ここは、かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する、世界一狭いお悩み相談室。連休中も改めて思いましたが、人はひとりで永遠に遊んでいられますね。そんなひとり遊び系連載のこちらも、早いものでもう8回目。さてさて、今月のお悩みは何かね?
相談
「ピンチです! 連休に遊びすぎてしまい、明日提出期限の大学の課題がどう考えても絶対に終わりません。助けて!!」(20歳のそろこ)
処方
『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ 作 小学館)

『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ 作 小学館)
カモミールティーを淹れ、まずはゆっくり深呼吸?
大丈夫。20歳のそろこ、落ちついて。大きく息を吸ってー、吐いてー。そう、いいわ。それからお湯を沸かして、カモミールティーを淹れなさい。はちみつを忘れずに。
……とか何とか言うと思った?
言うわけないよね。所詮わたしは、20歳のそろこが歳を倍重ねただけの40代のそろこ。人はそう簡単には変わらない。ということで、ぶっちゃけ今わたしも大ピンチです。……仕事がさ、全然終わらない。昨日の夜、自分の状況を冷静に見つめたら、あまりに怖すぎて、思わず目をぎゅっとつぶっちゃって、気づいたらそのまま寝てた。小心者族は追いつめられると生存本能が誤作動して、生きるために衝動的に寝ちゃうんだと思う。敵の前で死んだふりする小動物とか、自分に似すぎてて、たまに直視できないことあるよね。
そんな我々に今回処方する1冊は、『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ 作 小学館)です。
見るからに頼れそうなこちらの絵本は、発売忽ち3刷だそう。ひゅう! それを聞いて、「子どもも大人も、みんなピンチに襲われてんだなー」と、一瞬だけほっこりしました。

シールには「この1冊でもういつピンチが来てもだいじょうぶだ!」の文字
解決してくれているような、煙に巻かれているような
絵本をひらくと、あるあるあるのピンチの連続。「こおりが したに くっついた」の下には、さらなるくっつき系ピンチのバリエーション。一番下に、「くっついた こおりや アイスは ぬるい おゆを かければ すぐ とれるぞ」と、解決テクが小さな文字で書かれています。こいつは便利だね! と読み進めていくと、しかし、だんだんその様相が異なってくるのです。

一番下に、小さな文字で解決策が書かれている
「しょうゆを いれすぎた」というピンチの最下部に書かれた文言は、「10がつ30にちは たまごかけごはんの ひ。へぇ〜」。
え……これ、解決策じゃなくない? 戸惑いを隠しながら読み進め、「シャンプーが めに はいった」のピンチの下に目をやると、そこには「おふろに くると きまって おしっこが したくなるのは なぜだろう?」との文言が。いよいよ全然解決策じゃない。これ、普通に個人の所感だよ!

そもそも解決する気はない、と言わんばかりの清々しさ
「あなたのピンチ、わたしが全て解決してさしあげよう」と差しのべられた、フロックコート姿の高貴な紳士の手をとって歩きだしたら、突然手をふりほどかれ、だだーっと走り去られてしまったような衝撃です。「あいつ、よく見るとスニーカー履いてる!」みたいな。しかし、この突き抜けた自由さが、次第にこちらの心を掴んでくるのです。
軽快な臨機応変さで急場を逃れる
この最下部パート、自由すぎて笑っちゃうから、1冊通してじっくり読んでほしいのですが、わたしをさらに唸らせたのは、その1行すらないページが、さらりと存在しているという事実。

まさかの無言ページ
「シャワーが みつからない」、「おなかが すいて うごけない」といったピンチ項目では、文字スペースが十分あるにも拘らず、直前まであれほど饒舌に語っていた解決紳士が、すっ……と存在を消し、無言を貫きます。かと思えば、数ページ先ではすました顔で登場し、「じてんしゃが ドミノだおし」のピンチの下で、「たおして こまっている ひとが いたら たすけて あげようね」とか、「ぽい」ことを言っている。
この臨機応変ムーブは、ピンチを切り抜ける上で重要です。ものは言いようの技術。わたしは嘘が苦手なタイプだったから、昔は準備できなかった課題に対し「すみません。やらなければと思いながらも、寝てしまいまして」とか馬鹿正直に述べ、「はあ?」ってな具合に、まわりをイラつかせていました。
でもさ、さすがのわたしも学ぶじゃない? あんたの正直さと、チームの空気、優先順位高いのどっちよ?と。当然100%後者ということで、今ならば、10分くらいで、A4ペラの適当な雰囲気書類をがーっと作り、「とりあえず叩きです。あえて作り込まず、ざっくりにしている意図は、本プロジェクトを進行するにあたり、皆さんの意見を取り込み、柔軟で可変性のあるものにしたいと思うからです。ですので、本日はわたしから報告という形ではなく、未来に向けた建設的なディスカッションのために時間を使わせていただけたらと」くらいは言える。
その胆力を培うこと、拡大解釈のバリエーションの引き出しを増やすこと、それから、いい感じで周囲を煙に巻く物腰を獲得すること、これこそが、ピンチを迎え撃つ3大スキルセットなのです(本当かなー)。
どうにもならない時は、さっと謝り助けを求める
現役で大ピンチ渦中のわたしが、身をもって伝えたいこと。それは年を重ね、大人になったからといって、すべてがうまくいくわけでは全然ないということです。でも、いよいよやばくなった時は、さっと謝りヘルプを求める重要性を、中年のわたしは知っています。
世に溢れる、不安煽り系の情報を見ていると、周囲を信頼できず、弱みを見せることが怖くなってしまうかもしれません。でも人は案外優しい。ピンチの時に助けてくれる人の数は、あなたが想像するよりは多いはず。それにそもそも、疑いベースより、信頼ベースで進めた方が、結果、効率がよくて楽だとわたしは体感しています。ということで、しっちゃかめっちゃかですみませんが、今月はこれにて唐突にさようなら!
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre