暑くて嫌になっちゃう時に読む絵本『ひそひそ こしょこしょ』

文=ひとりがわそろこ
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 孤立系連載「ひとりがわそろこ絵本相談室」は、夏期深夜営業中。昼間は暑くて、まるで仕事になりませんからね。日中は暑さに思考の8割をもっていかれちゃって、悩み相談がきても「……暑い」しか考えられない。ということで、現在真夜中の1時。お風呂に入り麦茶も飲んで、準備万端。今この瞬間のわたしは、誰よりも冴えている。お悩みよ、さあ飛びこむがよいわが胸に!

相談

「まいにち あつくて いやになっちゃう」(3歳のそろこ)

処方

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ひそひそ こしょこしょ』(うちむらたかし クレヨンハウス)

ひんやり絵本の実力

 あらー。3歳のそろこから、直球のお悩みがきましたよ。本当に暑くて嫌になっちゃうね。今日は、3歳のそろ助が、ひんやりいい気持ちになれる絵本を教えてあげますから、床の冷たいところにでもころがって、氷でもなめながら、だらだらっと聞いていってね。

 今回、3歳のそろこに処方する1冊は、『ひそひそ こしょこしょ』(うちむらたかし作 クレヨンハウス)です。

 先に言うと、この絵本、絵がものすごく可愛いの。でね、わたしはその絵のかわいさに一目惚れして即買いした。でも、その時点では、この本が持つ「ひんやりの実力」に気がついていなかったの。

 帰宅したわたしは、シャワーを浴び、1日のどろどろをすっかり落とし、タンクトップと短パンに着替えてさっぱりした。それから麦茶を片手に、寛いだ気分で、じっくり絵本を読んでみたのです。

 そしたらね、全編に、ひんやり涼しい夏の薄闇の気配が、それは見事に漂っていて、ページをめくるごとに、藍色を薄く溶かしたような夜の気配が、わたしの体の中に少しずつ入ってくるではないですか。昼間のほてりが、内側からすーっと冷やされていくみたいで、それはそれはいい気持ち。

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画面いっぱいに、ひそやかな夜の気配

 あの、真夜中特有の空気感が、粒子ごと画面にはっきり描きこまれていて、「ああ、この作家さんは夜にすてきな思いをしたことが、きっとたくさんあるんだな」って、わたしは思った。

 夜中に目をさましたひつじの兄弟が、こっそり夜の探検に出かけ、おばけたちの真夜中のピクニックを目撃するというエピソードも最高にチャーミング。でも、わたしにとって、この絵本のいちばんの価値は、夏の薄闇をフレッシュに閉じ込めた「ひんやりの実力」でした。最初からそれに気づいて買ったわけじゃないから、後からこの実力に気づいた時は、サプライズでプレゼントをもらったみたいに嬉しかった。

 この暑さの中、がんばって仕事して、家事して、育児してさ、うまくできなくて悩んだり、じたばたした挙句に失敗して、自己嫌悪に心を焼かれたり、それでも明日は容赦なくやってくる。でもそこには、あるんだよね。思いも寄らないこんなギフトがさ。天から羽が、ひらひらと舞い降りてくるみたいにさ、ねえ、あんた、この感じわかるかい?

 ……って、ごめん。そろこは、まだ3歳だったよね。

 3歳相手に、わたしったら、中高年の語りをしたりして。目の前にいるのがわたしの分身だと思うと、ついつい本気で語っちゃって。そもそも悩み相談の内容が「あつい」だったのに、暑苦しいのあんただよっていうね。ごめんごめん。いま、氷水を一気飲みして頭冷やしたからさ、ここからはクールにいくね。いやはや、深夜のテンションも考えものだね。

薄暗い部屋で、ささやき声で読む絵本

 暑い一日を終えた夜は、ほどよくクーラーのきいた薄暗い寝室で、この絵本をささやき声で読みましょう。誰かに読んでもらう時も、「ささやき声で」とお願いするのを忘れずに。

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真夜中は、ひそひそ声がマナーです

 ひそひそ声に耳をすませるうちに、ほどなく寝室には薄闇の夏の夜の空気が漂いはじめる。そしたら静かに呼吸して、ひんやりの気配を少しずつ、肺に取り込む。するとそろこの体の中に、ちいさい夜の場所ができて、これが天然クーラーとなり、そろこを内側から冷やしてくれる。そんな不思議な効能のある絵本が、『ひそひそ こしょこしょ』です。

退屈とぼんやりは、子どもの栄養

 もうすぐ、夏休みがはじまるね。ひとつ、お伝えしたいのはね、「夏はぼんやりするのが大事」ってこと。もしかしたら、ぼんやりしすぎのそろこに焦って、周りの大人が、サマーキャンプや映画やプールや、塾や、クラフト教室や、蛍観察会やらに連れ出そうとするかもしれない。それも悪くはないけれど、でも、夏休みの最大の目的は「ぼんやりすること」だとわたしは思うのね。

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ぼんやりタイムは、子どもも大人も定期摂取が必要

 子どもにとって、「退屈」「暇」「ぼんやり」「無意味」は、「たんぱく質」「ビタミン」「カルシウム」「炭水化物」と同じくらい、成長に不可欠な栄養素。子ども時代にこれらをうまく摂取しておくと、自分の世界がすくすく育ち、人生をその子らしく生きていくための、しなやかな筋肉がつくのです。大人になるとさ、「退屈」と「ぼんやり」が、幼年時代のような純度で摂取できないのよ。だから子ども時代に、たっぷり退屈しておいてね。

 もしも誰かがそろこのぼんやりを阻もうとしたら、「わたしはいま、たいくつの補給中。これはわたしの大事な時間」と、はっきり言っておやりなさい。それを聞いて「何言ってるの!」と眉を顰める大人は、そもそも本人に夏の休息が足りていない大人。「それはいいね。退屈大いに味わってね」と放っておいてくれる大人がいたら、その人は、そろこにとっていい大人。

 おまけ。これは小3の頃のわたしのある夏の1日。今考えても、時間が永遠にあるように感じられた、暇で退屈な、最高の夏休みだったな。

たまごごはん。麦茶。蟻観察。本。アイス。そら。ひるね。そうめん。ぼんやり。ぬりえ。蟻観察。すいか。さんぽ。退屈。ふてね。蟻観察。そら。水風呂。テレビ。蟻観察。本。ゆうごはん。テレビ。ぼんやり。ねる。

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Illustration Stuart Ayre 
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。 
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre

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