「性自認は男性」と「子どもがほしい」ーー“私”が抱えてきた性別違和

文=佐倉イオリ
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​自分が我慢すれば丸く収まる?

 その声色には「男になりたいのに不妊治療するって、この人、ホントに大丈夫?」といった露骨な警戒があった。受診する前から漠然とあった不安が、はっきりと確信に変わった。

(治療対象として問題がない、そう思ってもらわなくてはならないーー)

 私は慎重に言葉を選んだ。

「自分を女性だとは思いませんが……夫とのあいだに子どもを授かるには、私が妊娠するしかありません。なので、不妊治療も前向きに受けたいと思っています」

 なるほど、と看護師は口では言ってくれた。しかしやはり納得できないらしく、子どもが生まれてから育てられるか、ご主人は大丈夫かなど、何度も「母親になる覚悟」を問うてきた。男だと自認することと、人の親になることとは、決して相容れないと言いたげだった。

「性同一性障害のことは、いったん置いて」
「忘れてください」
「大丈夫ですから……!」

 揉めごとなんて起こしません、病院に迷惑はかけないので、どうかもう許してください! 忘れてください!! そんな思いで必死に言葉を並べた。だが、一度植え付けてしまった「自分を男だと思ってる困った患者」という印象は消える気配がなかった。

 あまりの理解のなさに、私は現実逃避しはじめた。

(あー、これがぺこぱのネタならなぁ)

 頭のなかで松蔭寺さんが何度も「時を戻そう!」とポーズを取ったが、残念ながら現実はコントのようにはいかない。当たり前だけど。

 そろそろ医師にバトンタッチする頃合いだったのだろう。看護師は腑に落ちない表情をしながらも話を切り上げ、私はようやく開放された。その後、医師との問診はつつがなく終わり、無事、不妊治療初日は終了した。帰り道はぐったり放心状態に。ぼんやりとある思いが浮かび上がった。

(男だと思う気持ちなんて、やっぱり我慢すべきじゃないか? そうすれば全部丸く収まる)

 不妊クリニックとジェンダークリニック、両方に通院しようと決めるに至るまでさんざん繰り返した自問自答を思い返した。けど、無理にそれを振り払った。それで立ち行かなくなったから、ジェンダークリニックに通い出したんじゃん、と。

 きっかけは、「子どもがほしい」「女親になりたくない」という逡巡だった。

 20代からずっと、子どもを持つことを望んでいた。30歳で結婚。以来、妊活も不妊治療もたびたび挑戦してきた。だが、いざ妊娠の可能性が高まると「母になんて、なりたくない」「私は女じゃない」という思いがムクムクと湧き上がった。結局いつも、女性じゃないという気持ちが大きくなって、「とりあえず、いま子どもはいいや」と問題を先送りにしてきていたのだ。

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