バイセクシュアルやパンセクシュアルのように様々な性別の相手と恋愛関係を結ぶアイデンティティは、不可視化されてしまうことが多い。私自身、パンセクシュアルの人間としてこの不可視化を実感することもある。
その人が一対一のパートナー関係を結んでいれば、外からみた二人の性別によって、その人が異性愛者か同性愛者かが判断されてしまう。ちょっとした恋愛に関するトークでもこれは同じで、特に主張しなければその時話している恋愛対象の性別によって、同性愛者として扱われたり異性愛者として扱われたりする。
もちろん、背景には異性愛を前提とする社会の強固さがあるわけだけど、同時に”今”のその人のありようが過去と未来にまで適用されてしまう、”今”を重視する見方がこの不可視化を加速させているように思える時もある。
ゲーム『Unpacking』をプレイしながら、私はそんなことを考えていた。
『Unpacking』は引っ越しと荷ほどきをモチーフに、普段光が当てられない様々なモノを丹念に描いて一人の女性の歴史を描く作品だ。本作では本当のたくさんのモノが出てくる。それはゲーム機だったりスケッチブックだったり賞状だったりタンポンやナプキンだったりする。
そうした色んなモノをプレイヤーに密に触れさせることで本作が語ろうとするのは、主人公のクィアネスであり、彼女のバイセクシュアリティなのだ。
引っ越ししてモノを整理整頓する
『Unpacking』は、起動するとまずセーブデータ(ゲームの進行を保存する場所のこと)を作ることになる。本作ではセーブデータがアルバムとして表現されていて、それに名前をつけるところから物語が広まっていく。
ゲームで名前をつける時はいつも真剣に悩んでしまう。本作ではここの名前が結構重要になったりするので、ゲームの主人公に沿った名前をつけてあげるのが良いかもしれない。
これまでゲームでは「セーブデータをどう表現するか」に色々な工夫が凝らされてきた。タイプライターで書かれた日記だったり、知り合いとの通話記録だったり。セーブデータをアルバムとして表現する『Unpacking』の手法は、このゲームにピッタリで私は気に入っている。そこではゲームの進行がアルバムという物体によって、主人公の歴史として表現され、親密に共有されるものであることを暗示する。
ゲームを始めると、家具だけが置かれた空っぽの部屋に積まれた大量の段ボールがプレイヤーをお出迎えしてくれる。古いゲームを思わせるビビッドなドット絵を基調にしたグラフィックはとても綺麗でかわいい。床の色も壁の色も、鮮やかで窓から差し込む光の表現はとても見事。ただ、その部屋の調和を茶色い段ボールが崩していて、これは是非とも開梱して部屋を素敵に整えねば!という気持ちにさせてくる。
ひとまず段ボールをクリックすると、かわいいアニメーションとともに開く。段ボールの中には緩衝材のクシャクシャの紙が詰まっていて中身は見えない。これをさらにクリックすると中から荷物が小気味いい効果音とともに顔をみせる。そのままマウスを動かすと荷物も一緒についてきて、その荷物を置きたいと思った場所の上でもう一度マウスをクリックすると、荷物を置くことができる。
『Unpacking』は基本的にはこれを繰り返していくだけのゲームだ。段ボールから荷物を出して部屋に置く。ただこの荷物が本当に個性豊かで作り込まれていて、段ボールの中から次に何が出てくるのかワクワクさせられる。グラフィックはもちろん、効果音も一つ一つ違うものになっていてそれもとても心地いい。
段ボールから荷物を全て出して部屋に置き終えると段ボールが畳まれる。こうやって全ての段ボールを空にするとステージクリア……とはならない。
全ての荷物には主人公が考える(?)置かれるべき場所があって、プレイヤーはそれを推察して、しかるべき場所にモノを置くのが目標となる。これはある種のパズルになっている。ただヒントはあまり提示されなくて、間違った場所にあるモノは赤い枠線で囲われるだけだ。多くのモノはだいたい推測できるけど、なかには総当たりで試さないとサッパリ分からないモノもある。そして開梱が終わって部屋が完成すると、気に入った部屋を選んでアルバムに収める。こうやって少しずつ人生が進んでいく様子を描くのが『Unpacking』だ。
実のところ整理整頓が苦手な私は、この部屋の中に荷物を整理整頓しつつ置いていくというゲームシステムに言いようのないプレッシャーを感じてしまい、何度か挫けそうになった。そもそもこのゲームをプレイする私の部屋がもうグッチャグチャの惨状だから、私はなぜ自分の部屋を整理せずにモニターの中の部屋を整理してるんだろう……と我に帰ってモニターの画面の向こうに広がる部屋を眺めたりしてしまう。

赤く強調されているのが間違っておかれていることを示している。