女子教育問題にもつながる、稚拙でめちゃくちゃな日本の教育民営化政策

文=畠山勝太
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GettyImagesより

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まる以前、教育問題で最も注目を集めていたトピックは教育の民営化・私立学校の問題でした。国際機関のユネスコも、教育業界で最も重要な年次報告書の2021/22年版でこのトピックを扱っています。

 この問題の重要性は日本にとっても例外ではありません。これまでwezzyで繰り返し議論してきた女子教育の問題の根幹にあると言っても過言ではありませんし、ここ数年に限っても、特殊な教育ニーズを持つ子供達をどう教育していくのか? という問題に大きな影響を与えています。

 しかし日本では、この問題があたかも存在していないかのように振舞いながら、女子教育や特殊な教育ニーズを持つ子供達の教育問題を議論しています。

 私自身、wezzyでは教育の民営化問題を論じてきませんでした。というのも、比較的新しい分野であるために依然として議論が錯綜していること、そして私自身も博士論文で扱おうとしていたのですが新型コロナでデータが取れなくなってしまい、自分なりの正解すらまったく分かっていない分野だからです。

 ただ、これ以上この問題を放置すると、女子教育の問題と同じように、障害を持った子供や貧困層の子供に取り返しのつかない問題として降りかかってきそうなので、この機会に私と一緒に考えてみてもらえればなと思います。

市場原理主義者と現代の日本の私立教育

 新自由主義の代表者・市場原理主義者として知られるノーベル経済学者に、ミルトン・フリードマンという人がいました。日本維新の会が熱烈に推している「バウチャー制度」の提唱者でもあります。

 フリードマンの主著である『資本主義と自由』の中で行われている教育議論は、教育の民営化の始祖だと言えます。フリードマンの主張は、現在では一部上手く行かないことも分かっているものの、現代の教育の民営化論者よりも遥かに深く教育における政府と市場の役割を考察していて、その輝きは出版から60年経った今も色褪せていません。フリードマンの主張の中で今回のテーマに関連するものを、現代の教育政策・教育経済学の用語を用いつつ掻い摘んで紹介していきます。

 フリードマンはまず、安定的で民主的な社会を維持するためには、①最低限のリテラシーと知識、②いくつかの共通の価値観の二つが必要で、このために義務教育が必要だと論じています。

 しかし、政府による教育への介入は非効率であるし、教育への多様なニーズに応えられないため、次の3つの場合のみに限定されるべきだとも論じています。

①    義務教育の費用を負担できない家庭が多い場合
②    私立学校が階級を固定してしまう場合
③    通える範囲内に学校が1校しかないような田舎

 フリードマンは①の点については教育バウチャーを、②については奨学金の拡充を、③については都市化と交通網の整備によって緩和されるだろうと主張しました。

 現代の教育政策の知識では、フリードマンの主張が思うようには機能しないことも明らかとなっています。①については、バウチャーによって教育の選択肢が与えられても、a)貧しい保護者ほどそれを上手く使うための知識を有していない、b)最低限のリテラシーと知識の習得の効率を改善するようなものでも、共通の価値観を育むものとも、別の理由で保護者は学校を選択している(例えば、子供と同じ人種の生徒で構成された学校を選んだり、階級に着目して学校が選ばれたり、といった具合)ことが分かってきていて、公立学校の非効率性の問題を解消できないどころか、そもそもの教育の目的の達成すら阻害されてしまいます。

 ②については、保護者の社会経済的背景に基づく子供の学力格差は、学校に入学する前に既に取り返しがつかないほど大きなものになっており、奨学金を提供した所で焼け石に水に過ぎません。③は、21世紀の日本でも、私の通学圏内に小中学校はそれぞれ1校しかありませんでした。

 このように現在では問題点も指摘されているフリードマンの教育の民営化に関する主張ですが、それでもなおいまでも有効な深い考察があることは確かです。問題は、現代の日本の教育政策がフリードマンに比べて非常に稚拙なことです。

 市場原理主義の代表者のように言われるフリードマンですが、私立学校は階級格差を悪化させるため、政府の介入が必要だとも論じています。現在の日本の私学助成金の背景にある、私立学校振興助成法は、私立学校に行ける階層(比較的、高い階層の人たち)の負担を減らし、私学の経営を安定させる方向に行っています。前者は、階級格差を改善させるどころか格差を固定化する方向に働きますし、後者は市場による競争を通じて非効率さの改善を促す働きを消してしまっています。政府の介入によって果たすべき目的と逆方向を向いているのです。

