ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する、世界でいちばん狭いお悩み相談室です。この連載、世界の果てにある地下室から、誰も受信しない謎電波を好き勝手に発信している感があって、ひとことで言うと愉快です。いつか誰かに見つかって、「ちょっとあなた、何勝手なことしてんですか!」と連載が強制終了されないよう、今月もひっそりとまいります。それでは今週のお悩みです。
相談
「まいばん8じになると、おやが、ねかせようとしてきます。
わたしは、まだぜんぜんねむくないし、ねたくないの」(5歳のそろこ)
処方
『よるのかえりみち』(みやこしあきこ 偕成社)

『よるのかえりみち』(みやこしあきこ 偕成社)
具体的な作戦を教えましょう
5歳のそろこ、わたしに相談してくれて、ありがとう。まだ全然寝たくないよね。目はぱっちり、頭もすっきり。そんな夜に無理矢理寝かされるのは、もったいない。今日は、そんなそろこに具体的なプランを提案していきます。もう5歳のあなたなら、充分に実行可能な作戦だと思うので、できないなんて思わずに、わたしについてきてほしい。健闘を祈ります。
今回、5歳のそろこに処方する1冊は、『よるのかえりみち』(みやこしあきこ 偕成社)です。本作戦の肝となる1冊なので、作戦決行日までに、本屋さんなり図書館なりで、必ず入手しておくこと。あとは懐中電灯をひとつ。用意するものは以上です。
そもそも、良質な睡眠は、脳と体を成長させるために不可欠な栄養。当然、親は子どもをたっぷり眠らせたい。だから、そろこが「ねない」と真正面から主張しても、親は認めず、全力で寝かしつけにかかってくるでしょう。ならば、親を眠らせましょう。寝かしつけられる前に、子どものそろこが、親を寝かしつける。これが本作戦の全貌です。
夕食時から作戦開始
親を本気で寝かしつけようと思ったら、夕ごはんから行動開始。よく食べているように見せかけて、親にもたくさん食べさせましょう。「大人はたくさん食べて、えらいねえ」くらいにリップサービスをしておけば、親は結構単純ですから、嬉しくなってたくさん食べます。
つぎ、入浴。ここは、必ず親と一緒に入りたいと主張しましょう。この際に重要なのは、親を湯船につけて、充分に温まらせること。なぞなぞやクイズなど、なんでもいいので、湯船の中に親を一定時間とどまらせるように。お風呂から出たら、もたもたせず、さっとパジャマに着替えます。湯上がりの保湿クリームや歯みがきも、ぐだぐだ抵抗せずにさっと受け入れる。そろこの夜がかかっています。
もしかしたらこのへんで、親の体力を多少削っておいてもいいかもしれません。その場合は、親のスマホを奪い、ちょっとした追いかけっこを仕掛けたり、ふとんずもうを挑むなど、親を適度に動かします。あくまで、湯船で温まった体温が逃げない程度に。気をつけたいのは、ここで本気になりすぎて、親を怒らせないこと。親がどかんと怒ると、眠りの精が逃げてしまいます。
いよいよ作戦ハイライト
さあ、ここからが本番です。「ねるまえに、えほんよんで」と言い、つむじ風の早さで本棚から『よるのかえりみち』を持ってきましょう。そして親と一緒に、するりとふとんにもぐりこむ。その後は、本作戦の要『よるのかえりみち』の実力にまかせます。
「もう ねむたくなっちゃった きょうは たくさん あそんだから」という一文で始まるこの絵本には、それぞれの人の夜が、ゆっくりと更けていく様子が、穏やかに描かれています。世界中のみんなに、毎晩ひとしく訪れる夜。十人十色の夜の迎え方を眺めるごとに、心がどんどんほどけていきます。

窓辺にうつる、それぞれの夜
心の深いところに響くみやこしさんの絵と、そこに寄り添う短い文章。読んでいるうちに、そろこの親と、そろこにも、ゆっくりと夜の幕がおりてきます。昼間の喧騒が静まり、分刻みの慌ただしさから解放されて、あたたかい布団の中で、小さなあなたと、ふたりの夜を味わえる幸福が、親を眠りへと誘います。
みやこしさんの絵本には、自分の奥底に隠れている「素朴で素直な優しい気持ち」を、そっとひっぱりだしてきてくれるようなところがあり、読み聞かせをしている親自身が絵本に癒されて、ほどなく眠りにつくでしょう。子どもはここで気を確かに持ち、つられて寝ないこと。夜があなたを待っています。

内側から心をほぐす、穏やかで優しい絵
親がすっかり寝入った後は
親の寝息が安定してきたら、ほっぺをぴたぴた触り、本格的に眠ったか確かめます。ちょっとでも眉をしかめるようであれば、優しくとんとんをして、さらに深く眠らせます。最後に足の裏をくすぐって、反応がないようであれば、寝かしつけ大成功。おめでとうございます。

さあ、夜の時間のはじまりはじまり
親が完全に眠りに落ちてしまった後の夜は、いつもとちがう特別な夜。この夜はそろこだけのもの。みやこしあきこさんの『かいちゅうでんとう』(福音館書店)には、懐中電灯の光で夜と遊ぶ、最高の世界が描かれています。わたしもやったことがあるんだけど、こっそり窓をあけて、遠くの暗闇に向けて懐中電灯を照らすのって、ぞくぞくするほど楽しいんだよね。
せっかく親の寝かしつけに成功したのだから、はだしのままキッチンに行って、冷蔵庫をあけ、何かちょっとした夜食をとるのもおすすめ。チーズをひとかけら、ジャムひとなめ、麦茶ひとくちとか、そんなもの。

大人も夜中にこっそりと、この手のものを食べてます。
窓の向こうは夜の町。窓辺に灯ったあかりの分だけ、それぞれの夜がある。いつもは夜のはじまりで眠ってしまうそろこも、今夜は夜の住人に仲間入り。存分に、おたのしみいただければと思います。それでは、そのうち、おやすみなさい。
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre