次は同性婚、避妊の「見直し」
保守派の最高裁判事クラレンス・トーマスは今回の中絶禁止に続き、同性婚や避妊についても再考せねばならないとしている。
最高裁の暴走は、9人いる最高裁判事の構成が【保守派6人:リベラル3人】に偏ったことから始まった。前回も書いたようにオバマ大統領の任期末期に判事の欠員が出た際、共和党はオバマ大統領の判事指名を無視し、次に大統領となったトランプの任期中に3人を指名させた。これにより現在の偏りが出来た。トランプは今回の中絶禁止裁定を自身の功績であるかのように吹聴している。
これも何度か書いたように、大統領の任期は最長2期8年だが、最高裁判事は終身制であり、その影響力は大統領よりはるかに長く続く。オバマ大統領の最高裁判事指名を阻止したミッチ・マコーネル上院院内総務が自国の首長としてトランプに敬意を払っていたとは到底思えない。だがトランプが保守派の有権者を扇動できることを察知し、共和党政権拡張の道具に使ったのだと言える。そのトランプが2期目の大統領選で負けるとトランプ支持者は怒りを募らせ、昨年1月に米国議事堂になだれ込んでのクーデター未遂事件を起こした。クーデターとは、武力によって国家を転覆させる非合法の政権移動手段を指す。
以後、トランプ支持者/保守派の暴走がより激しくなった。今年は11月に中間選挙があり、その予備選は各州ですでに始まっている。共和党の候補者たちの選挙CMのうち、100本以上に「銃」が登場する。銃を持つ権利を記す憲法修正第2条を掲げるものだけでなく、銃によって”敵”を駆逐するストーリー仕立てのものがある。しかもその敵が民主党候補ではなく、過激な共和党員には「弱腰」に見える同じ共和党の政治家であることさえある。
以下の選挙CMはミズーリ州の元知事で、今は上院選に立候補している共和党のエリック・グレイテンズのもの。ショットガンを抱えたグレイテンズは「サイ」を狩猟しようと言う。サイとは共和党の穏健派を指す隠語だ。グレイテンズは視聴者に向かって「MAGAクルーに参加しよう」「サイ狩の許可を得よう」「我々の国を救おう」と語りかけている。MAGAとはトランプの大統領選キャッチフレーズだった「アメリカを再度、偉大にしようMake America Great Again」を指す。
保守とリベラル、共和党と民主党の分断だけでなく、共和党内の深刻な分裂さえ始まってしまったのだ。しかもその分裂は暴力を伴っている。トランプを自党の勢力拡大のコマとして使ったつもりの政治家たちも、この事態は予測できなかったはずだ。
トランプを当選させた「無投票」
時代が進むにつれ先進的な思考を取り入れてきたリベラルと、旧来のアメリカン・ライフスタイルを維持しようとする保守派の溝は今、これまでになく深まっている。保守派はかつて国家建設の必須道具だった銃を自身のアイデンティティとし、同じく彼らの強いアイデンティティであるキリスト教に則って他者の中絶を阻止しようとする。保守派の最高裁判事は自ら銃を振り回すことはしないが(中絶については本人のみぞ知るだが)、憲法を盾に中絶禁止と銃の権利を強化した。
実のところ、共和党支持者も含め、米国民の過半数が銃規制と中絶に賛同している。銃を所持している人々も精神疾患者や犯罪者に銃を持たせたくはなく、乱射の犠牲にもなりたくない。保守派も望まない妊娠をし、中絶を経験している女性やカップルは無数にいる。一部の過激な保守派はこうした自国の実態を見ない振りをしたまま、アメリカをがんじがらめにしようとしている。次は同性婚と避妊のあり方だ。
彼ら保守派が過激化したのはトランプの存在ゆえだ。そのトランプを大統領に当選させてしまったのはアメリカの有権者だ。2016年の大統領選はヒラリー・クリントンが得票数で優っていた。しかし選挙人制度によってトランプが大統領となった。あの時、民主党支持者と、共和党支持者であっても反トランプの人々がもっと投票に行けば、この事態は防げたはずだ。アメリカは「選挙に行かない」という怠惰を犯したために、現在のクライシスを自ら招いてしまった。いち市民、いち有権者に可能な最大の政治参加は、投票なのだ。
(堂本かおる)
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