
写真:AFP/アフロ
世界中の映画ファンから注目されているアメリカの映画賞、アカデミー賞。その第94回目で作品賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞(二名)、脚色賞など最多12部門でノミネートされた『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。わたしのみならず、ジェーン・カンピオンが監督賞を受賞するかどうかを気にかけている人も多かっただろう。
ニュージーランド出身で現在63歳のカンピオンは、1986年に『ルイーズとケリー』で長編映画監督デビュー、そして約30年前の1993年に『ピアノ・レッスン』でカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞し、その翌年のアカデミー賞でも作品賞、監督賞にノミネートされた。
しかし、受賞は脚本賞のみにとどまった(作品単位では主演・助演女優賞をそれぞれ受賞している)。カンヌは70年以上の歴史にもかかわらず、女性監督作が最高賞を得たのはカンピオンの『ピアノ・レッスン』のみで、一方アカデミー賞で監督賞の受賞は2010年のキャスリン・ビグローと2020年のクロエ・ジャオ、ノミネートはたった7人(8回)。そのうち2度がカンピオンであり、女性の中にも優れた映画監督が多数いるのに評価される機会が著しく乏しく、男性中心と言わざるをえない状況を考えると、わたしのように受賞を願った人もいるだろう。
一方、アカデミー賞で女性として史上二人目の監督賞にカンピオンがノミネートされた94年に、同賞を受賞したのは今回もノミネートされているスティーヴン・スピルバーグで、その手腕に異論はないし監督作品数の差があるものの、今回でノミネートは8回にものぼる。カンピオンは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でヴェネツィア国際映画祭で監督賞にあたる銀熊賞やアメリカ国内の映画賞も多数受賞しており、実力は証明されている。そして、この記事を直している3月28日、ハリウッド時間の27日夕方からの授賞式で監督賞を受賞した。
今回は、その『パワー・オブ・ザ・ドッグ』についてではなく、カンピオンのフィルモグラフィーのなかでも日本で紹介や言及がされる機会の少ないドラマシリーズ『トップ・オブ・ザ・レイク』(シーズン1「消えた少女」:2013年、シーズン2「チャイナ・ガール」:2017年)について書きたい。わたしは『ピアノ・レッスン』以来のカンピオンのファンのひとりだが、このドラマシリーズには、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はもちろん、これまでのカンピオン作品に通じる、男性中心的な社会、そんな異性愛主義社会の家父長制によるジェンダー規範、その規範から外れる女性に向かうミソジニー、自立しようとする女性像、といったテーマが散見されて現在見ても興味深く、シンパシーを寄せたり勇気づけられたりする人がいるだろうと考えたからだ。
美しい風景と粗野な男性中心主義社会
『トップ・オブ・ザ・レイク 消えた少女』は、架空の田舎町レイクトップである日、制服姿で冷たい湖に胸から下を浸けていた12歳の少女・トゥイが、保護されるところから始まる。トゥイは妊娠5カ月だった。ちょうど、闘病中の母親に会うため故郷を訪れていたオーストラリア・シドニーの刑事ロビン・グリフィンは、性的暴行事件を専門とするため地元警察に呼ばれ、トゥイに事情聴取することに。レイプの可能性を危惧したロビンは、刑事部長のアル・パーカーに捜査を進言するが、アルは地元の有力者でトゥイの父親であるマット・ミッチャムに配慮し、拒否する。その後、トゥイは家を出て失踪。ロビンはその行方を追うことに……。
まず何よりも、ニュージーランド南部の都市クイーンズタウンに隣接するという設定の、レイクトップの乾いた荒涼の風景が印象深い。冒頭の、トゥイが浸かる湖とその周囲をぼやかす霧、俯瞰の鳥の目で映し出される広大な土地、マットの家がある山林地帯の鬱蒼、アルがカフェを経営するクイーンズタウンの都市空間といった、地形の見せ方、空間と空間のつぎはぎによって捉えどころのない異空間のように仕立て、見る側を困惑させる。舞台となる土地そのものや、映像空間の造形から作品のムードを醸す手法は、『ピアノ・レッスン』や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』にも通じる。
そんな映像空間のなかで描かれる物語は、マットを頂点とするレイクトップの粗野な男性を中心とする社会と、そこでの覇権の獲得争いや戯れのために、他者である女性や性的マイノリティが弄ばれ、抑圧され、排除されるという構図だ。シーズン2「チャイナ・ガール」にも同様の関心が見られるし、カンピオンは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でさらに、その構造を男性側から描き出そうとしている。レイクトップ:クイーンズタウンという対比で、「人間関係が緊密ゆえに仄暗さをかける田舎」「先進的で多様な人々を包摂する都市」というような単純化はできず、アルを頂点とする警察/都市空間にも悪質な男性性の巣食う様子が見られる。
地元出身かつ外部からの来訪者というねじれた存在として、トゥイ捜索を進めていくロビンを推進力としながら、レイクトップの土地「パラダイス」でコンテナ暮らしを始める女性たちのコミューンの様子、そこに住む女性たちが抱える問題、故郷を離れる前にロビンと付き合っていてマットの息子でもあるジョノとの関係、ロビンの父親に関する過去などもドラマに絡んでいく。
『ピアノ・レッスン』(アカデミー主演女優賞を受賞)以来のカンピオンとの協働となるホリー・ハンターは、パラダイスで女性たちを主導するGJを演じ、その謎めいた存在感が強烈だし、またそこに集う女性たちの姿は、身体そのものの肯定も含めた解放感が魅力的だ。また、白人であるマットとタイからの移民の母との間に生まれたトゥイは、粗野なマットたちに対抗する野蛮さを表象として扱われる傾向もあり、やや偏りを感じるものの、演じるジャクリーン・ジョーの芝居やたたずまいは印象深く、主演のロビンを演じるエリザベス・モスと重なる自立(せざるをえない)の志向を漂わせている。
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