メンタルヘルスの「パンドラの箱」に希望は残っているのか

文=みわよしこ
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まだ「災害ユートピア」は残っているのか

 2019年末に始まったコロナ禍は、満2年にわたって世界を覆い続けている。人々は、数多くの学びを強制され続けている。たとえば2019年末、細菌とウイルスの違いや「PCR」「抗原」「抗体」という用語は、広く知られているわけではなかった。「mRNAワクチン」について考えたことがあったのは、研究者や医療関係者の一部であろう。しかし現在、これらは一般常識や日常用語である。

 同時に、数多くの経済的・社会的インパクトが世界を襲い続けている。レベッカ・ソルニットは著書『災害ユートピア』(亜紀書房)において、災害に襲われた地域に自然発生する暖かな共感と互助を「特別な共同体が立ち上がる」と表現した。新型コロナにおいても、特別な共同体は立ち上がっている。しかし、人にも資金にも物資にも余裕が薄い。思いや志が、いつも持続可能性につながるとは限らない。

 たとえばフードバンク事業は、配布すべき食糧が調達できなければ成り立たなくなる。支援団体で活動する人々が疲弊すると、具体的な日々の活動が困難になる。2021年の日本において、これらの可能性は現実となった。あまりにも吝嗇な日本の「公助」を転換させることに成功すれば、人・資金・物資の不足は解消するのかもしれない。しかし、それだけで課題のすべてが解決されるわけではない。

 人は、一人では生きていけない。家族、地域、交友など、さまざまなつながりの中で生きている。さまざまなつながりや共同体を、公共が支えている。個人と共同体と公共の連環は、どうあるべきなのか。自分という個人は、どのような連環を作り、その連環のどこで生きていくのか。この問いに、各個人が直面しつづけなくてはならない。国家や大企業といった「長いもの」に巻かれていれば生涯を全うできる時代は、もう来ないだろう。

もう一度、「希望」を抱こう

 2021年のメンタルヘルス事件10件を、もう一度振り返ってみよう。

 精神科病院で続く新型コロナ感染クラスター発生は、各精神科病院の隠しておきたかった実情を、同業の精神科医らに対して明らかにするという「怪我の功名」でもあった。たとえば東京都では、都立精神科病院である松沢病院に設置された新型コロナ病棟が、精神科病院の入院患者の治療に対応している。少なくとも松沢病院の医師やスタッフたちは、搬送されてきた他院の入院患者によって、その病院の衛生状態やケアの実情を知ることができる。そして、未だに畳敷きの大部屋病室の残る精神科病院が東京都内に少なくとも2院ある可能性をはじめ、健康や生存にそもそも適していないのかもしれない精神科入院病棟の存在が明らかになりつつある。

 沖縄県においては、8月、うるま記念病院のクラスター発生が明らかになったことから、原因究明や権利擁護に関する動きが急速に進み始めた。「つい数年まで共に暮らしていた父母や祖父母が、精神科病院の中で必要な治療もケアも受けられないまま人生を終えた」という悲劇の数々は、精神科病院の中を異世界から「私たちの社会」に近づけるエネルギーを生み出した。

 2021年、メンタルヘルス上の課題を抱えたセレブたちは、自らの状況をカミングアウトした。それは、社会に対する「各個人の健康は、メンタルヘルスを含めて最優先されるべき」というメッセージでもあった。多くの人々が、そのメッセージを好意的に受け止めた。たとえば12月、神田沙也加氏の早すぎる人生の終わり、そして一人娘を喪った神田正輝氏と松田聖子氏に対して日本社会が示した理解と配慮は、複雑な経路で獲得されつつある日本社会の精神的成熟の現れなのかもしれない。

 大阪北新地火災では、信頼できる主治医・通い慣れたクリニック・仲間などを同時に喪った患者たちが、数日のうちに緩やかな互助の輪を立ち上げた。メディアの一部に見られる無神経な取材に対し、批判の声を上げる人々もいる。身内や親しい人々を喪った人々を支えようとする人々もいる。大阪市は行政として、患者たちの常用薬や転院に関連する困難を軽減する姿勢を示している。

 希望の光は、数多く見えている。しかし課題は多い。小室眞子氏が複雑性PTSDを語れる一方、いわゆる「ブラック企業」で「ギリギリ」「限界」という状況にありながら辛さを語れない人々がいる。そもそも皇室に関して言えば、メンタルヘルス問題については雅子皇后という先人もいた。自らのメンタルヘルスを守り、必要な配慮や理解を受ける理解が、「セレブ限定」であってよいわけはない。

 あらゆる人々が自らのメンタルヘルスを大切にし、そのことによって社会のメンタルヘルスのレベルを高められる日々を実現するためには、数多くの課題を解決しつづける必要がある。それは、2022年に向けた宿題だ。

 ギリシャ神話の「パンドラの箱」は、開けられたとたんに数多くの災厄を吐き出した。慌てて閉じてしまうと、「希望」が閉じ込められた。

 もう一度、「パンドラの箱」を抱えよう。箱の中には「希望」が残っている。

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