「暴力は許されない」と「病気をジョークにするな」~ウィル・スミスの平手打ち事件

文=堂本かおる
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写真:AFP/アフロ

 本年度アカデミー賞のステージで大物俳優ウィル・スミスがプレゼンターのコメディアン、クリス・ロックを平手打ちした。クリスがウィルの妻で女優のジェイダ・ピンケット=スミスの髪をジョークにしたからだ。ジェイダが髪を剃り落としているのは、数年前に発症した脱毛症が理由だ。

 アメリカでは問題のシーンは音声を消されたが、日本ではそのまま同時通訳付きでオンエアされた。それが米国のインフルエンサーよってツイートされ、閲覧550万回となった。

 平手打ちのシーンは全世界に生中継された。視聴者はショックを受け、会場にいた俳優たちの唖然とした顔つきもそのまま放映された。あの瞬間からまる1週間が経った現在(4月3日)に到るまで一般のファン、当事者の3人、セレブ、識者、映画芸術科学アカデミー(以下、アカデミー)が公式/非公式を問わずさまざまなコメントや声明を発し、今も議論が続いている。事件から6日目となる4月2日、コメディ番組『サタデーナイトライブ』もこの件を何度も取り上げた。

 意見の多数派は「理由を問わず暴力は許されない」と「病気をジョークにしてはならない」の2つだが、アメリカでは暴力批判の声が勝っている。ただしクリスのジョークも悪質であったとして、「クリスも良くないけど、ウィルのしたことは……」と、片方のみへの肩入れを躊躇するトーンが多い。

 他方、今回の事件は見た側の体験や属性によって意見が大きく分かれる現象も見せており、それがそのままアメリカ社会の反映になっているとも言える。また、いずれもセレブであるウィル、クリス、ジェイダの経歴、プライベートでの様相も人々の受け取り方に大きく作用している。

 以下、事件の詳細、3人の背景、アメリカにおける声をまとめる。

脱毛症をジョークに

 3月27日、ハリウッドにあるドルビー・シアターにて第94回アカデミー賞が開催された。クリス・ロックは長編ドキュメンタリー映画賞のプレゼンターとして登場。ウィル・スミスは、テニス選手ヴィーナス&セリーナ・ウィリアムス姉妹の父親であるリチャード・ウィリアムスを演じた伝記映画『ドリームプラン』(原題:King Richard)で主演男優賞にノミネートされており、妻のジェイダ・ピンケット=スミスと共にステージに近いテーブルに着いていた。

 壇上のロックは受賞作品を発表する前にジョークを発した。

「ジェイダ、大好きだよ。『G.I.ジェーン2』が待ち切れないよ」

 『G.I.ジェーン』は1997年にヒットした映画だ。デミ・ムーア演じる女性兵士が海軍特殊部隊で男性兵士と互角に張り合うために髪を切り落とすシーンが当時、大きな話題となった。タイトルの『G.I.ジェーン』は米兵を指す俗称「G.I.ジョー」を女性名に差し替えたものだ。

 クリスの冗談に怒ったウィルはステージに上がり、クリスを平手打ちした。クリスは驚きながらも一応の平静を保ち、ウィルも自席に戻ったが、着席後クリスに向かって2度、「お前のファッキンな口から俺の妻の名前を出すな!」と怒鳴っている。クリスはぎこちなさを残しながらも「わかった」と答え、長編ドキュメンタリー映画賞の発表を行った。

平手打ち後に受賞

 ウィル・スミスはクリス・ロックを平手打ちした後も会場に留まり、主演男優賞を受賞した。ウィルはステージに上がり、涙ながらに受賞スピーチを行った。

 主演作『ドリームプラン』はヴィーナス&セリーナ姉妹の才能を信じ、チャンピオンに育て上げることに全人生を賭けた父、リチャードの物語だ。ウィルのスピーチは世間から変わり者扱いされようが構うことなく家族に身を捧げたリチャードと自分自身を重ね合わせた内容だった。

 途中、アカデミーと他の候補者たちへの謝罪を挟んだが、クリスへの謝罪はなかった。

 翌28日の夜、ウィルはインスタグラムにて謝罪文を発表した。暴力は最悪であり、自分が間違っていたとし、クリスにも公的に謝罪したいとしている。アカデミーと会場にいた参加者、世界中の聴視者、ヴィーナス&セリーナ一家にも謝罪を行っているが、病気の妻へのジョークは受け入れられなかったとしている。

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 30日、ジェイダはインスタグラムに短いメッセージ「今は癒しの季節、そして私はそのためにここにいる」をアップした。

 クリスは30日から4日連続でボストンとニュージャージー州でのコメディショー・ツアーを予定通りに敢行。事件後にチケット料金が高騰し、ほぼソールドアウトとなった。

 4月1日、ウィルはアカデミー会員の辞任を発表。アカデミーは辞任を受理し、4月18日の会議にてウィルの処遇を決定するとコメント。翌日、ウィルの主演作『バッド・ボーイズ4』を含む2作の制作延期が伝えられた。

 4月3日の時点でクリスは一連の出来事についての公式メッセージを一切、発していない。ただし事件直後に「ウィルを暴行罪による起訴はしない」と語ったと伝えられている。

 アカデミーは平手打ちの後もウィルを会場から排除せず、さらに主演男優賞を受賞させたことを批判され、責任回避とも取れる曖昧な回答を行っている。

 以上が経緯だ。

ウィル・スミス

 1980年代半ばよりラッパーとして活動を始め、後に俳優としてアクション/コメディ映画を次々と大ヒットさせ、ハリウッド・スターに。シリアスな作品でも高い評価を得ており、今回、アカデミー賞94年の歴史上、黒人として5人目の主演男優賞を受賞した。息子ジェイデン、娘ウィローも俳優/ミュージシャン/ファッション・アイコンとなっている。

※映画『ドリームプラン』日本版予告編

クリス・ロック

 1980年代半ばより黒人問題、社会批判から下ネタまで取り上げるスタンダップ・コメディアンとして活動。ステージ、テレビ以外に俳優として映画出演も多数。

 自身の幼い娘に「私の髪はなぜ “グッド・ヘア”(縮れの少ない髪)じゃないの?」と聞かれたことをきっかけに、黒人女性の髪についてのドキュメンタリー映画『Good Hair』を制作している。

 日本を含む他国ではハリウッド・スターのウィルほどの知名度はないが、米国内では人気、実力共に一流コメディアンとして認知されている。エミー賞ノミネート19回、アカデミー賞の司会も2度努めている。

 2年前、NVLD(Nonverbal Learning Disorder 文字や言葉以外の情報~身振りや表情など~が理解しにくい障害)であると公表。

※クリス演じる黒人青年が大統領となる社会風刺コメディ映画『Head of State』2003。オバマ大統領初当選に5年先駆けて作られている

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