私は今まで恋愛ゲームをあまりやってこなかった。なんとなくプレイすることに躊躇いがあったのだ。それはたとえば、異性愛がメインなものが多いことへの恐れであったり、同性愛を題材にしたものでもロマンティックにすぎる物語に対してちょっとした抵抗があったからだった。
ロマンティックなものへの憧れはあっても、それが称揚されて規範的になっているこの社会の中で、ただ恋愛の物語と体験を享受するだけというのは難しい。特にゲームという自分と主人公が近くなる媒体であればなおさらだ。
とはいえ、いつかそういったゲームをやってみたいと思っていた。というときに現れたのが今回プレイする『Boy Friend Dungeon』だ。
販売ページの説明文によると本作は「ジェンダーとセクシュアリティに対する多様性豊かなアプローチ。男性、女性、ノンバイナリーのロマンスに対応」なのだという。そんなゲームであれば私でも楽しめるのかもしれない。
果たしてどんなロマンスとファンタジーが実現されているのだろうか?
クィアな前提をふまえたオプション
ゲームをはじめると「このゲームには、好ましくない口説き文句、ストーカー行為、その他の感情を操作するようなセリフが出現する場合があります。注意して、必要に応じて中断してください。」という注意文が出てくる。ゲームをプレイするとよく見る定型文ではなく、ある程度具体的な内容を指したもので、プレイヤーが思わぬショックを受けることがないように、という制作者のハッキリとした意図が伝わってくる。
映画などを巡って、トラウマを喚起する内容の警告の必要性が問われることがあるが、ゲームにおいても、特にマイノリティが楽しむことを目指すような作品であったりするなら、こういう配慮があると本当に助かるし、その優しさに嬉しい気持ちにもなる。プレイヤーを尊重してロマンスを楽しもうという意図はゲームを支える重要なポイントだ。
次に出るのはキャラメイク。ここでは名前、性別、そして服装や髪型、肌色などを決めることが出来る。性別は男、女、ノンバイナリーの三種類が選択できる。この選択はゲームの展開には一切関わらず、見た目にも影響は何もないし、どの性別でもどんな服装でも着ることができる。
主人公の見た目がデフォルメされた二頭身なキャラクターなのもあって、ジェンダーがバイナリーにならない見た目を実現出来ているのがとても素敵だった。またこの性別はいつでも選択することができるため、フルイドなあり方をロールプレイしてみることもできる。
ところで、読みながらすこしおや?と疑問を持った方もいるかもしれない。実のところこの「性別」は原語の英語版では代名詞を示す「Pronunce」のことで、性別ではなくShe/Her、They/Them、He/Hisの中から選ぶ形になっている。
日本語ではThey/Themに当たる定訳がまだ定まっておらず、性別を男、女、ノンバイナリーから選ぶとしたのは現状ではもっとも届きやすい落としどころだったのかもしれない。
しかし「私は男です」とすることと「私の代名詞は彼です」とすることの間には違いがある。今後こうした点をどう翻訳するかは議論がもっと行われていってほしい。
次に出てくるのが、母親からのアドバイスをブロックするかどうか、という選択。実際にゲームをプレイすると母からのアドバイスは結構に依存的で過保護でかつ友達的な立場からのもので、差別的でこそないものの結構に嫌な感じがするところもあった。
オンオフでゲームプレイ体験はかなり変わるところがある。個人的にはオフの方が気楽に楽しめると思う。
意思を尊重する親密な関係
初期設定を乗り越えるとゲームの舞台であり主人公が一夏を過ごす土地、ヴェローナ・ビーチに到着して物語が始まっていく。主人公が住むことになるのは、従兄弟のジェシーが暮らしていた部屋だ。ここではアイテムやプレゼントをクラフトしたり、服装を変えたりすることができる。どうやら主人公は、親密な関係を恐れていることを克服するためにここにきたらしい。ジェシーはその手伝いと称してデートのセッティングをしてくれる。
