高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学

文=高島鈴
【この記事のキーワード】
高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像1

Gettyimagesより

 新刊・近刊の人文書から、ライターの高島鈴が気になる新刊をピックアップ。おさえておきたいポイントと一緒にご紹介します。

 今月は、『日本のフェミニズム』『ブルシット・ジョブの謎』『共同体の基礎理論 他六篇』『ジョン・ロールズ』『攻殻機動隊論』『極東ナチス人物列伝』『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』『近代日本の優生学』『イメージは殺すことができるか』『ノンバイナリーがわかる本』『女性とジェンダーと短歌』『女性とジェンダーと短歌』『戦後日本の文化運動と歴史叙述』『クィア神学の挑戦』の14冊!

井上輝子『日本のフェミニズム』(有斐閣)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像2

井上輝子『日本のフェミニズム』(有斐閣)

 明治維新が起きた1868年から、筆者の絶筆となった2021年までの「日本のフェミニズム」の足取りを追いかける通史本。フェミニズムの歴史を一人の視点から、かつ明治以降という長いスパンで叙述した書籍は実は少ないように思う。「女性学」の先駆けの一人であった著者の証言に、引き継ぐべき言葉を求めたい。

酒井隆史『ブルシット・ジョブの謎』(講談社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像3

酒井隆史『ブルシット・ジョブの謎』(講談社)

 昨年急逝したアナキスト人類学者、デヴィッド・グレーバーの著作『ブルシット・ジョブ』(岩波書店)の翻訳者による詳細な解説書。『ブルシット・ジョブ』自体読みやすいので、先にそちらを読んでから本書を手に取るもよし、これから『ブルシット・ジョブ』に入る読者が前準備として読むもよし、信頼の酒井隆史である。「書類」「手続き」「事務作業」などのワードが嫌いな人には刺さるのではないだろうか。私は全部大嫌いです。

大塚久雄著/小野塚知二編『共同体の基礎理論 他六篇』(岩波書店)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像4

大塚久雄著/小野塚知二編『共同体の基礎理論 他六篇』(岩波書店)

 私は子どもの頃から人間が形成する集団のなかで生きることに強烈な違和を感じており、その結果として前近代社会の共同体史を専攻するに至った経歴がある。そんな「共同体って何なんだろうか」と苛立ち込みの疑問に応じてくれそうな共同体概念に関する古典的理論書が、岩波文庫として装い新たに生まれ変わった。共同体ってそもそも何なのか、どのように使える概念なのか、どう問題化するか。大きな問いを崩すために手元に置いておきたい。

齋藤純一/田中将人『ジョン・ロールズ-社会正義の探究者』(中央公論新社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像5

齋藤純一/田中将人『ジョン・ロールズ-社会正義の探究者』(中央公論新社)

 今年は「公共についてはっきり学ばねばならない」と思い立って齋藤純一の著作を数冊読んだのだけれど(『思考のフロンティア 公共性』、『政治と複数性』など)、いずれも非常に読みやすく面白かった。その齋藤純一がロールズ研究者の田中将人とともに執筆した新しいロールズ論。社会正義とは何なのかをアクチュアルに考え直すための最初の一冊として最適そうである。

藤田直哉『攻殻機動隊論』(作品社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像6

藤田直哉『攻殻機動隊論』(作品社)

 タイトルだけで飛びついてしまった。全身を機械化したウィザード級ハッカーにして女性司令官、〈少佐〉こと草薙素子を主人公に、近未来の犯罪捜査を描くSFコミック/アニメの金字塔『攻殻機動隊』。この魅力ありあまる作品について、ポップカルチャーを中心に批評してきた藤田直哉が構想10年の渾身の筆を振るうという。これまで多くの言及対象とされてきた『攻殻機動隊』を2021年にいかに語るのか、非常に楽しみな一冊である。

田嶋信雄・田野大輔編『極東ナチス人物列伝』(作品社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像7

田嶋信雄・田野大輔編『極東ナチス人物列伝』(作品社)

 戦時下の日独関係を扱った書籍は無数に存在するが、本書はその中でもドイツ本国にいられなかったがゆえにアジアに暗躍していた「異端者」たちの存在にスポットライトを当てているという。専門外の初学者でも惹かれるインパクトの大きいタイトルと、『独ソ戦』(岩波新書)をヒットさせた大木毅ら、豪華な執筆陣に期待が高まる。

青山真也『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』(左右社)

