2021年は凹まされる出来事の多い年だった。4月には自民党の山谷えり子議員によってLGBTへの差別、わけてもトランス差別を煽る発言があり、この種の差別が政治家が公言することでまた一段違うフェーズに入っていった。一方でメディアではSDGsに合わせて空虚な多様性が踊り、虹色が粗雑に扱われているのを見せつけられる。
ほんとうにぐったりさせられる事ばかりで、そのぐったりの正体というのは同じ説明を何度も繰り返させられるという無力感によるものかもしれない。
その分、私は創作や研究に救いを求めた。創作と研究に関しては2021年は嬉しくなることの多い年だった。助けてくれた小説映画ドラマ評論論考はあげればキリがないけど、中でも特に私を救ってくれたのはゲームだった。セクシュアルマイノリティを描くゲームたちは私にポジティブな力をくれて、積極的に遊んでいた。
主体的な没入を促すゲームは、良くも悪くも自分自身が周りの物事をコントロールしているという感覚を少しだけ与えてくれる。抑圧や差別をその中で再経験したり、バイセクシャルの英雄になって暴れ回るのは私のなにかを回復してくれた。
『Tell Me Why』はそうした中で出会ったゲームだ。トランス男性の主人公を据えたゲームで監修をGLAAD(性的マイノリティのメディアに関する支援団体)が行っていて、ボイスアクターにもトランス男性が起用された、という情報を知っていたものの重そうなストーリーにちょっと引いてしまって、なんとなく放置していた。でも、現実が重くなる一方な中でやるべき時が来た気がしたのだった。
もちろん現実はいつだって重かったのだけど。
長く続く日常を生きるトランスジェンダーの物語
ゲームはいきなり子供が警察から尋問されているムービーから始まる。「髪を切った」姿を母に見せたら殺されそうになり、逆に母を刺したのだ、と子供は語っている。やっぱり重い雰囲気に気圧されて、少しコントローラーを置きたくなってしまう。
『Tell Me Why』は「アドベンチャーゲーム」と呼ばれるストーリーを追うことがメインとなるジャンルのゲームだ。プレイヤーはキャラクターを操作して、ゲーム内に配置されたアイテムを調べたりキャラクターと会話をし、時に選択肢を選んで物語に介入し話を進めていく。
ストーリーのあらすじは、トランス・フォビックな母親メリーアンに殺されそうになった双子のアリソンとタイラーが身を守るために母親を殺し、その後別々に育てられた二人が久々に再会し過去を辿ることになる、というもの。しかし過去を探る過程で、二人の記憶が異なることが次第に明らかになっていき、プレイヤ―はことあるごとに、大小さまざまな記憶の食い違いのどちらを信じて「真実の記憶」にするかという選択を迫られる。
私はこのストーリーに惹かれてプレイしようと思ったわけなのだけど、実際に子供が殺人を告白する場面を見ると少したじろいでしまう。そしてすでにここでは彼、タイラーのトランス性とそれが母の怒りを引き起こしたことが示唆されている。
尋問のムービーが終わると一気に雰囲気は解放的になって、住み慣れた部屋で荷造りをする青年タイラーの場面に移り操作ができるようになる。随分と綺麗に整理された部屋のアイテムを調べてゲームを進めていく。私の部屋とは違って物が整理されてるから、何を調べるかわかりやすい。部屋に配置されているアイテムに近づいてボタンを押すとキャラクターが反応したり、テキストが読めたりしてなんとなく状況が掴めていく。
ゲームはこんな風にアイテムを探したりすることと会話をメインに進んでいく。そうして二人の関係や過去にあったこと、そして町の人々について知っていき、物語が広がっていく。
この場面では手紙やノート、雑貨といったアイテムを通して二人の近況が明かされていく。事件のあと二人は離れて暮らし、主犯であるとされた弟は地元を離れある種の施設で暮らしていたこと、彼はそこでリーダー的な役割を担いアート活動や環境保護活動を行っていたことなどなど。そして二人が暮らしていた子供時代の家を売るために地元に行くこと――。
荷物をまとめて部屋を出るとアリソンが待っている。数年ぶりに再会した双子は、地元の小さな町デロス・クロッシングへ向かうちょっとした船旅を始める。とても綺麗なアラスカの広大な自然を眺めつつ、アリソンの会話にタイラーとして受け応えていくパートだ。地元への微妙な嫌さが共有されながら、築いた人間関係の違いから起きるズレにハラハラしつつ二人の会話に耳を傾ける。
町に着くと色々な人物と知り合いながら話が進んでいくようになる。私はどうしてもタイラーに感情移入してしまって、彼を傷つけるような言葉が出てこないかドキドキしながらプレイしていた。
多くの人々は長いブランクと成長に戸惑いつつ彼を彼として扱ってくれる。中には不用意な発言をする人もいるが、という感じはマイノリティをめぐる創作では見慣れた風景かもしれない。
