男性の皆さんに聞いてみたい「あなたにとって家事ってどういうものですか?」

文=太田明日香
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どんな観点で話を聞くのか?

 ところで、男性の家事についてお話を伺うにあたって、この連載では家事についての個人史に加えて、以下の3つの視点について伺いたいと思います。

・生まれ育った家族の男性の家事

 ひとつ目は生まれ育った家族の中で、自分以外の男性がやっていた家事についてです。父親や祖父、男兄弟、親族かどうかにかかわらず同居していた男性がどのような家事をしていたか、それが自分の家事にどう影響を与えたかについて。

 よく配偶者や自分以外の人がやった家事について指摘するときに、自分のうちの家事について持ち出す人がいますが、自分の生まれ育った家族の家事の仕方はどれくらい影響を与えているのでしょうか。あるいは逆に、自分は自分と割り切れるものなのでしょうか。

・家庭科教育の影響

 ふたつ目は家庭科教育について。実は家庭科は、男は外で仕事、女は家事という思い込みに大きな影響を与えてきたのです。

 家庭科が創設されたのは、戦後GHQの方針で民主的な家庭を国民に普及、浸透させるためでした。当初選択教科だった中学、高校での家庭科は、科学技術を振興し、競争力を高めたい産業界や経済界の要請を受け、1958年には中学家庭科は男子向きの技術科・女子向きの家庭科に変更となります。

 さらに来る高度経済成長期を見据えて、家庭が労働者を癒す場として重要視され、家庭科が主婦養成の教科としてみなされるようになります。女子は家庭科を履修するのが望ましいとされ、1960年には高校で家庭科が女子の必修となり、実質的に家庭科は女子が勉強するものとなりました。

 ところが、そのような性別役割分業の固定化に意義を申し立てたのが、1974年に結成された「家庭科の男女共修をすすめる会」です。1975年の国際婦人年、国連婦人の10年などをきっかけに、男女ともに家庭科を履修するようにしようと働きかけます。1989年の学習指導要領ですべての生徒に家庭科が必修となり、中学校では1993年から、高校では1994年から、家庭科の男女共修化が実現しました。

 みなさんはどのように家庭科を履修しましたか。女子だけが勉強しましたか。それとも、男女関係なく勉強しましたか。 

 おそらく今の子育て世代の多くは、家庭科を男女共に学ぶようになった世代でしょう。しかし、実際に家庭科で勉強したからといって家事ができるようになるわけではありません。それでも何もやらないよりかは家事の知識が身につくでしょう。実際、男性にとって家庭科の授業の影響はどの程度のものなのでしょう。

・家事は苦行か楽しみか?

 最後が家事をどう捉えるかです。

 家事が大変、家事が辛いに対して、「家事は尊い仕事」「もっと楽しんでやればいい」「(家事あるいは家族を)好きならできるはず」「効率的にやらないからしんどいんだ」「もっと家電を使って楽すればいい」などの意見があります。そこで、じゃあ自分がやるとか自分も家事に参加しようというタイプは少ないように思います。つまり、そのような言葉はアドバイスに見えて、家事を自分の仕事だと思ってない、あくまでも人がやることだと思っているから出てくるのではないでしょうか。

 家事について語る場合、「手抜き」「楽家事」「省力化、効率化」に代表される「家事は不払い労働」「毎日続く苦行」という見方と、「ていねいな家事」に代表されるような、「家事は自分の身の周りを整える技術」「本来は楽しいものや豊かなもの」という見方があるように思います。 

 おそらく、自分のためか家族のためかにかかわらず、能動的に身の回りを整える場合は楽しみや喜びになるでしょうし、誰かへの押し付けとなる場合や義務として科される場合は、苦行になるのではないでしょうか。

 家電が登場する前は人力で家事をすべて行っており、家事は奴隷や家事奉公人がいないとできないものでした。家政は一家の家長が監督すべきものであり、楽しいとか楽しくないとか言う以前の、家を統べる技術であり義務でした。ところが、産業革命が起こり、働く場と家庭が分離し、近代化が進むにつれ都市の中産階級の間では、家事は一家の主婦の仕事となっていきました。また、家電の登場は主婦の労力を削減したように見えて、家事奉公人がやっていた仕事が主婦の仕事となっていったため、トータルで主婦の家事労働時間は変わらなかったといます。

 さらに、家事には愛情も求められるようになりました。今では家事と愛情との結びつきについて、絶対視する人も減ってきましたし、批判的に検討されるようになってきました。とはいえ、それでも家事と愛が結びついて語られるのは、どこかに家事は家族への愛による自主的な奉仕であってほしいという期待が潜んでいるからではないでしょうか。

 性別にかかわりなく家事を主に担っている人自身、家事に対して苦行と楽しみというこの二つの引き裂かれるような思いを行ったり来たりしながら家事を行っているように思います。 

 そこで、男性が家事をするときに家事をどう捉えているかを聞いてみたいと思いました。

すべての人にとっての家事を考えるために

 ここ数年、ケアは人間にとって根源的な行いで、ケアなしには人は生きていけない、もっとケアの価値を高めようといった問題提起がなされています。

 しかし、家事はケアの一種であり、皆がしなければならないものとはいいながら、家事にかける時間には、未だに大きな男女差が存在しています。例えば、コロナ禍では家事時間が増え、その負担が女性の方に偏っているというデータもあります。

 このように男女差が大きいことの背景には、育児や介護は、女性の仕事という固定観念だけでなく、一家の働き手となっている人の労働時間が長く、家事時間を取れないことも大きな原因の一つにあります。まずは労働時間を減らすことが重要ですが、それはすぐには難しい場合もあります。

 日本でも男性の育児休業、介護休業取得を促そうと、4月から改正育児・介護休業法が施行されました。しかし、法改正で男性も育児休業や介護休業が取りやすくなったからといって、いきなり家事や育児、介護ができるようになるのでしょうか。また、今後はすべての人が主体的に家事や育児、介護といったケアを担っていかなくてはいけないことが求められています。そんなときに、さまざまな家事をしている人の声や、家事についての歴史を知ることは、今まで見落とされてきた問題を可視化し、考える上で役に立つのではないでしょうか。

 そこで、この連載では「家事は皆がやるものだ」と捉え直すきっかけとして、男性の家事についてフォーカスし、いろんな男性に家事について体験談をお伺いしていくとともに、研究者の方にも家事の歴史や家事をとりまく社会状況についても伺っていきたいと思います。

参考資料

『お母さんは忙しくなるばかり』ルース・シュウォーツ・コーワン著、高橋雄造訳、法政大学出版局、2010
『男が介護する』津止正敏、中公新書、2021
改正育児・介護休業法 参考資料集」厚生労働省、2016年
『家庭科教育50年―新たなる軌跡に向けて』日本家庭科教育学会、建帛社、2000
「家庭と消費生活」角山榮(『路地裏の大英帝国』角山榮、川北稔編)平凡社ライブラリー、2001
『家事の政治学』柏木博、岩波現代文庫、2015
『現代思想 家政学の思想』2022年2月号
『女性こそ危ない! 女性の「脂肪肝」がみるみる改善する方法』PHP研究所、2018
女性の家事等の時間増加は世界共通」『男女共同参画白書 令和3年版』内閣府男女共同参画局、2021
「総論 ジェンダー視点が拓く生活文化学の新たな地平」三成美保(『ジェンダーで問い直す暮らしと文化 新しい生活文化学への挑戦』奈良女子大学生活文化学研究会編)敬文社、2019

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