
Getty Imagesより
●日本人のつくり方(最終回)
最近すっかり聞かなくなった「クールジャパン」だが、「クールジャパン」戦略じたいはいまだに存在している。つい最近、「一億総活躍」ほか安倍政権時代に作られた各種審議会が岸田政権下で「廃止」となったという報道があったが、2000年代初頭から始まった日本の「国家ブランディング」をはじめとするソフトパワー戦略は、コロナ禍を受けて変容しつつも、終止符が打たれたわけではない。
本連載「日本人のつくりかた」の最終回にあたって、こうした国家プロジェクトで再定義された「日本人」像の一端について観察してみよう。
2017年に炎上した経産省公式「日本スゴイ」パンフ
2017年3月8日、経済産業省のWEBサイトでパンフレット『世界が驚くニッポン!』がPDFで公開された。公開されてすぐに、ネット上では「恥ずかしい」「経産省がこんな自画自賛本を出すなんて」というコメントが相次ぎ、見事に炎上した。
なんといっても冒頭の頁からコレなのである(図版参照)。
宝島社の『JAPAN 外国人が大絶賛したすごいニッポン100』をはじめとする『JAPAN』シリーズや、東邦出版の『JAPAN CLASS』などの「日本スゴイ」ムックと見紛うつくりかたで、「経産省が日本スゴイ本をつくった!」と、多くの人がそっちのほうに驚いたようだ。Twitter上では、本文中の誤植や、そこかしこにちりばめられたトンデモ言説がつっこまれまくったが、経産省サイドから公式な釈明はなかった。
このパンフレットを作成したのは、経産省内に設置された「「世界が驚く日本」研究会」だった。
この研究会の設置にあたって、経産省商務情報政策局 生活文化創造産業課(クリエイティブ産業課)が提出した「本研究会の開催について」という文書には、次のような目的が記されていた。
日本のものづくりやサービスを支える日本らしい伝統的な価値観に裏打ちされた「TheWonder500」認定商材を題材として、これらから導かれる地域の伝統や生活文化に根ざしたストーリーをコンセプトブックとして編纂する。
「The Wonder500」とは、「ふるさと名物発掘・連携促進」を看板にした経済産業省補助事業だ。同省のプレスリリースには「「地方創生総合戦略」をふまえたクールジャパンによる地域活性化を推進する「ふるさと名物発掘・連携促進事業」として、“世界にまだ知られていない、日本が誇るべきすぐれた地方産品”を選定し、海外に広く伝えていくプロジェクト」だと紹介されている。2015年8月に、この「The Wonder500」に選ばれた「日本各地から発掘・選定された500商材」が発表された。選定された商材は、観光、キッチン雑貨、生活雑貨、文具、インテリア、ファッション、食、飲料など多岐にわたる。
つまり、パンフレット『世界が驚くニッポン!』は、この「The Wonder 500」に認定された商品を海外へ売り込むためのコンセプトブックとしての役割を持たされていた。高級マンションの販売チラシになんともいえぬ不思議なコピー(いわゆる「マンション・ポエム」)がついているのをよく見かけるが、このパンフレットも、「The Wonder500」認定商品に「日本らしい伝統的な価値観」などなどのもっともらしい雰囲気を漂わせたストーリーを付与するためのものだった。
問題は、このパンフレットでもっともらしく描き出された「日本らしさ」「日本人らしさ」の内容だ。
2000年代以降の官製「国家ブランディング」戦略
経産省の『世界が驚くニッポン!』(2017年)にいたる、日本政府の「国家ブランディング」戦略、「クールジャパン」戦略の前史をごくかんたんにおさらいしておこう。内閣府経済財政諮問会議に設置された「「選択する未来」委員会」成長・発展ワーキング・グループ第4回会議(2014年7月30日)に、内閣府が提出した資料「「新たな成長・発展メカニズム」の構築に向けて」。ここで、2000年代初頭からの「日本ブランド」確立のための日本政府のプロジェクトが一覧表にまとめられている。
小泉純一郎首相(当時)が「観光立国」スローガンを打ち上げたのが2003年1月のことだった。上掲の一覧表を見ると、「クールジャパン」戦略と、外国人観光客を呼び込む「観光立国」戦略とは、「日本ブランドの確立・発信」として、内閣府の認識においてはともに国家ブランディングの一環としても位置づけられ、少子化と地方の産業振興とを同時に解決する切り札としても「観光立国」戦略は推進されてきたのだった。
「日本らしさ」を海外に売りこむ官製プロジェクト
さまざまにキャッチフレーズを変えながら、また、さまざまな「会議」の消長をくりかえしながら続けられてきたこれらのプロジェクトでは、先にも述べたように「日本」という国家のブランド力を向上させるために、「日本らしさ」を見つけ出し・それを積極的に海外へ売り込んでいくことが目指された。
例えば、2005年に発表された報告書「日本ブランド戦略の推進」(知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会日本ブランド・ワーキンググループ(内閣府)、2005年2月25日)では、次のように述べられている。
