ドキュメンタリーやドラマ、リアリティショーでも、スピリチュアルやマルチ商法、謎の健康法はさまざまな形で散見されます。今回はそれらを堪能させてもらった、濃厚な3作品のご紹介です。
その1★ヴィーガンの女王が洗脳で犯罪者となった実話
君が組織のテストをクリアすれば、愛犬と共に永遠の命と無限の豊かさが手に入る。その愛犬は、前世で俺のペットだった。だから君と俺は時空を超えてめぐり合う運命。俺は地下組織の秘密工作部隊&現実を超越した世界の住人で不死身。CIAともつながっていて、世界の平和を守っている。すべては「約束の地」にたどり着くため……! だから俺を盲目的に信じろ。考えるな、感じろ。1000年前から愛している。
……こんな話をドラマチックに語る男がいたら、みなさんはどう思いますか? 私は「中二病」という単語が頭に浮かびました。「謎の組織が密かに世界を支配していて、彼らに認められるとパラダイスに行かれる」という世界観は、昨今広く知られるようになってきたコンスピリチュアリティ(スピリチュアルと陰謀論が融合したもの)にもカテゴライズできそうです。さらに大金を欲求する点からは、疑いの余地なく「詐欺」だと判断でき、ごく一般的な感覚の人であれば秒で距離を置きたくなる相手です。
ところが半信半疑ながらも結局は結婚までして、大金を溶かしてしまったのがヴィーガンの女王として名を馳せたサルマさんです。「これはテスト」「いずれ払った以上の金が戻る」と言い含められ、大成功を収めていたレストランの売り上げも何もかもを、夫に持っていかれてしまうのです。その顛末を、サルマさん本人と関係者が語ったNetflixのドキュメンタリーが『バッド・ヴィーガン:サルマ・メルンガイリスの栄光と転落』。
この事件は、投資家たちから詐欺で訴えられ逃亡生活を送っていたサルマさん夫婦がピザをクレカで買ったことから足がついて御用となったため、マスコミが「ヴィーガンなのにピザ! 偽善!」とオモシロおかしく大騒ぎ。しかし問題は「ヴィーガンなのにピザ」「逮捕のきっかけがジャンクフード」ではなく、それなりに成功していた女王がなぜ、従業員に賃金も払えないほどになってしまったのか、です。
裁判によって判決が確定し、投獄される前に「司法制度では理解してもらえない出来事を知ってもらいたい」と撮影が始まり、洗脳の手口と経緯を詳しく語ったのが本作です。ジャーナリストの視点からは「ヴィーガンはスピリチュアルと親和性があるので、サルマもまた、こうした幻想的な、科学を超越した考えに抵抗がなかった」「サルマは学生時代から一匹狼的な人物であり、普通の人とは違う、特別な人間だという自負もあっただろう」となる解説もありました。もちろんそれだけではなく、彼が莫大な資産を持っているふりをしていた点も重要だったようですが。
全4話のエピソードからは、サルマさんのこんな心情がビリビリ伝わってきました。
夫に渡した金は本当に戻ってくるのかという途方もない不安。夫の話はどこか疑わしくも、謎の組織が本当に存在したら? という恐怖。すでに大金をつぎ込んでいるので、もう後戻りできない気持ち。自分はさておき、愛犬だけでも幸せにしたい。誰かに相談しようにもあまりに奇妙な話なので、ほぼ理解してもらえなそう。そしてプレッシャーや孤独も相まって、どっぷり沼入り……。
従業員の話からは、結婚前から彼の正体が少し見えていた部分もあることがわかりますが、極端な思想に染まってしまう人あるあるで、サルマさんもまた「見たいものだけ見る」状態になっていたように思われます。
この出来事は各種メディアに「奇妙な事件」として取り上げられているものの、日本でもよく起こる「有名人が霊能者のいいなりになる」構図とほぼ変わりなく、事件そのものにさほど新鮮さはありません。夫の正体がびっくりするほどしょぼいというのは、何かとお騒がせな小林夫妻(改め國光夫妻か)ともよく似ているし。本作は明るい話題もエンタメ要素はまったくないので、暗~い気持ちになること必須ではありますが、カルト的な洗脳の手法を赤裸々に見せてくれるので、沼入り予防の教科書にはなりそうです。
余談ですが、サルマさん元夫の主張を聞いていると、「日本最強の傭兵」なる人物のインタビュ―動画を思い出しました。語りのすべてが「この人大丈夫かな」ってなるヤツ。
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