恋愛、結婚、家族の「普通」に苦しめられている人のための物語『今夜すきやきだよ』

文=エミリー
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今夜すきやきだよ』(新潮社)

 「普通の恋愛」「普通の結婚」「普通の家族」——「ごく当たり前で、ありふれている」という、一見あまり害のなさそうな「普通」という言葉や価値観に、囚われ、苦しめられ、傷つけられている人がいる、そんなふうに思ったことはあるだろうか。まさに日々そう感じているという人にも、あるいはそんなことはまったく考えたことがないという人にも、ぜひ手にとってみてほしい物語がある。

 谷口菜津子さんの漫画『今夜すきやきだよ』(新潮社)は、それぞれの人生に悩みを抱えたアラサー女子の二人が、「理想の結婚相手」が見つかるまでの間一緒に暮らすことになる、という物語だ。主人公の一人「あいこ」は、仕事は充実していて結婚願望もあるけれど、家事が壊滅的に苦手で嫌いなために「家庭的な奥さん」を理想とする彼氏とすれ違い気味。もう一方の「ともこ」は、家事は得意だが仕事はあまりうまくいっておらず、恋愛や結婚をしたいという気持ちがよくわからない、という女性だ。

 タイトルにもある通り、この作品は毎話ともこが作る美味しそうな夕飯を二人で食べる場面が、物語の中心にある。絵のテイストもポップで楽しく読める作品でありながら、恋愛や結婚・家族をめぐる「普通」や「そういうもの」という世間一般の価値観に、知らず知らずのうちに自分や誰かが苦しめられていることに気づかされ、立ち止まって考えるきっかけや、そこから自由になるための手がかりをもらえるような内容になっている。

誰もが苦しめられている「普通」

 物語を読み進めていくと、一見正反対に思えるあいことともこは、社会や周囲から押し付けられる「普通の結婚」や「普通の幸せ」という価値観に、それぞれ違った形で苦しめられていることがわかってくる。

“私の理想の結婚って 一生バリバリ働いてめっちゃ稼いで
掃除洗濯家事全般は誰かにお任せして お互いの健康状態を確認し合いながら
できれば長生きして心身ともに支え合うことなんだろうな 
それと一生お互いに恋していたい!“
(第3話「モツ焼き屋で語る理想の結婚」)

 そんな結婚の在り方や生き方を理想とするあいこは、今の彼氏である「ゆき」のことは恋人として大好きだ。けれども、「たまには料理作ってよ」「お前と結婚したら一生奥さんの手料理食べれないってことでしょ それって悲しい」と、まったく料理をしない自分のことは棚に上げ、当たり前のように彼女に料理や家事をやることを期待してくる“伝統的”な価値観を持つ彼に、違和感やいらだち、抱かなくてもいいはずの罪悪感を感じてもいる。

 一方のともこは、昔から恋愛感情が希薄で、「お嫁さんにもお母さんにもなりたいって自然に考えられない」と思いながら生きてきた人だ。元々凝り性な性格で、自分がただ好きで作ったお弁当や料理を見た友人や知人から「いい奥さんになれるよ」「いいお母さんになれるよ」と何度も言われてきたことに、“褒め言葉”だとは知りつつもモヤモヤとした気持ちを抱えてきた。

 恋愛や結婚をしたいという気持ちがないからしていないだけなのに、「まだ運命の相手に出会ってないのかも」と“親切心”で出会いの場をセッティングされてしまったり、「恋愛にあまり興味がない」と話すと、「そんな人いるわけないじゃないですか」「あんま他人に興味なさそうですもんね 情薄いっていうか」と、悪意なく自分を否定されるような言葉を投げかけられ、日々少しずつ、着実に心をすり減らされている。

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