メンタルヘルスの「パンドラの箱」に希望は残っているのか

文=みわよしこ
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 前編では2021年のメンタルヘルス10大事件として、行政の「弱者見殺し」というホンネ・精神科病院での新型コロナ感染クラスター・セレブのメンタルヘルス・違法な身体拘束を違法とする判決・イジメとキャンセルカルチャーの5項目を取り上げた。どの1項目も、1冊の書籍に値する背景と重みを持っていたり、歴史を変える可能性があるほど画期的だったりする出来事だ。10年後に振り返った時、「2021年は、日本のメンタルヘルスにとって好ましい転機だった」と言いたいものである。

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メンタルヘルスの「パンドラの箱」に希望は残っているのかの画像2 ウェジー 2021.12.30

 前編に引き続き、残る5項目を紹介しよう。

6. 「貧」と「困」がメンタルヘルスを悪化させるという当然の事実

 コロナ禍に覆い尽くされて2年目となる2021年、自殺の著しい増加が明確になった。2021年版自殺対策白書に示されているのは、2020年までの自殺の状況であるが、子どもと女性の自殺の顕著な増加が確認された。警察の自殺統計を見る限りでは、2021年は、2020年の傾向を維持しつつ、概ね同様の推移となりそうだ。

 もっとも、コロナ禍との因果関係は明確ではない。「コロナ禍で失職や収入減少に見舞われたので、貧困からメンタルヘルスが悪化して自殺が増加した」という単純な結論を導くには、あまりにも根拠が不足している。動機や原因を見ると、明らかに「増加している」と言えるのは「健康問題」のみ。「経済・生活問題」「学校問題」では、明らかな増加は示されていない。

 同白書にはクロス集計による詳細な検討も示されており、学生または有職、同居家族のいる女性の自殺が増加している傾向が見られるが、20代女性に限定すると単身女性の自殺が多い。同居家族がいない20代女性の自殺では、コロナ禍以前からの社会的孤立や貧困が影響している可能性、失職や収入喪失に対して助けを求める相手がいない可能性が考えられる。しかし「家族がいれば安心」「仕事があれば何とかなる」というわけではない。20代・40代女性では、同居家族があって職業を持っている場合に自殺が顕著に増加している。

 いずれにしても、コロナ禍による社会的・経済的インパクトがもたらす大小さまざまな「貧」、そして多様な「困」が、心身のストレスを複合的に増加させていることは疑いようがない。増大したストレスが脆弱性の高い人々を自殺その他の重大な成り行きに至らせることも自然ではある。数値に「脊椎反射」するのではなく、誰もが生きやすくなる方向性を求め、具体的に生きられる社会に向かって少しずつでも歩みつづけることが必要なのであろう。

 なお2021年は、2011年の東日本大震災から10年、2016年の熊本地震から5年の節目あたる。「被災」「被災者」という言葉では捉えきれない多様な困難は、世の中の関心が薄れても各個人や各家庭を覆いつづける。2020年、東日本大震災と関連した自殺者は5名であった。55名だった2011年と比較すれば減少しているのだが、「注目されにくくなった10年後、なお残っている」という事実に注目すべきであろう。

7. メンタリストDaiGo氏の「ホームレスの命はどうでもいい」発言

 8月7日、YouTubeにおいて240万人のフォロワー数を誇るメンタリストDaiGo氏が、新規動画を公開した。動画には、「生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい」「自分にとって必要のない命は、僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい」「(人間は)群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きてきてる」「犯罪者が社会の中にいるのは問題だしみんなに害があるでしょ、だから殺すんですよ。同じですよ」という発言が含まれていた。

 公的扶助がなくては生きられない貧困状態、あるいは貧困状態を背景としたホームレス状態にあることを理由として、社会から排除したり抹殺したりすることは、少なくとも基本的人権を認めている国家においては許されない。数多くのジェノサイドの悲劇が、人類をそのように変えてきた。しかし日本の精神障害者は、長年にわたって社会から排除され精神科病院に収容され続けている。その日本において、DaiGo氏の考え方には何ら新規性はない。DaiGo氏は、人類が克服しようとしているはずの負の歴史を、YouTubeという舞台で「正論」めかして語っているだけだ。

 とはいえ、現在ただいま生活保護を利用している人々やホームレス状態にある人々にとっては、「あなたたちは殺されても仕方がない」というメッセージが自分自身に向けられているのである。8月14日、生活保護問題対策会議をはじめとする4つの支援団体は共同で声明を発し、DaiGo氏およびDaiGo氏を起用してきたメディアに対して謝罪と反省を求めた。DaiGo氏は当該動画を削除し、反省と活動自粛を表明したが、10月には「ファンからの賛同多数」という理由で活動を再開している。

 筆者自身も、複数の精神障害者および生活保護利用者から「死ねと言われているようで怖くて外出できなくなった」と聞き、記事化を期待された。しかし、記事化には乗り気になれなかった。筆者にとっては「一有力YouTuberの暴言」ではなく、自分自身の現在のすぐ先にある当然の近未来のようなものであるからだ。

 精神障害や生活保護は見た目だけでは分からないが、筆者は車椅子を利用する身体障害者である。コロナ禍が社会にもたらしたストレスは、通りすがりの小さな暴力や暴言という形で、筆者の上に日常的に降りかかっている。DaiGo氏の発言は、筆者にとってはあくまでも「ネット空間で言っただけ」。なんとしても阻止すべき成り行きは、240万人のフォロワーが煽動されて路上生活者を襲撃したりする可能性、さらに国政選挙の候補者としてDaiGo氏が支持されて自身の思考を現実にする可能性であろう。

 「メンタリスト」を肩書とするDaiGo氏は、約210万人の生活保護制度利用者、そして年末にかけて増加すると見られている路上生活者多数を「名指し」し、「殺されても仕方がない」と言わんばかりの主張を行った。当該の人々の「メンタル」ヘルスを悪化させ、抗議を受けて反省のポーズを示したものの、変化らしい変化は見られない。DaiGo氏のそのようなあり方を無言で無意識のうちに「生暖かく」支持してしまっているのは、日本社会である。その日本社会に、自分自身も属している。せめてもの社会的責任として、筆者はDaiGo氏の2021年のありようを記憶にとどめておきたい。

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