
米最高裁、人工中絶権の合憲性認めず 中絶擁護派と反対派がそれぞれデモ(写真:AP/アフロ)
今、アメリカには女性たちの怒号と涙が渦巻いている。全米各地で中絶禁止反対デモが起こっている。その背後では、今週中にも中絶手術を受ける予定だった女性たちが突然に手術をキャンセルされている。自身の身体について選択する権利を奪われた女性たちは、数カ月後に出産をする。その後、自身で育てていくか、もしくは里子や養子として他者に委ねるかの苦渋の“選択”を、米国最高裁判所によって背負わされたのだ。
6月24日、最高裁は49年前に判決された「中絶は憲法で認められた女性の権利」を覆した。米国史上に残る1973年の裁判「ロー対ウェイド」で導き出されたものだった。
今回の裁定を受けてただちに中絶禁止とした州と、近日中に禁止または制限がかけられると思われる州を合わせると21州。 人口の多いテキサス州、南部諸州などだ。今後も中絶が合法であり続けると思われるのがニューヨーク州、カリフォルニア州など20州+首都ワシントンD.C.。先行き不明な州が9州となっている。
中絶禁止条項の詳細は州により異なり、最も厳しい州ではレイプ、近親相姦による妊娠も中絶を許されない。現在はまだ禁止としていない州にも中絶可能なのは妊娠6週まで、または広大な州内に中絶クリニックがわずか数カ所など、実際にはほぼ不可能な州がある。また、中絶処置を行った医師、クリニックまで女性を乗せたウーバーの運転手、付き添った友人までもが罰せられる州もある。
こうした事態から以前より他州からの中絶患者を引き受けているニューヨーク州では、施術医が他州の法によって罰せられることを防ぐ新法を発布した。ニューヨーク市の公式サイトは「中絶手術は “今も” 治療を希望するすべての患者に提供されます」と、今回の最高裁の裁定に影響されないことを強調している。
スターバックス、アマゾン、アップル、マイクロソフト、メタ(旧FB)、ウォルトディズニー、シティグループといった大手企業も、自社の女性社員が中絶のために他州に赴かなければならない場合、旅費を企業負担とするなどの支援策を発表している。
To all New Yorkers: you still have access safe, legal abortions here in New York City.
To those seeking abortions around the country: you are welcome here.
Find more information on providers, support, and additional resources available: https://t.co/1jloa0xxXK pic.twitter.com/mQD75yG6mJ
— Mayor Eric Adams (@NYCMayor) June 24, 2022
(ニューヨーク市民だけでなく、他州からの希望者にも合法で安全な中絶処置を約束する、ニューヨーク市長のツイート)
暴走する最高裁
中絶禁止は女性だけでなく、生まれてくる子供の人生、人権、幸福にもかかわる。法により強制された出産であっても、生まれた後は幸福に暮らしていく親子も多いことと思われる。その一方、親が育てられない場合は里子や養子、または施設に入所となる。米国では年間60〜90万件の中絶が行われている。仮に全ての中絶が阻止され、出産となった場合、この子供たちの幸福は確約されるのか。
アメリカの中絶反対派は、この矛盾を批判される。キリスト教の考えに基づき保守派は胎児もヒトであるとし、中絶を殺人と呼ぶ。しかし、いったん生まれて子がヒトとして生き始めると放置する。過激化した中絶反対派の一部はかつて中絶クリニックを爆破し、医師殺害をも厭わなかった。現在も中絶医は脅迫にさらされており、ニューヨーク州の新法は患者を守るために住所を非公開としている。
最高裁はこうした背景を知りながら、中絶を禁じた。
米国最高裁は異様な暴走を始めている。中絶禁止裁定の前日にはニューヨーク州が市民の銃携帯を禁じるのは違憲とする裁定を出している。ニューヨーク州バッファローの黒人地区にあるスーパーマーケットで10人が、テキサス州ユヴァルディの小学校で生徒19人と先生2人が乱射事件によって命を落とした直後に、である。
ニューヨーク州の中でも全米随一の過密都市として貧困や貧困由来で多発する銃犯罪と戦い続けてきたニューヨーク市は極めて厳しい銃規制法を維持している。その努力を足蹴にする裁定に、ニューヨーク市警総監と市長は即日、会見を開き、市内の法は変わらない、違法に銃を持ち歩く者は逮捕だと言明した。
前述の通り中絶を禁止する州と合法とする州および特別区の数は共に21と拮抗し、合法州は州法、大企業は資金力により最高裁の裁定に対抗する事態となっている。銃の携帯については、ニューヨーク市行政が真っ向から最高裁に立ち向かっている。いずれも双方がまさに臨戦体制と言えるだろう。アメリカは見事に二極分化してしまったのだ。近年、「第二の南北戦争が起こる」と言われている所以だ。
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