 1964年の東京五輪に合わせて建設され、2020年の東京五輪を理由に取り壊された「都営霞ヶ丘アパート」を追いかけたドキュメンタリー映画の公式冊子。私はこの映画を見ていないのだけれど、国家主導の巨大イベントに翻弄された集合住宅の歴史を追う意義は、五輪が終わった今こそ大きいはずだろう。何もかも、〈終わったら終わり〉ではない。人の零細な生活を押しつぶす大きな力がいかに不条理に働くのか、その過程を忘却しない姿勢は常に必要だ。

本多創史『近代日本の優生学』(明石書店)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像9

本多創史『近代日本の優生学』(明石書店)

1948年から1996年まで続いた優生保護法、相模原障害者施設殺傷事件、杉田水脈の〈生産性〉発言……2021年の今も、われらは優生思想の存在する社会を生きている。その系譜を辿っていくならば、優生思想に「科学的」根拠を与えた科学者たちの実践に目を向けざるを得ないだろう。科学と政治思想は絶対に無縁ではない。

マリ=ジョゼ・モンザン著/澤田直、黒木秀房訳『イメージは殺すことができるか』(法政大学出版局)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像10

マリ=ジョゼ・モンザン著/澤田直、黒木秀房訳『イメージは殺すことができるか』(法政大学出版局)

 センセーショナルなタイトルと表紙に気圧されるが、おそらく気圧されて然るべきなのだろう。本書はイメージが現実世界にもたらす影響について、殺人行為をはじめとする暴力をテーマに論じているようである。SNSを探ればすぐに事件現場の映像が流れてくる現代において、暴論・極論に流されずイメージの持つ力を捉え直すために、必読の書となりそうだ。

エリス・ヤング著/上田勢子訳『ノンバイナリーがわかる本』(明石書店)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像11

エリス・ヤング著/上田勢子訳『ノンバイナリーがわかる本』(明石書店)

 男性/女性のカテゴライズに当てはまらない性=ノンバイナリーに関する、日本語では初めてとなる概説書。目次を見る限り、ジェンダーと言語の関係性、歴史やコミュニティ内での立場から、ノンバイナリーの人びとが直面する可能性のあるメンタルヘルスや医療介入、法律の問題に至るまで、実に幅広い話題を取り扱っている。自分がノンバイナリーかもしれない、あるいはノンバイナリーの人びとがどんな立場に置かれているか考えたい、そのようなときに「まず一冊!」と手に取れる本が刊行されたことが、とても頼もしい。

水原紫苑編『女性とジェンダーと短歌』(短歌研究社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像12

水原紫苑編『女性とジェンダーと短歌』(短歌研究社)

 短歌という媒体に触れ始めてから、いわゆる歌壇にも女性差別がまかり通っていることを見聞きするようになった。本書は多数の作品・寄稿・座談会を収録し、「女性歌人」の置かれた立場を立体的に見せるものとなりそうである。個人的には、ハラスメントを題材にした連作が話題となった川野芽生(『Lilith』)、歌壇の男性中心主義を批判した評論「死ね、オフィーリア、死ね」(『現実のクリストファー・ロビン』)で知られる瀬戸夏子の寄稿に特に関心がある。

高田雅士『戦後日本の文化運動と歴史叙述』(小さ子社)

高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学の画像13

高田雅士『戦後日本の文化運動と歴史叙述』(小さ子社)

 1950年代、民衆による主体的な歴史叙述を目指して行われた「国民的歴史学運動」は、歴史学会全体を巻き込んで行われ、いくつかの成果を残したものの、共産党の政治的方針転換によって「失敗」とみなされるようになった。本書は運動の流れとその後の影響を分析するものである。

 2022年に国民的歴史学運動の捉え直しが行われることに、私はまず大きな意義を覚える。果たして国民歴史学運動は真に「失敗」であったのだろうか? 現代の人びとが歴史的主体になるために、国民的歴史学運動から継承できるものはないのだろうか? 史学史のジャンルにとどまらず、2022年の注目書になりそうな一冊である。

工藤万里江『クィア神学の挑戦』(新教出版社)

 神学に全く詳しくないなりに、いわゆる第二波フェミニズムの時期に活躍した神学者、メアリー・デイリーのこの言葉は知っている――「神が男ならば、男は神である」。神学とフェミニズム/クィアはいかなるズレを抱え、いかに修正を図ってきたのか? その答えの一端を教えてくれそうなのが、『クィア神学の挑戦』である。キリスト教に対する批判的な視線と現代社会に対する先鋭な問題意識が光る雑誌『福音と世界』で知られる新教出版社の、注目の新刊だ。

■記事のご意見・ご感想はこちらまでお寄せください。

「高島鈴の人文書新刊・近刊ウォッチング 攻殻機動隊、ノンバイナリー、オリンピック、クィア神学」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。