やる気がぜんぜん出ない時に読む絵本『さくらもちのさくらこさん』

文=ひとりがわそろこ
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 ひとりがわそろこ絵本相談室、第5回目となりました。

 こちらは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する完全自己完結型連載です。そろこ以外誰もいない最狭の相談室で、調子づいてぺらぺら語るのが、まあ愉快になってきました。どこにも繋がらない場所って最高。それでは今週も、お悩みにまいりましょう。

相談

「やる気がぜんぜん出ません。お正月ムードも消え去ったというのに、わたしのやる気は戻ってきません。このままだとやばい。まじでなんとかしてほしいんだけど」(21歳のそろこ)

処方

さくらもちのさくらこさん』(岡田よしたか ブロンズ新社)

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さくらもちのさくらこさん』(ブロンズ新社)

わーかーるー

 21歳のそろこ、わたしに相談してくれて、ありがとう。
 そして言わせて。「わーかーるー」

 わたくしこと中年のそろこも、全くやる気が出なくて、床に転がってじっとしていたところ。目をとじるのも億劫で、虚空を見てた。やる気がでないとさ、1時間くらい、余裕でぼーっと床のほこりとか見ちゃうよね。

 質問、読みました。やる気がでないのは21歳のそろこ自身の問題なのに、そこはかとなくキレ気味で、最後に「なんとかしろ」と、こちらに丸投げしてくる感じ、なかなかの好感度。この身勝手な感じが、いかにもそろこね。今も昔も、わたしたちって、いろいろひどいよ。

 さて、そんなそろこに処方する1冊は、『さくらもちのさくらこさん』(岡田よしたか ブロンズ新社)です。

 今回も、わたしが語る情報は、間違いないから信用して。
 だってこの絵本、わたしが編集した本だから。はじめに言っておくと、最高の書。編集しながら、さくらこさんがかわいくて、何度爆笑したことか。さくらこさんは、全然かわいくないところが、たまらなくかわいい、愛すべき主人公です。

性格は「やる気ゼロ」

 岡田よしたかさんの描く食べ物たちは、目鼻がないけれど、ありえないくらい表情豊かで魅力的。描く時に「かわいいなあ」と思って描くと、かわいくなるのだと岡田さんが話していました。なるほど、岡田さんから愛情をたっぷり注がれて誕生した食べ物たちは、なっとうも、うどんも、バナナも何もかもかわいらしく、ページのあちこちで、元気いっぱいうごめいています。

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目鼻もないのに、このかわいさ。

 その昔、書店員さんに「絶対好きだと思う」と、岡田さんの『特急おべんとう号』(福音館書店)をお薦めされたわたしは、ひとめ見て「こ、これは……」と戦慄。そのまま帰社してすぐ編集長に見せ、その日のうちに岡田さんに連絡を取りました。そうしてできあがったのが、『ちくわのわーさん』、『うどんのうーやん』などの、岡田よしたか「たべもの絵本」シリーズです。

 シリーズの主人公たちには、「わーさんはマイペース」、「うーやんは兄貴肌」と、それぞれに性格づけがされています。さくらこさんは、言うなれば「やる気ゼロ」。

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遊びの誘いも感じ悪く拒否。

 「あ〜 つまんない つまんない。ぜーんぜん おもしろない。たのしいこと なーんも ないわ」と、いきなり愚痴りながら登場し、終始わがままに、ずるずるとふてくされているのです。

 桜の葉っぱも「もう いらーん!」と脱ぎ捨てて、ぐだぐだ、ごろごろ。遊びに誘われても「ぜーんぜん やりたなーい」と、感じ悪く拒否。ちょっかいを出されると、ふるえながらキレて大反撃。まったく、ひどいね。さくらこさんは(笑)。

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かしわもちにキレるさくらこさんのシーンの原画。

よりひどいさくらこを、妹分に従えて

 21歳のやる気ゼロのそろこと、わたしに今必要なのは、さくらこさんです。

 基本寝そべったままでいいので、なんとかこの1冊だけを手元に持ってきて、引き続き、ごろごろしながら、眺めましょう。さくらこさんのひどさと、己のひどさを重ねて笑い、黙読したり、声に出して読んだり。飽きたら眠る。そんなことを、こわくなるまで、ひたすらに繰り返します。

 岡田さんの絵本には、ぽかーんと心がゆるむ作用があるので、繰り返し読むうちに、じんわりのんびり効いてきます。困ったさくらこさんを、おおらかに受容してくれる本なので、やる気がでない自分を「お前はだめ人間だ!」と、きりきり苛んでくる、心のむず痒さも、いつのまにか解消するでしょう。

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ひとりぼっちになり、小声で悪口を言う

 人はいつだって、やる気に満ちて感じのいい、てきぱきの優等生じゃあいられませんから、最低なわたしたちも受容してもらわなくっちゃ困ります。まるごと全肯定、フル受容されてから、ようやくやる気もわいてくるって話。『さくらもちのさくらこさん』は、受容偏差値がとび抜けて高い絵本ですから、どうぞ安心して何度も読んでください。

関西ネイティブに読んでもらう喜び

 そうそう、ひとつだけ、岡田作品の楽しみ方を。

 大阪出身で、現在は奈良県にお住まいの岡田さんは、なんともやわらかく、優しい関西弁を話す方。そんな岡田さんの絵本の登場人物たちは、魅力的な関西弁で話すのが特徴です。『ちくわのわーさん』の編集中も、関東出身のわたしが、「わー(↑)さん」と発音するたび、「ちがうちがう、わー(→)さんです」と、なんべんも正してもらいました。

 今のそろこは、やる気がないから、ホームパーティなんかやりたくもないだろうけど、いつか関西からお客さんが訪ねてきた時用に、岡田さんの絵本だけは、家に常備しておいて損はありません。関西から来たお客さんがまんざらでもなさそうなら、ぜひ読んでもらうのです。本物の関西弁で聞く、岡田さんの絵本の読み聞かせは、まあ絶品。やっぱ一度は、ネイティブの発音で聞かなきゃね。西と東、それぞれのイントネーションで読み比べしても、盛り上ります。

 ま、それも、いつかやる気がでた時で大丈夫。

 あとはさ、そうこうするうちに、そろこにも、さくらこさんにも、いつのまにか、春がくるのよ。春がきちゃえば、なんとかなる。

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ごめん、この写真も過去の使い回し。やる気でなくてさ。

 とりあえず今は、隣にさくらこを転がしたまま、寝そべってお茶でも飲んで。スロースタート組の我々は、ひそやかにエネルギーを溜めて、気温の上昇とともに芽吹きましょ。それでは、今月はこのへんで。

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Illustration Stuart Ayre 
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。 
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre

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