バイデン大統領「サノバビッチ」に覚えた危機感~アメリカのカースワード文化

文=堂本かおる
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写真:ロイター/アフロ

 バイデン大統領が、あろうことかテレビカメラの前で「stupid son of a bitch」(アホな最低野郎)と毒づいた。プーチン大統領のことではない。不躾な質問を唐突に叫んだジャーナリストに対してである。実のところ、大統領はマイクのスイッチがオンのままだと気付いていなかったのだ。1月24日、ホワイトハウスでの出来事である。

 「son of a bitch」は大統領に限らずとも、まともな人物が公の場で言える言葉ではない。直訳は「bitch(醜悪な女)の息子」だが、文字通りの意味ではなく、相手を罵倒する非常に粗雑なフレーズだ。「bitch」の本来の意味は「雌犬」だが、スラングとして複数の意味を持ち、単体で男性に向かっても使われる 。

 言葉の過激さにも関わらず、今回の件はさほど話題にならなかった。もちろん各メディアが一応の報道はしたものの、相手が以前より大統領に挑戦的な質問を繰り返してきた保守系フォックスニュースの記者であったこと、その記者がホワイトハウスでの会議終了後の退室中にいきなり大声で質問を放つマナー違反を犯したこと、大統領は記者に向かってではなく、独り言として呟いたことなどが、取り立てて騒がれなかった理由だ。

 それでも大統領が公の場でカースワード(罵り言葉)を口にし、その場面が放映されても、なんとなく許されてしまう時代になってしまったことに、若干の危機を感じざるを得ない。

カースワードはアメリカ文化

 カースワードはアメリカの文化だ。よほど信仰熱心であったり、独自の強い道徳心を持つ人以外は、少なくとも私的な場ではカースワードを使う。社会的地位も財産の有る無しも性別も関係ない。人によって使うカースワードの種類と頻度が異なるだけだ。

 例えば、うっかりモノを床に落とした時、多くの人が無意識に「Shit!」(クソ!)、「Fuck!」(本来の意味は「性交」だが、今やあらゆる意味合いのスラングとして多様な使われ方をする)、「Damn!」(本来の意味はキリスト教由来の「呪われる」)などと口走る。他者への罵りではなく、自分が犯した失敗への言葉なので特に問題にならない。ただし、親や教師は子供の前で言わないし、子供が使えば注意する。同僚の前で言う人も会議の席では言わない。とはいえ完全に脳内に染み込んでいる言葉ゆえ、会議中であってもとっさに口走ってしまうこともある。その場合は「Excuse me.」と謝罪する。他の会議参加者も同じ言葉を日常的に使っていることから、大抵はそれで済んでしまう。

 自分ではなく、他者への罵り言葉となるとさらなるバラエティがある。しかも多くがシモネタ由来だ。そんな中、「idiot」「stupid」は下ネタ由来ではなく、日本語の「バカ」「マヌケ」「ロクでもない人間」などに相当し、「He’s an idiot.」(あいつはバカだ)など、カジュアルによく使われる。「dick」(本来は「男性器」)も同様の意味で使われるが、これは品性が下がる。ちなみにどの言葉にも関西弁の「アホ」にある、どこか憎めない相手への「仕方ないなぁ」的なニュアンスは無く、「バカ」「ロクデナシ」と一刀両断する言葉だ。

 「Motherfucker!」(直訳は「自分の母親とヤるやつ」)、バイデン大統領が使った「Son of a bitch」はどちらも強烈な罵倒語だ。よほど親しい相手に冗談として使うならともかく、それ以外はほぼ問題を引き起こす。

 「Fuck you!」は相手への挑発的な見下しのセリフ。映画ではこの言葉からつかみ合い、殴り合いのケンカとなるシーンがよく見られる。しかし、先にも書いたようにカースワードはアメリカの文化であり、カースワードによって人間の機微が表されることも多いにある。

 俳優サミュエル・L・ジャクソンはアメリカのカースワード・カルチャーの体現者だ。30年以上のキャリアで140本以上の映画に出演し、少なくとも30作品で「Motherfucker!」を使い、1作品で30回以上の連打すらある。アメリカで最も “クール” かつ稼ぐ俳優の1人であり、ファンは「マザファッカー!」を聞くためにジャクソンの映画を観ると言っても過言ではない。ディズニー社ですら『アベンジャーズ/エンドゲーム』でこのセリフを使わせたほどだ(ただし「マザー」のみで、「ファッカー」の部分はフェードアウト)。

