ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する、世界一狭いお悩み相談室です。本連載でこれみよがしに聞き上手をアピールしても、リアル世界でわたしに悩み相談をする人は、相変わらずひとりもいません。「こいつに聞いてもなオーラ」を払拭できる日はいつ来るのか? ま、とりあえず、今月のお悩み相談にまいります。
相談
「みんなの前で発表するのがこわいです。大勢の前で話す時、息が苦しくなり、頭が真っ白になって、声が震えてしまいます。どうしたらいいですか?」(13歳のそろこ)
処方
『アマンディーナ』(セルジオ・ルッツィア作 福本友美子訳 光村教育図書)

『アマンディーナ』(セルジオ・ルッツィア作 福本友美子訳 光村教育図書)
あなたもわたしもあがり症
ようこそ、ティーンのそろこ。お悩み、大いに共感です。人前で声が震える問題に関しては人の数千倍悩んできたわたしなので、今日はあなたに有効なアドバイスができるような気がして、腹の底からやる気が漲っています。
今回、13歳のそろこに処方する1冊は、『アマンディーナ』(セルジオ・ルッツィア作 福本友美子訳 光村教育図書)です。
アマンディーナは、いつもひとりぼっち。アマンディーナを知る人は、だれもいない。でも、アマンディーナは信じられないくらい色々なことができるのです。ある日、アマンディーナは決意します。「もう、はずかしがるのはやめよう」と。そして、いきなり古い劇場を借り(!)、ショーをやることにします。
どでかいことをたったひとりでやり遂げようとする、アマンディーナの無謀さと狂気に、まず心を持っていかれます。古ぼけた舞台の修繕、衣装づくり、小道具づくり、舞台装置制作、ポスター作成、招待状の手配、台本、演出、音響、照明、司会、出演、すべてアマンディーナ。最高です。
震え声のまま、いい年になる
ところで、わたし自身の震え声問題は結構深刻で、複数の人前で話す時には、決まって声が震えたものでした。月曜朝の定例会議で、業務報告をすることすらままならない。そんな自分を呪い、帰宅する金曜夜の電車内で、すでに翌週の会議が憂鬱でした。
そんな状態のまま、結構いい年になっちゃって、いよいよ人前で話す機会から逃げきれなくなってきました。会社の人たちは、みなプレゼン上手。堂々とした話しぶりはパーフェクトで、わたしは追いつめられていきました。
健康診断の問診で、「体調面で気になることは?」と聞かれ、「人前で話す時に声が震えます。震えを止める薬を処方して下さい」と訴え、「それはちょっと出せないなあ」と、お医者さんを引かせたりもしていました。
震えながら話しつづければいいんです
そんなある日、震え声問題について暗く語るわたしに、名グラフィックデザイナーで、絵本作家でもあるNさんが、いつもと変わらぬ穏やかな声で言いました。
「それはね、最後までずっと震えながら話しつづけたらいいんです。ひとりがわさんには、話したいことがあるんでしょう? 伝えることが何もないのが一番つらい。伝えたいことさえあれば、1時間全部、がっくがくに震えてていいんです」
この言葉はすとんと効きました。以来、人前で話す機会が、昔ほど恐ろしく感じなくなりました。Nさんの言葉を思い出すと、不思議と肝がすわり、かつてあれほどわたしを悩ませた声の震えは、いつしか消えていきました。

冒頭で「ぶっちゃけ、わたし声震えますから宣言」を
すると、案外声が震えません。
からっぽの劇場で、ひとりきりで演じつづける
さて、何日も準備を重ね、ついに初日を迎えたアマンディーナは、どきどきしながら、幕が上がるのを待ちます。しかし、幕が上がると……そこには誰もいません。客席はからっぽ。アマンディーナは、呆然と立ち尽くします。けれども、アマンディーナは動き出します。「とにかく、きめたとおりにぜんぶやろう」と。
ここから先のアマンディーナは、胸を打つなんてもんじゃありません。すてきなプロローグ、パントマイム、「美女と野獣」の芝居、バンド演奏、歌と踊り、ふしぎな手品、曲芸によるグランドフィナーレ。……アマンディーナ! あなたったらひとりでどれだけすごい舞台をつくりあげてたのよ!

観客ゼロでも手を抜かない、華々しいプロローグ
パブリックスピーキングにおける成功とは
人前で声が震えるのはかっこ悪い。大規模な準備をして、観客ゼロ人は相当きつい。でもそれは、他人の目から見た自分が痛いというだけで、そんなのは一瞬の恥。そもそも他人は、さほどそろこに関心を持ちませんから、どれだけやっちゃったとしても、その傷はすぐに乾いて、消えてゆく。
けれども、本当に自分が伝えたいことを見つけ、それを達成した時の満足感は、深く心に留まり、次の扉をひらく力になる。パブリックスピーキングにおける成功とは、聴衆を魅了することではなく、誰かに強く伝えたいと思える何かを、自分自身が探り当てることにあるのです。
これがわかれば、もう観客は(そこまで)こわくありません。たとえその発表が、誰の胸にも響かなくても大丈夫。伝えたい何かを見つけられた時点で、もうそれは成功なのです。アマンディーナも、無観客の劇場で、めくるめく演し物を夢中で演じるうちに、最後は観客のことなどどうでもよくなってしまいます。聴衆を魅了したり感動させたりすることは、おまけ菓子程度に考えて。世の中には一見スマートだけど、実際のところ、中身が何もないスピーチがあるけれど、あれができたところで、得るものは多くありません。

たとえ大勢の前でやらかしちゃっても…

日が沈んじゃえば、すべては忘却のかなた
ちなみに、インド独立の父・ガンディーもあがり症で、若い頃はスピーチで相当失敗したそうです。スピーチ下手のガンディーが、なぜあれだけ多くの人を動かしたかというと、やはり根底に、現状を変えたいという確たる想いがあったからだと思います。
13歳のそろこが、本当に伝えたいことは何か。今は時間をかけて、それを探せばいいのです。それまでの発表の機会は、震え声で惨敗しながら、適度に流していきましょう。
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre