
Gettyimagesより
新刊・近刊の人文書から、ライターの高島鈴が気になる新刊をピックアップ。おさえておきたいポイントと一緒にご紹介します。
今月は、『731部隊全史』『プルードン 反「絶対」の探求』『ブラック・ライヴズ・マター運動誕生の歴史』『政治責任 民主主義とのつき合い方』『「その他の外国文学」の翻訳者』『告発と呼ばれるものの周辺で』『琉球・沖縄寄留民の歴史人類学』『人文学のレッスン』『水中考古学 地球最後のフロンティア』『難民とセクシュアリティ』『「小さな歴史」と「大きな歴史」のはざまで』『大東亜共栄圏のクールジャパン』『クィア・アクティビズム』の13冊!
常石敬一『731部隊全史』(高文研)

常石敬一『731部隊全史』(高文研)
戦時下で捕虜を対象に人体実験を繰り返していた「731部隊」、その研究の第一人者による「集大成」本。731部隊は非人道的な実験に基づく研究成果と引き換えに多くの関係者が戦犯追及を逃れ、いまだその責任は精算されていない。戦後医学の恩恵を受けた社会に生きる者として、そして旧植民地に対する加害を記憶するために、目を通しておきたい一冊だ。
金山準『プルードン 反「絶対」の探求』(岩波書店)

金山準『プルードン 反「絶対」の探求』(岩波書店)
最初期のアナキストの一人であるプルードンの思想を読み解く重厚な一冊。プルードンは女性参政権に反対していたうえ「女は主婦か娼婦にしかなれない」という趣旨の発言すら残しており、アナキズムとフェミニズムの間に横たわる溝の象徴のような人物である。本書では補論として「プルードンとミソジニー」が立てられ、プルードンの女性観も含めて論じられているようなので、そちらに期待してみたい。
バーバラ・ランスビー著/藤永康政訳『ブラック・ライヴズ・マター運動誕生の歴史』(彩流社)

バーバラ・ランスビー著/藤永康政訳『ブラック・ライヴズ・マター運動誕生の歴史』(彩流社)
昨今の情勢も相まって、移民をめぐるトピックはますますその重要度を増している――ゆえに一時期より報道が出なくなったブラック・ライブズ・マター運動について、何度でも蒸し返す必要がある。
著者のバーバラ・ランスビーは研究者でありアクティビストだ。運動史を当事者、かつ研究者という視座から語り継ぐ本書は、今こそ紐解く意義があるのではないだろうか。
鵜飼健史『政治責任 民主主義とのつき合い方』(岩波書店)

鵜飼健史『政治責任 民主主義とのつき合い方』(岩波書店)
また生活用品や光熱費の値段が上がると聞いてマジで頭に来ている。これは完全に政治のせいだと思うんだけど、当の政治家はいつも嘘とはぐらかしばかりで実に無責任だ。いったいどうすればやつらに「政治責任」を取らせることができるんだろうか? 自己責任論から戦争責任まで、幅広く「責任」を論じている本書が役に立ちそうである。
白水社編集部編『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)

白水社編集部編『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)
ヘブライ語、チベット語、ベンガル語、マヤ語……「外国文学」というラベルの中でも「その他」に分類されてしまう言語の翻訳者たちが、言語との関わりから文学への思いまでを語るインタビュー集。多彩な翻訳文学を出版する白水社ならではの企画で、この一冊から未知なる「その他の文学」に踏み出していくこともできそうだ。
小川たまか『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)

小川たまか『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)
性暴力被害の取材を精力的に続けてきた著者による新刊。2017年前後から、#metooやフラワーデモによって少しずつ社会はその奥底に根深く巣食う性暴力に気づき始めた。本書はこの激動の数年を語り継ぐために、重要な役割を果たすに違いない。
玉城毅『琉球・沖縄寄留民の歴史人類学』(共和国)