 ジャクソンの人気の秘密はカースワードを連発しながらも、ただの荒くれ者ではなく、ウィットに富み、知性がにじみ出ていること。カースワードによって人間味と知性を共存させるのがアメリカ式なのだ。

サミュエル・L・ジャクソンの出演作から「Motherfucker!」のみを切り貼りした映像。

トランプのレガシー:罵り言葉

 カースワードは米国文化とはいえ、これまでは公私の切り替えが行われてきた。大統領も大統領となる以前や、就任後も身内だけの席ではカースワードを使っていることはアメリカ人なら当然と認識しているが、公式な場面では控えてきた。もっとも、過去の大統領たちも1度や2度はカースワードを使った場面を記録されているのだが。

 常に冷静沈着かつ言葉の達人として知られたオバマ大統領に至っては、関係者へのショック効果を狙ってあえて使ったと思われる。2010年のメキシコ湾原油流出事故に当初から強い関心を寄せていたオバマ大統領だが、対応が甘いと批判されていた。朝のニュース番組でのインタビューに登場し、自分は現地で専門家や漁師と直接対話しており、「I know whose ass to kick」(誰のケツを蹴れば=誰に対処させればよいか、を知っている)と語った。

 しかし近年のように議員、ニュース番組に登場する識者、ジャーナリストなどが公然とカースワード、もしくはそれに近い言葉を幾度も発するのは、かつては見られなかった事態だ。

 これもトランプが残した負の遺産のひとつだ。

 大統領選の期間中、民主党の候補者たちがカースワードを使い出した。昔から公私を問わずにあらゆるダーティ・ワード(口汚い言葉)を発し続けるトランプに対抗するために、候補者たちも同様の言葉を使い始めたのだ。特に若手の男性候補者たちに見られた。トランプの挑発に乗ってしまったわけだが、カースワードへの抵抗が少ない若い有権者に親近感を抱かせる目的もあったと思える。それにつられて識者やジャーナリストも使い始めた次第だ。

 GovPredict社は、上院/下院議員がツイッター上で使ったカースワードの数をカウントしている。トランプの大統領就任は2017年だが、この年の議員によるカースワード使用総数は1,571と、前年193の8倍に急増。さらに翌2018年は2,578となっている。選挙戦中に演説やインタビューなど口頭で始まったカースワードの使用がSNSにも定着してしまったのだろう。

ベト・オローク(2016大統領選立候補者)が銃規制法について「むちゃくちゃだ」の意味で「fucked up」と言い(16秒目)、若者たちから喝采を浴びている。後半にトランプの名も出している。

ポッドキャストでの侮蔑語

 これまで挙げたカースワードはどれも相手の属性を選ばずに使われるものだ。ゆえに「場にふさわしく無い」「品性に欠ける」と批判されることはあっても、使った側の根源的な人間性まで疑われることはあまり無い。対してNワードを筆頭に人種民族への侮蔑語は今や絶対的なタブーだ。社会通念的に許されないだけでなく、例えば暴行罪で逮捕された者が暴行の際に人種侮蔑語を口にしていれば、ヘイトクライムが加算されるケースがある。

 性的マイノリティ、中でもゲイ男性を指すスラングにも使用してはならないものがある。知的障害を意味する言葉もかつては「stupid」の意味で使われていたが、それも今は厳禁だ。

 このように多様性の展開とともに特定の属性への侮蔑語がかつてより厳しく咎められる昨今、ポッドキャストは異なる気配を見せている。

 絶大な人気を持つポッドキャスター、ジョー・ローガンは、ストリーミングのスポティファイでの番組でコロナウイルスに関するデマを拡散し、ニール・ヤングなど大物ミュージシャンが抗議行動として自身の曲をスポティファイから引き上げるという騒動があった。

 その直後、ローガンが過去に番組で発した20回以上のNワードを繋いだ映像が出回った。ローガンは謝罪し、過去の70話がアーカイブから削除されたが、スポティファイCEOはローガンとの契約解除は行わないと発表した。

 ローガンの謝罪はその内容が謝罪になっていないと再度の批判が起こり、不適切な内容が70話も放置されていたにもかかわらず、ローガンは続投している。テレビやラジオなど旧来のメディアではあり得ない処置ではないだろうか。

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