 このような日本の稚拙な教育民営化策は、女子教育にも大きな影を落とすことになります。

日本の女子教育政策の失敗と教育の民営化の失敗

 日本の教育の民営化政策が、60年前に行われたフリードマンの議論よりも稚拙な理由は、歴史的な背景があります。大雑把に言ってしまえば高校・大学教育需要の急激な拡大に対して、政府が仕事をすることを諦め、民間に丸投げしたというものです。

 これは、大学の授業料が日本と比べて極めて高い印象があり、かつアイビーリーグなど私立大学の印象が強い米国でも学生の75%が公立大学にいるのに比べて、日本では逆に学生の75%が私立大学にいるという状況にも象徴されています。

 他の先進国では日本と近い時期に、女子学生の急増という形で大学教育需要の拡大が起こりました。日本はこれに私立・文系(理系の学部創設は、初期費用が高い)の増設という形で応えて現在に至ります。

 日本は、女子の大学・大学院進学率が低いことに加えて、女子学生が国公立大学および理系分野で少ないのが現状です。こうした状況が意味するのは、社会に出る前の段階で公教育支出の恩恵に男女間の格差が生じている、ということです。このことは以前、東京大学の女子学生向けの家賃補助金の是非の所でお話しました

 社会に出る前の段階で公的資金による支援額に男女間格差があれば、それはよほどの事がない限り社会に出てからの男女間格差にも結び付いてしまいますし、社会に出てからの男女間格差解消のための公的な支援を打ち消すものになってしまいます。事実、今の日本社会を見るとそのようになっているように見えます。

 また、今年話題となった都立高校男女別定員制も、同じ延長線上にある問題です。様々な議論が錯綜した結果、「定員性を設けることで女子が不利益を被っている。これは女子差別である」という主張が多くみられました。

 女子教育について何度も議論してきた私がこの問題に触れずにきたのは、本質は私立学校をどのように扱うのかであると考えていたためです(私がそのように考えた理由は、この問題の歴史的背景が解説されたこちらの論文にまとめられています)。男女間格差は確かに問題ですが、日本の稚拙な教育民営化政策というより根深い問題があることを見過ごしてはいけません。

まとめ

 ここまで述べてきた通り、日本が教育の民営化に対してまともに向き合ってこなかった結果、女子教育の問題と結びついてしまったと私は考えています。

 しかし、教育の民営化を本来どうすべきだったのかはある程度分かっても、これからどうしていくべきなのかは、冒頭でも述べたように、私もよく分かりません。そもそも論として、東大に進学する女子の少なくない数が女子の中高一貫校出身者(これは女子校が効果的という因果関係ではなく、相関関係に過ぎない可能性が高い点は留意が必要です)ということを踏まえても、私立の共学・別学に対して政策的に介入すべきなのか否かすら、今の私にはよく分かりません。

 私立学校に対する介入としてパッと思い浮かぶのは、定員の何割かを特定の層の学生・生徒に割り当てさせるというクオータ制です。しかしインドの私立学校で貧困削減を目的としたこの政策は大滑りしました。さらに、アメリカの大学で社会規範的に行われているクオータ制によって、現在私がいるような教育学部の建物に女性ばかり溢れている現状をみると、制度自体は簡単に作れてもその運用がかなり難しいことが予想されます。

 東大の家賃補助の所で議論したように、国公立学校での奨学金はある程度正当化されうる政策ですが、ミルトン・フリードマンが主張したような私立学校への奨学金という政策介入は、どうなるのか正直予想がつきません。

 我が子に合った教育・より良い教育を受けさせるために私立学校を選択するのは、当然の権利です。ただ、これは保護者の権利ではなく、子供の権利なのは見過ごしてはいけないポイントではあります。また、ミルトン・フリードマンの議論に立ち返れば、安定的で民主的な社会を維持するための共通の価値観が保障され、階級格差が悪化しない限り、という限定がつくはずです。

 これらを踏まえた時に、繰り返しになりますが、あるべき私立学校・女子教育政策がどうであるのか今の私には分かりません。分からないのですが、ぜひ読者の皆さん一人ひとりにも、この問題から目を背けずに悩んでもらいたいなと思います。

 次回は、この教育の民営化の究極の問題である、障害児・特殊な教育ニーズを持つ子供達の教育について、私と一緒に悩んでもらおうと思います。

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