玉城毅『琉球・沖縄寄留民の歴史人類学』(共和国)
本書は18〜20世紀、激動の琉球/沖縄に生きていた「寄留民」と呼ばれる移住者の歴史を叙述するものである。琉球王国とその解体を経て、琉球に身を寄せていた人びとはどのような道程を辿ったのか。「本州」(なにが「本」だ!)なる語彙で呼ばれる倭人の島の歴史だけを学んできた身に、知らされていない/知らねばならないことは多すぎる。
小森謙一郎・戸塚学・北村紗衣編『人文学のレッスン』(水声社)

小森謙一郎・戸塚学・北村紗衣編『人文学のレッスン』(水声社)
「ラフカディオ・ハーンのアメリカにおける受容」、「シェイクスピア劇と舞台芸術の異性装」、「中世の「日本図」と文字資料をあわせ読む」など、目次を一瞥するだけで「そそる」トピックが目白押しである。何を専攻するか悩んでいる学生はもちろん、人文学のおいしいところをちょっと味わってみたいと思う読者にはぴったりな一冊だろう。この手の入門書は世の中に何冊あってもよい、と心底思う。
佐々木ランディ『水中考古学 地球最後のフロンティア』(X-knowledge)

佐々木ランディ『水中考古学 地球最後のフロンティア』(X-knowledge)
水中考古学! このロマン溢れるニッチな学問を語る新たな入門書が登場した。水中考古学とはその名の通り海面上昇などで水没した遺跡や沈没船など、水中に存在する考古遺物の研究を指す。だがとにかく日本では研究者の数が少なく(パンダより少ないのではないか?)、割かれている予算も乏しい。本書を契機に水中考古学隆盛の季節が巡ってくることを願ってやまない。
工藤晴子『難民とセクシュアリティ』(明石書店)

工藤晴子『難民とセクシュアリティ』(明石書店)
ロシアによるウクライナ侵攻の渦中で、クィアの難民たちが保守的なカトリック国家である周辺諸国に移動せざるを得なくなっていること、また混乱の過程でクィアが暴力を受けていることが問題になった。本書は性的マイノリティと難民に関する問題系を細かくピックアップし、その包摂と排除を論じている。「難民であること」と「クィアであること」の交差点の上で苦境を迎えている人のために、知るべきことを知っておきたい。
岡本光弘『「小さな歴史」と「大きな歴史」のはざまで』(花伝社)

岡本光弘『「小さな歴史」と「大きな歴史」のはざまで』(花伝社)
「個人、家族、国家、地球、宇宙…それぞれの歴史がある」。帯に書かれたこの惹句にまず深く同意する。著者はパブリックヒストリー研究会の呼びかけ人の一人。いまだ実証主義の専制が敷かれる歴史学業界、歴史修正主義がまかり通る社会の混迷の中で、「歴史」に何ができるのか。本来歴史とはあらゆる過去語りである。そのひだに分け入るための理論書として、手に取ってみたい一冊だ。
大塚英志『大東亜共栄圏のクールジャパン』(集英社)

大塚英志『大東亜共栄圏のクールジャパン』(集英社)
第二次世界大戦下、多くの文化が植民地主義の道具として動員されていった。本書はその歴史を今に連続するアクチュアルな課題として暴き出すものである。
「ぼくは戦時下の「協働する文化工作」をめぐる諸相を「現在」への極めてベタな批評として語ることにする」。改めて序章から引用されたこの一文にヒリヒリとする。ことはすでに進行中なのだ。文化が抵抗者たりうる可能性について信じるために、まずはすでに踏まれてきた轍を辿っておきたい。
新ヶ江章友『クィア・アクティビズム』(花伝社)

新ヶ江章友『クィア・アクティビズム』(花伝社)
クィアの運動史をほどくためにぴったりな「超入門」が登場した。目次はアメリカ独立宣言から始まり、いわゆる第二波フェミニズムの時代やエイズ・アクティビズムの勃興、そして同性愛と軍隊まで、(おそらく英語圏の話題を中心に)幅広く取り扱われているようだ。「プライド」の系譜を易しく解説してくれる本、そうそうこういうのが欲しかったんだよ、と声をかけたくなる。
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