
写真:AP/アフロ
日本ではポリティカル・コレクトネスが「ポリコレ棒」などと揶揄され、正しい理解が進んでいない。ポリティカル・コレクトネスは差別を減らすために必要な社会的ツールだが、そもそも「ポリコレ」と短縮形になった時点でカジュアル化され、本来の重要性がないがしろにされたきらいがある。また、その対象は人種民族に限らず、女性、LGBTQ、障害者、移民など、あらゆるマイノリティ・グループだ。
先日、偶然にも同じタイミングでアメリカでは黒人の子供、日本では女性の存在をあからさまに無視する事象があった。差別した側は個人ではなく大企業と政府。どちらにもポリティカル・コレクトネスの知識と意識が大きく欠けていることが原因と思えた。
以下、日米の出来事とポリティカル・コレクトネスの機能について書く。
セサミプレイス〜黒人の子供を無視
アメリカのペンシルヴァニア州にある『セサミストリート』のテーマパーク「セサミプレイス」にて、7月16日に撮影された映像がインスタグラムで大きな反響を呼び、今や社会問題となっている。
パーク内でのパレードで2人の幼い黒人の少女(共に6歳、イトコ同志)が、ロジータと呼ばれるキャラクターに向かってハグやハイタッチをしようと腕を差し出している。ロジータは少女たちの手前にいた白人の子供と、その保護者と思われる白人女性とはハイタッチするも、黒人の女の子たちには「ノー」を表す、もしくは追い払うような仕草で手を振り、通り過ぎた。取り残された女の子たちの、なんとも言えない表情に多くの人がショックと怒りを覚えた。
R&Bシンガーのケリー・ローランド(ビヨンセと同じ元デスティニーズ・チャイルドのメンバー)もその一人で、「あの子たちは私だったかもしれない」「女の子の顔を見た?」「あの子に説明する必要がある」と語るビデオをアップした。これが元の映像の閲覧数を押し上げ、1週間後には89万回となり、大手メディアも報道を開始した。
Where it all started of course pic.twitter.com/y13QCtJ9bP
— My Hair Longer Than Yours… (@_TheShawn) July 18, 2022
オリジナルの映像は女の子の母親によるものだが、後日、同じ瞬間を別の角度から撮影した映像も公開された。ロジータは白人の子供とハイタッチした後に黒人の女の子を無視し、その先にいた別の白人の子供とは向き合ってコミュニケーションをとっている。
パレードはそれほど混み合っておらず、2人の黒人の女の子とその両サイドの白人の子供の間はそれぞれ2メートルほど離れていた。セサミプレイスが出した謝罪文にあった「すべての子供への対応は不可能」が言い訳であると分かる。また、ロジータと6歳児の身長差を見ると、これも謝罪文に書かれていた「キャラクターの衣装では低い位置がよく見えない」も言い逃れであると分かる。
今回の件が1回限りの出来事でないことも証明された。最初の映像に次いで、セサミプレイスでの同様の映像が親たちによって次々とアップされたのだ。ロジータが黒人の子供を無視する映像が少なくとも3本。”バート” が子供たちとハイタッチを繰り返しながら、黒人の少女にだけはその顔を軽く平手打ちして歩き去る映像。”テリー” が母親に抱っこされた黒人の幼児を無視して行き過ぎる映像。”ホンカー” がヨチヨチ歩きの黒人の子供を怖がらせることが目的のように両手を広げて大股で迫り、接触して転ばせる映像……。
セサミプレイスとBLM
セサミプレイスは謝罪文を批判され、「心からお詫びします」「従業員への訓練を行います」とする2度目の謝罪文を出さざるを得なくなった。
『セサミストリート』の制作元であるセサミワークショップもライセンス提携先であるセサミプレイスに「偏見トレーニング」を行うよう通達するとの声明を出している。セサミプレイスはあくまで提携先であり、『セサミストリート』本体とは異なるのだと暗に示す内容だが、そのトーンもまた批判を浴びている。
今では世界中の子供に愛されている『セサミストリート』は1969年の番組開始時、マイノリティの子供にABCや数字を教えるために制作されていた。登場するマペットの多くは人種民族を特定ができないデザインだが、近年はアジア系、黒人、自閉症、ホームレスといったキャラクターを加えている。今回、問題を起こしたロジータはメキシコからアメリカにやってきた英語とスペイン語のバイリンガルという設定だ。ライセンス提携先が『セサミストリート』のこうした理念を継承しているかのチェックを怠っていた責任はセサミワークショップにあると言える。
こうした背景もあり、黒人の女の子の両親と弁護士はニューヨーク市にあるセサミワークショップ本部の前で記者会見を開いている。抗議運動には、2013年に射殺された黒人少年トレイヴォン・マーティンの事件を筆頭にBLM(ブラック・ライヴス・マター)関連の事件を専門に扱う著名な弁護士、ベン・クランプも加わることとなった。
アメリカでは今も警察暴力によって黒人が殺害または重傷を負わされる事件が相次いでいる。そうした事件を手掛けるクランプ弁護士がなぜ、テーマパークでの子供への人種差別事件を扱うのか。理由は、その2つが同根だからだ。
警官が問答無用で黒人に発砲するのも、セサミプレイスの着ぐるみ従業員が黒人の子供を拒否してあからさまに無視するのも、黒人への強烈な忌避感による。この忌避感は個々の警官や従業員が子供の頃から家庭や社会の空気を通して身に付けたものであり、成人してしまった後では削ぎ落とすのが非常に難しい。
そこで必要になるのがポリティカル・コレクトネスだ。まず、社会に偏見や差別があることを前提とする。職場であれ、地域コミュニティであれ、他のどんなグループであれ、差別意識を持つ人物をあらかじめ排除することは不可能だ。ゆえに個人の内面の差別意識に言及はしないが、差別言動をあらわにすると社会的に批判する。「その言動は正しくないから止めなさい。相手に謝りなさい」といった口頭での注意から、深刻度や影響の大きさによっては職場解雇(今回のロジータの “中の人” はおそらく解雇)や、セサミプレイスのように企業としての謝罪もあり得る。このルールを徹底させることで、差別偏見に基づく言動を減らせる。
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