胡淑雯の小説『太陽の血は黒い』(日本語訳はあるむより刊行)は、現代の台湾を舞台に2人の男女の友愛を描きつつ、2人のバックグラウンドを通して大日本帝国による台湾の植民地支配とその後に続く戒厳令下の台湾で起きた政府による白色テロという台湾史の傷跡を再訪する小説だ。
400ページに及ぶ長編で荒削りながらも、現代のマイノリティを巡る諸相と台湾の複雑な歴史を重ね合わせ、日常のなかにある政治性が個人の感傷にも干渉するさまを幻想的な筆致で描き出す。
台湾文学初心者にオススメとは言い難いけれど、本作は台湾文学がどのようなものかを明確に示す作品と言えるかもしれない。
台湾はアジア圏の中でいち早く同性婚を(異性婚と比べ制限はあるが)実現させた国であり、同時にその背景には大日本帝国による暴力的な植民地支配とそれに続く国民党による対共産主義を名目にした戒厳令による長く厳しい監視があった。
近年でも2014年の太陽花学生運動のように大きな政治的革命が人々の手によっておこされている。台湾文学はこの中で育まれたものであり、今知るべき、語るべき、考えるべきテーマがたくさん織り込まれている。
それは台湾のゲームでも変わらない。今回プレイしていく『返校 -Detention-』もこうした台湾の歴史を背景にした、台湾文学的なゲームだ。そういう意味でこの作品は台湾文学入門にうってつけなゲームでもある。台湾文学を読むための基礎知識がある程度身につくからだ。
『返校 -Detention-』は学校を舞台としたホラーゲームだ。雰囲気は暗い。ゲームは恐怖に満ちていて、時に奇妙な儀式を自ら行い、亡霊から逃げながら進めて行く必要がある。台湾の民間信仰をベースにしたホラー要素は、同時に台湾の戒厳令下の政府による厳しい監視と弾圧をも暗示する。
果たしてこのゲームで本当に恐ろしいのは一体なんだろうか?
学校と出口のない恐怖
『返校 -Detention-』は、まず学校の教室の場面から始まる。どうやら期末試験前の歴史の授業中らしいが、主人公の男性生徒ウェイは授業を聴きながら居眠りをしてしまっている様子だ。意外と平穏な風景でホッとしていると、バイ教官という軍服を着た教員が教室にやってきて、担任のイン先生を連れていってしまう。どうやらなにかのリストについて質問があるらしい……。
というところで場面が暗転し、気がつくと教室には誰もいない。黒板には台風の情報が書かれていて、他の生徒は全員下校したようだ。ここからプレイヤーが操作できるパートになる。
『返校 -Detention-』は横スクロール式と呼ばれるゲームで、キャラクターは基本的に左右にのみ移動できる。画面は世界を真横から捉えた平面的な形になっていて、奥の背景とキャラクター、そして手前の前景の三つで構成されている。
キャラクターを移動させ、画面の気になるところ(重要なポイントに近づくと「?マーク」が出てくる)をクリックしていくことでゲームが進んでいく。「?マーク」では、ゲームを進めるためのアイテムやヒントを収集することができる。取得したアイテムやメモはアイテム欄から確認することができて、ここからアイテムを使うことも謎解きの上では重要だ(PC版では画面下にマウスを持っていくと表示される。各種ゲーム機版ではボタンを押すと表示される)。
教室から出て体育館にたどり着くともう一人、学校に取り残された女性生徒レイに出会う。二人で学校から出て行こうとすると、学校から街に通じる橋が落ちていて進めない上に、川が血のように赤く染まっている。
一体なにが? というところで不気味な映像が流れて暗転すると、主人公がレイに切り替わり、以降はレイを主人公としてゲームが進んでいく。
レイは気がつくと体育館に座っている。しかも体育館は真っ暗で所々に怪しく赤い蝋燭が灯っている。そして、舞台の上ではウェイが逆さ吊りになって死んでいるのだ。
さっきまでまともだった光景が一気に異様な風景になるのは本当に怖い。ゲームはここから一気にホラーへと転がり込んでいく。
学校はどこもかしこも暗く、そして奇妙な雰囲気に満ちている。ある部屋は扉にびっしりと紋章が描き込まれていて入ることができない。部屋の中も異様な様子で血が飛び散っていたり、あるいは不可思議な儀式アイテムが置かれていたりする。学校のあちこちには亡霊が居て、息を止めて存在を隠さないと襲われてしまう。
学校の中には真相を暗示する色々な手掛かりが時々落ちている。主人公はそれをメモにまとめていくのだけど、その一つ一つが暗い内容を暗示していて、先へ進むのをためらいたくなる。
アイテムに書かれた情報や、主人公のメモ、そして学校内のオブジェクトに対する主人公の反応。そういった様々な手がかりからわかるのは、学校が国の厳しい統制下にあることと、そして主人公の家庭状況の悪さだ。主人公は前者に怯え、後者では母への嫌悪を漏らす。
こんな異常空間となった学校をプレイヤーはレイを操作して抜けていかなくてはならない。実のところ、亡霊を別にすれば主人公が襲われたりすることは特にない。その亡霊も、慣れてしまえば対処は簡単だし(とはいえ怖いので焦ってしまう)謎解き要素もそんなに難しいわけではない。
ただこのゲームは本当に不吉な予感に満ちている。先へ進むのが嫌になるほどに。その上、プレイヤーは謎解きのために二階で手に入れたアイテムを一階で使って、そしてまた二階に戻ったりする必要がある。何が起きるか分からない場所を一回通るだけでも嫌なのに、何度も通らないといけない。出口のない嫌さだ。
さらにプレイヤーは謎解きのために本当に気持ちの悪い行動をすることを、体験として実行することを、求められる。例えば序盤のある場面では、死体の首にナイフをあてて切り、血を入手しなければならない。この出口のない迷路を行き来する不気味さと、したくない行為を儀式として実行しないといけない気持ち悪さは、このゲームのキモでもある。