でも『Tell Me Why』が私にとって良かったのは、タイラーが子供の時から青年になるまでの間、街にいなかったという舞台設定(そして彼の殺人)によって、周囲の反応がトランスであることを焦点にしないところだ。それはタイラーにとっても同じで、彼は男性としての暮らしをそれなりに続けていて安定したアイデンティティを持っていることが示されている。
この描き方は、少しホッとできるものだった。なぜならこの作品が語るのはトランジションやカミングアウトや周囲の反応という劇的に演出されがちな人生の瞬間ではなく、トランスの長く続く人生をどう消化しどう生きるか?という日常へ続く問いだったからだ。
だからこの作品でテーマになるのは過去の認識とそれに基づく未来の想像なのだ、と私は思う。
過去を選択するゲーム『Tell Me Why』
『Tell Me Why』はちょっとした会話の受け答えから、ゲームの結末を大きく左右する問いまで、色々な選択肢を提示してプレイヤーに選択させてくる。なかでも特徴的なのは過去の選択だろう。
主人公のアリソンとタイラーはある種のテレパシーを持っていて二人は離れていても通信することができる。そして二人は感情が高まった時にその場所で経験した二人の記憶を共有することもできる。
面白いのは、この二人の共有された記憶がけっして真実の記憶ではないところだ。
二人が同じものを見ていても、それぞれに異なる記憶を持っている場面が多々ある。プレイヤーはこの時にどの記憶を自分たちにとっての真実として選択するかを迫られる。
過去が唯一の真実を持たない、そして確かめられないというこのシステムは、過去をどう解釈しどうやって自分にとって納得できるかたちで消化するか?というトランス的な経験とも重なる部分があるような気が私はした。
テッサというキャラクターはこの作品の中で鍵となる。彼女はタイラーを男性として扱いはするもののキリスト教保守派であり、またタイラーとアリソンの母親のメリーアンの経済的窮状を知って援助する一方で、メリーアンにタイラーの性自認を変えさせる差別的な転向治療を勧めてたという過去を持つ。
彼女は今では転向治療を否定しているけれど、差別的な側面を今でも持っている。一方で彼女の雑貨店で働くマイケルはロッカーにレインボーフラッグを掲げて彼女に反抗していたりもする。ゲームでは選択肢によって彼とテイラーのラブロマンスが展開される。
今と過去が交錯し、差別と抵抗が折り重なりながら生活が行われる姿がここでは示される。またゲームでは様々な過去が語られる。アラスカの少数民族が受けた迫害の歴史も語られるし、アメリカのコミューンカルチャーのことも語られる。
この作品における二人にとって重大な過去の解釈は、母親であるメリーアンは本当に二人を殺そうとしていたのか?トランスジェンダーの子供とどう向き合おうとしていたのか?という問いかけだ。この自分ではもはや変えられない過去の差別を今どう解釈し、そしてどうやって今の自分のものとして語り直すのか、ということは本作で一貫して語られる重要なテーマでもある。
『Tell Me Why』はプレイヤーが積極的に物語に参加するゲームだから、どのような過去を選択するのか、という選択は文字通りプレイヤーに委ねられている。
もちろんどうしてもメリーアンを殺したというシナリオ上の過去はもはや変えられず、だから物語はビターな結論にならざるを得ない。またメリーアンのトランスフォビックに見える反応は背景やその後の反省があるとわかっても、子供を傷つけたものには変わりない。
ただそれでもなお過去を選び取り今の自分の納得に繋げる作業を仮想の世界を通して行えるのは私にとってどこか助けになる作業だった。
トランス差別は今も吹き荒れているし、そこでは『Tell Me Why』が描くような日常は無視されてしまう。ゴワゴワした服を着せられる感覚の日常の中で、個人的な生の棚卸しを自分とは少し離れたところでできるのはゲームの本当にありがたいところだと思う。
これからプレイする人向けのポイント解説
- ・Xbox/パソコンでプレイできる!Xbox Game Passというサブスクリプションサービスではストリーミングによってもプレイできるので高速なインターネット環境があれば低スペックなPCでも!
・複雑なアクションはなく操作は簡単
・様々なオブジェクトを調べたり、キャラと会話したりして物語を進めていくゲーム
・調べられるオブジェクトに近づいたりカメラを向けるとポップアップが出てきて、対応したボタンを押すと調べることができる
・謎解き要素が多めでしかも難しい! 家族三人で作った絵本が鍵になるのでよく読み込んでみて!難しすぎたらインターネットで検索するのも手
・オブジェクトはモノによっては裏返したりとかもできるので気を付けて!