「性器をケアすれば女性の人生は充実する」という言説は、どこから来たか?

文=山田ノジル
【この記事のキーワード】

 まずは、腟ケアの布教者を見ていきます。フィトセラピー(植物療法)という切り口で腟ケアおよびアンダーヘア脱毛を推す森田敦子氏や、女性泌尿器科医として腟ケア啓蒙に乗り出した関口由紀医師。そして原田氏に腟ケアを伝授した、助産師のたつのゆりこ氏です。全員1960年代生まれで、青春時代は、女性の社会進出がようやく進み始めたバブル期でしょう(森田&関口のインタビュー記事をあさると「毎週葉山でクルーズ船」だの「ねるとんパーティ」だのバブリー用語が登場しておったまげ)。この世代の一般女性たちは、ボディシェイプやメイクアップなど、ビジュアルを磨き上げることに血道をあげていた印象です。性器や臓器を自力でどうこう……いわゆるインナーケアといった情報がメジャーになるのはまだまだ先。

 ところが社会で活躍の場を得ていた彼女たちは、女性の社会進出がようやく進み始めたこの時代のありかたに違和感を覚えていたとか。個々の詳細は割愛しますが、ざっくりまとめると、そこに後の腟ケア布教につながるヒントを得たという話です。ちなみに、この世代には、「腟や骨盤庭訓をケアして女性本来のパワー(といってもご本人の作った幻ですが)と女の幸せを取り戻せ!」なる主張をいち早く発信した疫学者、三砂ちずる氏(経血コントロール布教の大御所)がいるのも、興味深いポイントです。

 一方、歳を重ねてから腟ケアに出会い仰天した原田氏と同年代の女性たちは、どのような時代を過ごしてきたのでしょうか。原田氏は1954年生まれ。青春時代はだいたい60年代、高度成長期です。ヒッピー文化や学生闘争の時代、一部では性的にアクティブなことがよしとされていた空気もあったようですが、女性蔑視がまだまだ色濃く漂う時代。さらに当時はそれまでの支配的な家父長制から愛情を中心として成り立つ近代家族の形が作られていった時代でもあり、男が外で働き女は家事育児に専念という、性別役割分業に基づく家族モデルが理想とされていきます。

 その構造を支えるため、今もなお母親たちを苦しめる、根拠なき「母性」のゴリ推しが襲来。20代で2~3人の子を持ち、3歳児神話やら家庭教育やらに振り回されながら、子どもは母親が責任をもって心血注いで質よく育てあげねばならぬという課題に取り組まなくてはならない。育児の悩みはもちろん、性の悩みを口にするのは相当憚られる空気が漂い、さぞかし抑圧感がハンパなかったことでしょう。都市部では同棲ブームもあったようなので、そちらもまた性生活が充実するぶん、相談する場所がないままにお悩みも増えたに違いありません。ちなみにその親たちは戦中から戦後復興の混乱期を生きた世代。自分の腟と向き合っている余裕は1ミリもなさそうです。

 こんな背景から単純に、こんな構図が思い浮かびました。社会でバリバリ活躍していた精鋭の女性たちが、日本女性の身体はこんなにヤバい! それを自分たちが体験もしくは目撃してきた! と主張し、ポジティブにケアしましょうと癒す体で、より制圧されてきた女性たちのコンプレックスや不安を刺激する。更年期前後から急激に訪れる体の変化を、すべて「腟ケア不足」にすり替えてしまうイリュージョンーー。そもそも、布教者たちは若いころは腟ケアをしてこなかっただろうに、大病にも不幸にも見舞われていないでしょう。なのになぜ、今の20~30代までもを脅すのか。女性の社会進出から生まれる不安ビジネス、女性の味方であるフリしてとんだ茶番です。

 もうひとつ、腟ケア賛美から感じるのは「歳をとっても性的に充実しているほうがイケている」「性的に充実してこそ、女は輝く」という謎の女性像です。バブル期周辺までは「25歳過ぎの女性は売れ残りのクリスマスケーキ」「恥かきっ子」なんて表現があったことからも、プレ更年期には性行為はとっくに卒業するものだという社会通念があったので、そうしたものへの反発・反動があるのかも(登場人物がやたらエネルギッシュなファンタジー漫画『島耕作』では高齢の女性も元気にセックスしてますけどね)。しかも女性の健康に重要! という大義名分や、もともとアーユルヴェーダなどの伝統療法では存在していたことから、取っつきやすさは抜群。性器のケアを通じて性を謳歌する格好のきっかけも授けられ、原田氏のように抑圧や満たされない思いから解放された人もいるのでしょうか。

 そもそもの健康不安が少ないので腟ケアに反応しないということを差し引いても、こうした主張は90年代以降の世代にはあまり通じなそうです。90年代は若い世代が性的に弾けた傾向がある時代のひとつでもありますし、情報過多のこの時代、セックスにそれほどの関心は払われないので、「性的に充実しているのがイケている」という価値観は何をか言わんやでしょう。マッチングアプリで出会いを楽しむ若者はたくさん存在していますが、よしんばいたした数を自慢しても、今の時代ではただのイタい人では。

 腟ケアのターゲットとなるのは、更年期周辺の女性たち。性的なコンプレックスはどの世代でも必ず存在しますが、「ケアをしてこなかった」「タブーとして触れてこなかった」「向き合ってこなかった」という呪いの言葉に反応しやすいのは、時代背景を鑑みるにこのあたりっぽくないですかね。性的なコンプレックスというと、若い世代のものと思われがちですが、腟ケアブームからは、決してそうではないことがわかります。更年期にまつわるアレコレが一大産業になっていくこれからの世の中、こうした手口はますます増えていくに違いありません。思い当たるとドキッとさせられるようなトークには、全方向ご注意を。

★Information

「山田ノジル×黒猫ドラネコの呪われ注意報」

山田ノジル×黒猫ドラネコ
ゲスト:『マルチの子』著者・西尾潤さん

 スピリチュアルや“トンデモ”を鋭くウォッチし続けてきた山田ノジル&黒猫ドラネコによるトークイベントが、アーカイブでご覧いただけます。

 西尾潤さんが体験したマルチ商法のあれこれから、山田ノジル×黒猫ドラネコが日ごろウォッチしているスピリチュアル界隈との共通点、マルチ商法に引っかからないためのライフハックまで……お見逃しなく!

ご購入はこちらから!

マルチ商法とスピリチュアル・ビジネスについて語り尽くしたトークイベント動画の販売開始! 当日の様子を一部レポートします。

 10月3日に開催したトークイベント「山田ノジル&黒猫ドラネコの『呪われ注意報』」(サイゾーウーマン × wezzy主催)のアーカイブ動画の販売を開始い…

「性器をケアすれば女性の人生は充実する」という言説は、どこから来たか?の画像1
「性器をケアすれば女性の人生は充実する」という言説は、どこから来たか?の画像2 ウェジー 2021.11.15

1 2

「「性器をケアすれば女性の人生は充実する」という言説は、どこから来たか?」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。