「男らしい」コメディ、「女らしい」オペラ~レオス・カラックス監督『アネット』

文=北村紗衣
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 4月1日に公開されたレオス・カラックス監督の新作『アネット』は、グラムロックのバンドであるスパークスが音楽を担当したミュージカル映画です。

  コメディアンのヘンリー(アダム・ドライヴァー)とオペラ歌手アン(マリオン・コティヤール)のロマンスと、その間に生まれた娘アネットの関係を描いた本作は、華やかな舞台芸術の世界を背景に、そこで生きるパフォーマーたちの人生がいかにフィクションに影響されてしまうかを描いた寓話のような作品です。

  凝った構成や音楽、驚くようなヴィジュアル上の工夫などさまざまな点から考えられる作品ですが、この記事では主に芸術とジェンダーの観点から見ていきたいと思います。

2つの舞台芸術

 『アネット』は、2つの舞台芸術がクロスすることによって起きる悲劇を描いています。アンはシリアスなオペラのヒロイン役を得意とし、コメディアンのヘンリーは尖ったネタで人気を博しています。対照的な2人は作中で「美女と野人」(Beauty and the Bastard)と呼ばれています。

 この作品では、コメディはステレオタイプな男らしさ、オペラはステレオタイプな女らしさに結びつけられていると言えます。アメリカ合衆国などでは人を笑わせるユーモアのセンスは伝統的な男らしさの一部と見なされやすく、女性は男性に比べると面白くないというステレオタイプが存在し、スタンダップコメディの世界は非常に男性中心的です。

 そうした世界で先端的なパフォーマンスを披露するヘンリーは荒々しく「男らしい」アーティストとして描かれており、冒頭でアンにショーがうまくいったか聞かれた時には「死なせた」(I killed them)と答えるなど、自分の芸をある種の暴力の行使として提示しています。舞台上のヘンリーは笑いで観客を操る権力を持っており、パフォーマンスがうまくいけば相手を支配できます。ヘンリーが嫌がるアンをくすぐって笑わせようとする場面があるのですが、これは一見、恋人同士の微笑ましいおふざけに見えるものの、なんとかして笑わせれば相手を支配できると考えているヘンリーの芸人としての業の一端をも垣間見せる描写です。

 オペラは女性が主人公であることも多く、女性歌手が活躍する芸術ですが、アンのようなプリマドンナが歌う役柄は残虐な扱いを受けることが多く、美しさや優しさ、自己犠牲など伝統的な女性像を理想化することもしばしばで、女性の主体性をしっかり描くような演目は必ずしも多くありません。コメディに比べるとオペラは「女らしい」芸術ですが、そこで提示される女性像は暴力を被る存在です。ヘンリーは冒頭のショーでアンが舞台で死んでばかりだと言っており、本作は最初からヘンリーを「男らしい」コメディにおける暴力の行使者、アンを「女らしい」オペラにおける暴力の被害者として提示しています。

 中盤で、ヘンリーがバイクで通る帰路にアンがオペラで演じるさまざまな役柄が重ねられるところがあります。『カルメン』や『オテロ』、『蝶々夫人』などが登場しますが、これについて『オペラワイア』のデイヴィッド・サラザーはいずれも「男性の悪」を描いた作品であり、『アネット』はオペラにおけるミソジニーに焦点をあてていると指摘しています。アンはこうした悲劇のヒロインを演じつつ、「王国の女王に王は要らない」と歌って男性に主体性を奪われる罠に陥らないよう注意していましたが、それでもヘンリーに心を奪われて「王」を自分の世界に招き入れます。

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