『LEAN IN』はどこからやってきた? フェミニズム的ビジネス書がベストセラーになった背景

文=北村紗衣
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テクノロジー業界の埋もれた女性たち

 一方で『LEAN IN』がテクノロジー業界についての本だったということも重要です。IT業界は技術革新や起業などに関心がある人のみならず、ゴシップ的な興味をも引くものとなっていました。IT業界の大物の伝記本などはいくつも刊行されており、2010年にはフェイスブックの創業を扱った映画『ソーシャル・ネットワーク』が、2015年にはApple創業者の伝記映画『スティーブ・ジョブズ』が公開されています。お金と才能が集まるシリコンヴァレーは下世話な興味の対象にもなっていました。

 さらに2010年代は、フェミニズムの文脈からテクノロジー業界で軽視されていた女性の働きを掘り出す動きが加速した時期でもありました。2012年にはアメリカでコンピュータ業界の女性の歴史を追ったジャネット・アバテのRecording Genderが刊行されました。イギリスでは2000年代末から2010年代初頭にかけて、第二次世界大戦期に暗号解読の基地として使用されたブレッチリー・パークが博物館として整備され、そこで働いていた女性たちが注目されるようになりました。

 こうした過去の掘り起こしが進む中、『LEAN IN』は、「多くの点でプログラマ、企業所有者、STEM専門家としての経験について語っていたより以前の世代の女性たちを想起させる」(Blair, p. 65、拙訳)ものとして受け入れられたのです。

 こうしたわけで、『LEAN IN』が出版市場でヒットとなる条件は揃っていたと考えられます。しかしながらこうした条件ゆえ、『LEAN IN』はおそらく当初想定していた層よりも幅広い読者にリーチしました。

 バイセクシュアルの黒人女性であり、フェミニストの文筆家であるロクサーヌ・ゲイは、先程のスピアーズの記述を引きながら『LEAN IN』を「女の子にとってルールはいつもそれぞれに違っているものだということを、改めて思い出させるもの」(p. 378)だと述べていますが、そもそも『LEAN IN』はビジネス書というかなり特定のターゲットを想定したジャンルに属する本であり、言ってみれば「ルール」を共有した読者層に向いた本です。それがいろいろな要因で売れすぎたとも言えるでしょう。

 今回の記事は『LEAN IN』が売れた背景を考察しました。後編では『LEAN IN』がその後の出版に与えた影響について扱いたいと思います。本作は英語圏の出版界に相当に大きな影響を与えたと考えられます。

参考文献

アルッザ、シンジア、ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザー『99%のためのフェミニズム宣言』惠愛由訳、菊地夏野解説、人文書院、2020。
ゲイ、ロクサーヌ『バッド・フェミニスト』野中モモ訳、亜紀書房、2017。
サンドバーグ、シェリル『LEAN IN――女性、仕事、リーダーへの意欲』川本裕子序文、村井章子訳、日経ビジネス文庫、2018 [Sheryl Sandberg, Women, Work, and the Will to Lead, Knopf, 2013]。
シェーン、スコット・A『〈起業〉という幻想――アメリカン・ドリームの現実』谷口功一、中野剛志、柴山桂太訳、白水社、2017。
スチュワート、マーサ『マーサの成功ルール』槇原凜訳、トランスワールドジャパン、2006。
ハイルブラン、キャサリン『女の書く自伝』大社淑子訳、みすず書房、1992。
橋迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』集英社、2021。
フィールディング、ヘレン『ブリジット・ジョーンズの日記』亀井よし子訳、ソニーマガジンズ、2001。
牧野智和『自己啓発の時代――「自己」の文化社会学的探究』勁草書房、2012。
牧野智和『日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ』勁草書房、2015。
モラン、キャトリン『女になる方法―ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』北村紗衣訳、青土社、2018。

Abbate, Janet, Recoding Gender: Women’s Changing Participation in Computing, MIT Press, 2012.
Blair, Kristine L., Technofeminist Storiographies: Women, Information Technology, and Cultural Representation, Lexington Book ,2019.

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