ニューヨーク:白人至上主義者が黒人の街で銃撃〜10人を殺害

文=堂本かおる
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リプレイスメント・セオリー(置き換え理論)

 容疑者として逮捕されたペイトン・ジェンドロン(18)は、ニューヨーク州のコンクリンという小さな街に住んでいた。銃撃を行なったバッファロー市から車で3時間半の場所だ。両親は共に州の運輸局勤務。昨年6月に高校を卒業しているが、卒業直前に「脅迫の声明」を発して州警察の捜査と精神鑑定を受けるも、深刻な状況ではないとして放免されている。その後しばらくは地元のスーパーマーケットに勤めていた。

 今回の銃撃に際してジェンドロンは180ページに及ぶマニフェスト(銃撃の詳細なプランや動機などを記したもの)をネットにアップしていた。そこには車で行ける範囲で最も黒人の比率が高い場所としてバッファローを選んだとある。警察によると、ジェンドロンはスーパーマーケット襲撃の後に公道や他の場所での襲撃も目論んでいた。

無傷で逮捕されたペイトン・ジェンドロン。「容疑者が白人なら警官に射殺されない」と指摘する声も多い。

 マニフェストには先述のリプレイスメント・セオリー(置き換え理論)についても書かれている。白人以外の移民を大量に流入させることによってアメリカの白人が有色人種に置き換えられるという陰謀論だ。

 人口が置き換わることによって選挙の際の白人票も有色人種票に置き換えられるとして、白人至上主義者が危機感を持って盛んに煽り立てている。その先導役として今回の銃撃事件の前から問題視されていたのが、保守系ケーブルTV局、フォックスニュースの人気キャスター、タッカー・カールソンだ。

 マニフェストには2019年に51人が殺害されたニュージーランドのモスクでの銃撃事件、2015年に米国サウスカロライナ州の黒人教会で9人が射殺された事件、2011年にノルウェーで77人が殺害された事件についても記されており、大量殺害によって人種の置き換えが防げると稚拙に考えている節がうかがえる。

 このようにジェンドロンは移民やユダヤ系を含む他宗教信者へのヘイトも書き連ねていたが、自身のターゲットには黒人を選んでいる。

 ジェンドロンが暮らしていたコンクリンの人口は約5,000人、その9割が白人で、黒人は1%、つまり50人程度に過ぎない。アジア系やイスラム教徒、移民もわずかしかいない街だ。ジェンドロンが通った高校も同様で、黒人の生徒の比率は5%だった。日常生活でマイノリティと接する機会の少ないティーンエイジャーは、おそらくネットと極右メディアから人種差別、白人至上主義を仕入れたのではないだろうか。ジェンドロンが車に積んでいた銃には「ホワイト・ライブス・マター」と書かれていた。

銃規制法の強化を

 ジェンドロンは銃撃に使ったアサルトライフルを銃砲店から合法的に購入している。米国の銃法は州ごとに異なり、ニューヨーク州は他州に比べると厳しい規制を持つとはいえ、ロングガンと呼ばれるライフルなどは18歳から購入できる(拳銃は21歳から)。

 ニューヨーク州は北海道よりもはるかに広大な面積を持ち、州民のライフスタイルも政治的な視点も場所により大きく異なる。今回、ジェンドロンが車に積んでいたライフルは、2年前のクリスマスに父親が狩猟用にプレゼントしたものだ。同じ州内であってもニューヨーク市はさらに厳しい銃規制法があり、銃所持や携帯の許可証を得なければ銃は持てず、狩猟の文化もない。銃砲店もなく、州内他地区で催される大規模な銃の見本市も開催されない。

ニューヨーク:白人至上主義者が黒人の街で銃撃〜10人を殺害の画像2

ジェンドロンが合法に購入し、銃撃に使ったブッシュマスターXM-15(wikipediaより)

 今回の事件に際し、キャシー・ホーカル州知事はすでにニューヨーク州の銃規制法の厳格化を求められていると同時に、1年前に精神鑑定を受けた者が銃を購入できた点についても質問を受けている。事件発生から3日目とあって知事も全ての質問に答えることはできていないが、バッファロー市は知事の出身地であることから、知事の怒りが本物であることは見て取れた。記者会見には州司法長官のレティシア・ジェームスの姿もあった。アフリカン・アメリカンとして、今回の事件は個人的にもことさらに重いはずだ。

 しかしながら、ジェンドロンはおそらくヘイト団体には属しておらず、ローンウルフと呼ばれる単独犯と思われる。殺人罪に加えてテロ罪でも起訴されるとみられており、有罪となればほぼ一生を刑務所で過ごすことになる。だが、ジェンドロンに黒人大量殺戮の動機を与えたであろう白人至上主義やリプレイスメント・セオリーの煽動者たちは何の懲罰も受けず、今後もメディアを通してデマを拡散し続ける。

 犠牲者の1人で、幼い息子のバースデーケーキを買いに行ったがために命を奪われたアンドレ・マクニールさんの婚約者は白人女性だ。今はまだ事態を理解できない息子が成長した時、白人である母親は父親が亡くなった理由をどう説明すればよいのだろうか。
(堂本かおる)

 5月17日、バイデン大統領はバッファロー市を訪れて演説を行い、今回の事件は「テロ」であると断言。過去の事件では犯人がイスラム教徒の場合はテロと呼ばれ、白人の場合は精神疾患者とされてきた歴史がある。大統領はリプレイスメント・セオリーについても強く否定した。

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