ここでも『Boyfriend Dungeon』はプレイヤーの意思を尊重してくれて、親密な関係が恋愛に限らず、プレイヤーが望むなら友情でも恋愛でもどのようなものでもいいということをジェシーの口を通してハッキリと伝えてくれる。
初期設定もふくめてこうした選択肢の提示と個人の尊重は、ゲーム全体を通して語られる物語そのものでもある。こういう心遣いで、今まで恋愛ゲームになかなか迎え入れられなかったプレイヤーをそっと受け入れてくれるような、柔らかさを私は随所に感じてちょっとジーンとしてしまった。
ヴェローナ・ビーチでプレイヤーが主に体験する出会いというのは、武器人間とのダンジョン探検だ。この世界には武器に変身する武器人間と武器にはなれない人間がいて、武器になれない人間は武器人間を使ってモンスターを倒すことができる。なんとなくバイナリーな感じがする設定だし、それってジェンダーよりも大きな影響をこの世界に与えている気もするけど、その辺りはちょっとしたクィアさの一環ということで流される。
ゲームの内容は、プレイヤーは様々な武器人間と街中に発生するダンジョンに潜って戦闘を繰り返すことで仲を深めていく、というものになる。ダンジョンは特に序盤は結構難しい。武器人間となるパートナーとの親密度を上げるといろんな強化がされていって楽になるけど、初めの頃は特に苦しい。
コツとしては回復アイテムをガンガン使っていくことが大事かもしれない。ダンジョンにあるゴミ箱や木箱は破壊することができて、回復アイテムのドリンクが出てくることがある。コツコツ見つけていくと回復アイテムは尽きにくくなる。
それと、このゲームではZineを使うと強力な攻撃を出すことができる。なにがどうなっているかは不明だけど、Zineを消費すると火の玉を出したり、敵を眠らせたりすることができる。これも回復アイテムと同じようにダンジョンの中で見つけることができるのでモンスターに囲まれた時は積極的に使うといいだろう。
武器人間たちとは、ダンジョンを攻略していく中で出会っていくことになる。多くのキャラクターは一様に、武器の姿でダンジョンに放置されていて、なぜか刃こぼれした姿になっている。いったいなぜ?というのはメインストーリーに関わってくる謎の一つだ。ただ終盤になるまでメインの物語はあまり進行しない。プレイヤーとしても多くのキャラクターと出会い親密になっていくことにいっぱいいっぱいでもある。
『Boyfriend Dungeon』には今のところ七人のパートナーとなるキャラたちが登場する(今夏、三人のキャラが追加される予定)。どのキャラも個性的で、またある意味でライトな物語に登場するあるあるな設定を取り揃えたキャラたちでもある。ただどこかでみんなリアルな苦悩として、尊重されてこなかったけど尊重されたかった思いを抱えていて、深みを感じられる物語になっている。
個人的に好きだったのは、初めに出会うエストックに変身するアイザック、ダガーに変身するヴァレリア、ダンジョンをクリアする頃に出会うグレイブに変身するソーヤの三人だ。
アイザックは街の篤志家で投資事業により資金を地域に流入させ、人々の役に立とうと努力をする勤勉な人間。けれど、強い父親から強烈な批判を受け続け、そのことに苦しみながらも父を受け入れ父に愛されようとしてしまってもいる。男性性の強い父との間で葛藤し、なんとか乗り越えようとする姿が丁寧に描かれていた。
ヴァレリアはちょっとした秘密を抱えるアーティストで、She/Herで呼ばれるキャラだ。自由と率直さ、そして芸術を愛する彼女に手を引かれながら少しずつ仲を深めていくのはとても楽しい体験だった。
ソーヤは大学生で、生活の色々な局面に困難を感じているThey/Themのキャラ。 料理を巡るドタバタ劇は誇張されたステレオタイプを感じるものの、金銭面でも困窮していたり、教授とのやり取りに難しさを感じてる一面などかなり等身大の人物だ。攻撃時のエフェクトがトランスフラッグカラーなのも好きなポイントだ。