我が国が21世紀において世界から愛され尊敬される国となるためには、軍事力や経済力といった強制や報酬ではなく、文化力といった日本の魅力によって望む結果を得る能力(ソフトパワー)を高めることが鍵となる。
こうして、「文化力といった日本の魅力」とは何かを、国家の政策として探し求めるプロジェクトが続々と作られることとなった。
また、「「新日本様式」(Japanesque*Modern)の確立に向けて~世界に日本の伝統文化を再提言する~」報告書(新日本様式ブランド推進懇談会(経産省)、2005年7月)では、
「日本らしさ」の根拠として我が国の伝統文化に着目しようとする試みが、「新日本様式」構築の原点である。……「これぞ日本」というものを生みだし、「やっぱり日本が素晴らしい」と世界の人々が日本人の感性と技術力に共感する状況をつくりだすことが、「新日本様式」の目標である。
とも謳い上げられていた。
「世界から愛され尊敬される日本」になるためのソフトパワーを獲得するという目標が、同時に「日本らしさ」の再定義と軌を一にして進行したことがわかる。いずれも到達目標は「やっぱり日本が素晴らしい」なのであった。
この2000年代初頭から2010年代中盤にかけての国家ブランディング戦略の推進と、テレビや雑誌・ネットなどのメディア上での「日本スゴイ」コンテンツの台頭とが、時間的に重なることも指摘しておきたい。
「日本人」にも「日本のよさ」への自覚が求められた
さらに第一次安倍政権下では、安倍晋三首相(当時)が就任後最初の所信表明演説(2006年9月29日)でぶち上げた「アジア・ゲートウェイ」構想にのっとって、「日本文化」の対外発信を目的とした「日本文化産業戦略:文化産業を育む感性豊かな土壌の充実と戦略的な発信」(アジア・ゲートウェイ戦略会議、2007年5月17日)がまとめられている。安倍は第一次安倍政権発足直後の所信表明演説(2006年9月)で次のように述べていた。
「美しい国、日本」の魅力を世界にアピールすることも重要です。かつて、品質の悪い商品の代名詞であった「メイド・イン・ジャパン」のイメージの刷新に取り組んだ故盛田昭夫氏は、日本製品の質の高さを米国で臆せず主張し、高品質のブランドとして世界に認知させました。未来に向けた新しい日本の「カントリー・アイデンティティ」、すなわち、我が国の理念、目指すべき方向、日本らしさを世界に発信していくことが、これからの日本にとって極めて重要なことであります。(首相官邸サイトより)
この発言は、輸出振興や対外広報(ナショナル・ディプロマシー)のための従来の「国家ブランディング」戦略からすると、大きな飛躍がある発言だった。
これまではあくまでも「軍事力や経済力といった強制や報酬ではなく、文化力といった日本の魅力によって望む結果を得る能力(ソフトパワー)」の獲得であった。しかし、この安倍演説では「未来に向けた新しい日本の「カントリー・アイデンティティ」、すなわち、我が国の理念、目指すべき方向、日本らしさ」というように、新たな国家的理念の創造というナショナリズムの課題へと接続されていたのである。
実際、「日本文化産業戦略」のまとめペーパーでは、
日本文化産業戦略を進める上で、まずは、日本人自身が「日本の魅力」を再認識・再評価することが重要することが重要。
――であると明記されていた。「日本人自身」に対しても「「日本の魅力」を再認識・再評価することが重要」だと要求しているのだ。これは相当に飛躍した文化政策であり、ナショナリズム的傾向が濃厚な安倍政権ならではの国策なのだった。
これ以後、2010年代の「クールジャパン」戦略は、第二次安倍政権下で、2020東京五輪というナショナル・イベントに向けた「「日本の美」総合プロジェクト懇談会」(2015ー2019年)、「ジャポニスム2018総合推進会議」(2016ー2019年)、「日本博総合推進会議」(2018年ー)やなどと同時並行で進められ、
我が国の文化芸術の振興及び次世代への保存継承を図るとともに、文化芸術と日本人の美意識・価値観を国内外にアピールし、その発展及び国際親善と世界の平和に寄与するための施策の検討に資する(「「日本の美」総合プロジェクト懇談会の開催について」趣旨)
と、対外発信だけではなく、「日本文化」「日本の美」を「次世代への保存継承」するという「日本人」向けの目的も盛りこまれてきたのだった。
2000年代初頭からの日本の「国家ブランディング」戦略の推移と変容を見てくると、当初は商売用にひねり出された美辞麗句だったはずが、「日本人」のアイデンティティとして使われることでそこに暮らす人々を縛りつけてゆくさまが浮かび上がってくる。
新築マンション売出しのための(いわゆる)マンションポエムどおりに、そのマンションの住民は「洗練の高台に高級感あふれる邸宅」にとってふさわしい人間にならなければならないと、不動産屋が強制してくるようなものなのである。
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