『スープとイデオロギー』監督の母が韓国を否定し“北”を選んだ理由

文=新田理恵
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在日コリアンに向けられる「なんで?」へのアンサー

――お母様の遺骨を、どのようにしてお父様も眠る北朝鮮・平壌(ピョンヤン)に持っていくのか? というテーマで次の作品を撮られる計画はありますか?

ヤン監督 計画はありません。母の骨壺は今も東京の私の家にあり、どうやって北朝鮮に届けるかということは考え続けています。パンデミックの影響で、北朝鮮には手紙も送れなくなりました。以前からいろんな制裁のせいで、小包は既に送れなくなっていたのですが、コロナのあと、どんどん北朝鮮はクローズになっていき、母が亡くなった時、かろうじて電報だけは送れたという状況です。

――撮影の過程で、お母様の病気のことなどでいろいろと葛藤もあったと思うのですが、撮影を続けられた理由や、どんな気持ちで撮り続けられたのかを教えてください。

ヤン監督 「済州4・3事件」は、済州島出身の私の両親が“北”を祖国として選んだ大きな理由です。“北”を選んだというよりは、韓国を否定した理由になったと言えると思います。そこまで描かないと、『ディア・ピョンヤン』を終わらせたことにならないと思ったからです。

「北朝鮮にいる家族に会えなくても、映画を作る」というのは私の決断です(ヤン監督はこれまでに撮った作品が原因で北朝鮮への入国を禁じられている)。私が生きている間に家族に会えるかどうかわかりませんが、もし会えなかった場合でも、私の兄たち、その子供たちに、自分たちに仕送りしてくれた、おじいちゃん・おばあちゃんが、どういう家に住んで、どういう人生を送ったのかを映画として残すことで、家族をつなぐことになる。映画をギブアップして家族に会うよりも、それが家族をつなぐことになると思いました。

また私の両親は、映画監督として突き放して見た場合、日本と韓国の間のいろんな矛盾が縮図のように凝縮されたとてもいい取材対象と言いますか、ドキュメンタリー映画のために生まれてきたようなキャラクターです。

『スープとイデオロギー』監督の母が韓国を否定し北を選んだ理由の画像5

(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

(4代にわたる在日コリアンのドラマ)「Pachinko パチンコ」(Apple TV+にて配信中)が世界的に話題になっていますが、世界中の人が大阪・生野区の昔の姿を見るなんて、うちの両親は思いもしなかったでしょう。本当は日本からもっと早くに、こういう作品が発信されるべきだったと思いますが……。私も同じルーツを持つ映画人として、こういう家にたまたま生まれて、いいキャラクターの親を持ってしまった以上、自分たちの歴史をちゃんと残さなければとも思いました。

最後に。26年間にわたって家族ドキュメンタリー三部作を作ってきました。20代、30代40代を振り返ると、質問ばっかりされてきたのです。なんで日本に生まれたの? なんでそんなに日本語がうまいの? なんで日本の名前じゃないの? なんでヤン ヨンヒなの? なんでお父さんは北を信じてるの? なんで韓国に行けないの? なんで北朝鮮にお兄さんがいるの? なんで在日が日本にいるの? ――とにかく、人に会うたびに、「そこから?」という質問ばかり受けてきた。この三部作は、それについての答えかもしれないですね。「映画を見てください」ということで、やっと答えが揃った。まだ完璧とは言えませんが。

暮らしはいつも政治や国に影響される

 ヤン監督と母親、監督の夫で本作のプロデューサーも務める荒井氏が、新たに家族を形成し、母親の心尽くしのスープを囲むシーンが印象的だ。

 老いていく親と向き合うということは、改めて親のことを知る時間になるという話を、介護職のプロの方から聞いたことがある。母と娘が、改めてお互いを知っていく過程が、まるでわが事のように胸に迫る。

 『スープとイデオロギー』というタイトルが秀逸だ。北朝鮮、韓国、日本。国や政治という大きな力に翻弄され続け、その影を感じながら生きるヤン監督の家族の日常。実は多くの日本人が鈍感なだけで、決して他人事ではない。「見えない」のもまた、政治の影響であり、暮らしはいつも政治や国に影響される。そんなことに気づかせてくれる作品でもある。

『スープとイデオロギー』監督の母が韓国を否定し北を選んだ理由の画像6

(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

◇クレジット・ビリング
監督・脚本・ナレーション:ヤン ヨンヒ
撮影監督:加藤孝信 編集・プロデューサー:ベクホ・ジェイジェイ
音楽監督:チョ・ヨンウク(『お嬢さん』『タクシー運転手 約束は海を越えて』など)
アニメーション原画:こしだミカ
アニメーション衣装デザイン:美馬佐安子 
エグゼクティブ・プロデューサー:荒井カオル
製作:PLACE TO BE 共同制作:navi on air 配給:東風

韓国・日本/2021/日本語・韓国語/カラー/DCP/ 118分

◇公開表記
6/11㊏より[東京]ユーロスペース、ポレポレ東中野、[ 大阪]シネマート心斎橋、第七藝術劇場にてロードショー
ほか全国の映画館で順次公開!

◇公式HP
https://soupandideology.jp/
https://twitter.com/soupandideology
https://www.facebook.com/soupandideology/

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