっと
どんな気持ちだろ
自分のこと知らん世界で暮らしていくのは“
(『バクちゃん 1.』第4話 p.102-104)
日本で生まれ育った日本人の大半にとっては取り立てて大きな問題ではなく、特に気にせずとも生きてこられてしまうような物事でも、自分を知る家族や友人もほとんどおらず、言葉も十分にわからず、価値観や文化や常識も異なり、自分の存在を確かに認めてくれるものが少ない異国の地で暮らす移民の人々にとって、一つの「うまくいかないこと」は、想像以上に重く、深く、不安や心許なさとしてその心や存在にのしかかってくる。その事実に、私たちは地球人のハナちゃんのまなざしを通して、同じように気づかされるのだ。
バクちゃんたち移民が日々直面するさまざまな出来事や投げかけられる言葉や態度、感じる喜びや悲しみや不安を目の当たりにしていくうちに、私は自然と、日々の仕事や生活に追われる中ですっかり忘れかけていた、自身が大学生の頃にイギリスに1年間留学していたときの記憶や体験について、鮮明に思い出していた。
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