禁書ブームのアメリカ〜ホロコースト・黒人差別・LGBTQ+

文=堂本かおる
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『1619プロジェクト』

 アメリカでは同様の禁書問題は以前よりあるが、ここ2~3年の禁書加速は『1619プロジェクト』に端を発している。1619とは北米大陸に初めてアフリカ人が連行され、以後、約250年間にわたる奴隷制の始まりとなった年だ。

 その日から400年目にあたる2019年8月、当時ニューヨークタイムスのジャーナリストであったニコール・ハナ-ジョーンズが、1619年に始まる米国奴隷制の歴史を模索するジャーナリズム・プロジェクト『1619プロジェクト』をタイムスマガジンに発表した。『1619~』は発表とともに大きな反響を呼び、ハナ-ジョーンズはピューリッツァー賞を受賞。カリフォルニア州は『1619~』を学校のカリキュラムに加えると発表した。

 奴隷制こそがアメリカ史の土台であるとする『1619~』の歴史解釈に保守派が「左翼のプロパガンダ」「洗脳」などと一斉に反発。共和党のトム・コットン上院議員は「奴隷制は必要悪」と言い、学校で『1619~』を教えることを実質禁止する「2020米国史救済法案」を提出。州レベルでも少なくとも27州が『1619~』阻止を試みた。

 当時、大統領だったトランプも『1619~』を教える学校には予算を出さないとツイートし、”愛国的” カリキュラムを作るための「1776委員会」を発足。1776年は米国がイギリスの植民地から脱し、独立した年だ。つまり、保守派は『1619~』が提唱する1619年の意味、意義を認めず、1776年をアメリカの始まりとして再定義しようとしたのだった。昨年1月にトランプ支持者が米国議事堂に突入したクーデター未遂事件の際、乱入者が「1776」と染め抜かれた旗を振りかざした理由だ。

 「米国史を救う法案2020」「1776委員会」は共に機能せず、雲散霧消している。

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The 1619 Project』(One World)

CRT(批判的人種理論)~ミシェル・オバマの伝記も禁書?

 『1619プロジェクト』への反発から「CRT」(クリティカル・レイス・セオリー/批判的人種理論)という言葉が急浮上した。CRTは以前より「人種は科学的なものではないが社会的に構築され、制度的なマイノリティ不利を招いている」といった意味合いの学術用語として使われていたもの。それが「人種問題を教える=白人は差別主義者という刷り込み」と誤解釈され、「CRTを教えると子供たちの、ひいては国の分断が深まる。よって教えてはならない」と叫ばるようになった。さらには「うちの子が学校から帰るなり、『私って悪人なの?』と聞いてきた。学校で習ったCRTによって罪悪感を背負わされた」と訴える親や政治家も出現した。

 つまり禁書派が挙げるカースワードや性的描写は建前であることが多く、「白人を不快にさせる」内容が受け入れられないのだ。テキサス州のある学区では、保護者の1人がミシェル・オバマの子供向け伝記『Michelle Obama: Political Icon』(ミシェル・オバマ:政治的アイコン)を禁書とするよう申し入れた。申請は却下されたが、この件では禁書とすべき理由のひとつが「白人の女児に肩身の狭い思いをさせる」と率直な説明がなされている。

 同書は8~12歳を対象としており、ミシェルの小学生時代のエピソードに以下がある。成績優秀な小学校に通って標準英語を学んだミシェルに対し、イトコたちが「なぜ白人の女の子みたいな話し方するの?」と聞く。10歳のミシェルは学校の白人社会と地元の黒人社会のどちらにも属せず、困惑してしまう。

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Michelle Obama: Political Icon』(Lerner Publications)

 このエピソードから白人であれ、黒人であれ、子供たちが学ぶものは多い。標準英語が白人の言葉と看做されること、多くの黒人が特有の言葉を話すこと、なぜそうなったのか、その歴史と背景。そもそも白人と黒人はなぜ異なる地区に住んでいるのか。最も重要な点として、クラスメートや家族との言葉の違いをどう受け止めるか。

 これを学ばなければ、白人の子供は「黒人は私たちと違う喋り方をする」に留まり、大人になると「我々の英語が正しく、黒人は教養のない話し方をする」に転化する。相手の歴史文化を認めないだけでなく、言語への偏見によって、例えば「きちんとした言葉が話せないから雇用しない」など、黒人に社会的、経済的な不平等をもたらす。

 そもそも史実の無視はアメリカで生きる黒人の存在理由を認めないことにもなる。『1619プロジェクト』のハナ-ジョーンズは高校生の時に1619年に何が起こったかを知り、初めて米国史の中に自分を見つけたという旨を『1619〜』に書いている。ハナ-ジョーンズにとって、それまで教わってきた米国史の中にアフリカン・アメリカンは存在しないも同然だったのだ。

 これは黒人に限ったことではない。奴隷制がアメリカ経済の土台であった以上、白人も、その後に世界中からやってきた移民たちも、奴隷制の歴史があった上での存在ということになる。いうまでもなく、ネイティヴ・アメリカンの土地と命を奪ったからこそ奴隷制による農業と経済が発展した歴史も含まねばならない。

マジョリティの焦りと不寛容

 禁書は白人が圧倒的多数を占める郊外の保守的な土地で多く起こっている。彼らは地域の多数派ではあるが、BLM、トランプの落選を目の当たりにして動揺しているのだと言える。人は自分の既得権、優位性が危うくなると敏感に感じ取り、強いディフェンスに出る。そのひとつが禁書だ。

 性教育、LGBTQ+の禁書も同じだ。アメリカはキリスト教大国であり、極度に保守的な宗教観を持つ人々は子供が性に関心を持つことやLGBTQ+の存在を受け入れない。「こんな本は子供にはまだ早い」ではなく、「こんな本はあってはならない」と、やはり教育に蓋をしてしまっている。彼らが理想とする、結婚までは性に関心を持たず、結婚すると妊娠出産を繰り返して決して離婚せず、円満な家庭を寿命まで持続する男女は、今や少数派だ。LGBTQ+に至っては、彼らが望もうが望むまいが存在し、禁書による抹消などできるはずもない。

 禁書派は目指す”理想”を力づくで実現するためにアメリカが掲げる表現の自由、言論の自由を踏みにじっている。その結果、彼らが忌み嫌う中国やロシアの言論封鎖に刻々と近づいていることに気付いていないのである。
(堂本かおる)

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