各パートナーとはダンジョンで一緒に戦うことで親密度が上がり、親密度が溜まるとスマホに連絡がきてデートに行く、というサイクルを繰り返していく。デートの時や、ダンジョン内にある休憩スポットでは、プレゼントを贈ることもできる。
デートは基本的に会話だけで進行していき、それに対して選択肢を選んで応答をしていく。選択肢には正解というものは特にない。恋愛ではなく友愛をメインにして行ってもいいし、相手の申し出を断ることもできる。
もちろん、相手と意向があまり一致しない選択肢も中にはあって、そういう時にはちょっと気まずい空気が流れもする。ただそれは相手が気にいらない返事をしたから、というより、相手をうまく尊重できなかった返事をしたから、という風に感じさせるような会話になっていることが多い。
相手によってはこちらの意向を気にかけない幼さを始めは見せてくる人物もいるし、全てがそうなっているわけではないけれど、相互の尊重はゲームの基本になっている。
そして本作の親密度は結局のところダンジョンで進行するのがメインで、いずれにせよキャラクターたちの様々な側面を見ていくことができるし物語は進行していく。ある一面では機械的なシステムだけど、親密な関係の内実の幅広さや正解のなさを示すような感じもする。
クィアさがオプションではなく前提になった恋愛ゲーム
武器人間達にはそれぞれに変身アニメーションが設定されている。セーラームーンのような日本のアニメーションや、スティーブユニバースのようなアメリカのカートゥーン作品を思わせる変身シーンで、キャラごとに様々でとても楽しい要素だ。
滑らかな手描きのアニメーションは、荒々しく力に満ちていて、まるで液体のように動く。そしてこの流動性は『Boyfriend Dungeon』というゲーム全体を象徴するようでもある。
プレイヤーはヴェローナ・ビーチでの人々との触れ合いを通して、様々な関係性を体験していく。それは、いくつもの混ざり合う関係の多様なスペクトラムを、他人と一緒に描いていく体験でもある。
そこではクィアな関係や欲望が、ヘテロなそれへのオプションとして用意されるのではなく、それ自体が前提となっており、それを満たすことが目標となっている。
一方でメインストーリーはむしろ失敗についての物語になっている。ゲームに登場するダンジョンは、ダンジョンに入る存在の心の恐れを具現化したものである、という説明がされる。主人公が入るダンジョンでは電話がメインの敵として現れる。これはどうやら親密な関係への恐れを示しているらしい。
そしてゲームのラスボスは、親密な関係に憧れて一方的に思いを押し付けて他者をモノのように見る存在だ。それは親密な関係との間に恐れを抱き、向き合うことの出来なかった帰結であるとされる(ちなみにこの人物は最後にはカウンセリングを自ら受けることになる)。
そういう心の欲望が、ときに暴力になることもきちんと本作は示し、他者の意向を尊重する必要を明示する。しかし親密な関係への想いを単に、克服し受け入れるべき恐怖という風に描くことには少し疑問がある。それとの距離の取り方はもっとたくさんあるはずだ。
作中には、そうした親密な関係から距離を取るキャラもメインストーリーの中で登場するが、彼女はとある武器人間とのストーリーラインでは厄介なストーカーファンのように描かれてしまう。こうした姿勢はゲーム全体のトーンの中で少し浮き上がり矛盾したものになってしまっている。
色々な選択肢を提示しつつも結局のところ、『Boyfriend Dungeon』は恋愛ゲームであり、友愛はオプションでしかないのである。友愛/恋愛の流動性はあまり描かれず、ある程度のところで決定されてしまうし、ジェシーを始め主人公をサポートする人物からも恋愛へ向かうような圧を向けられる。
それにジェシーによればヴェローナ・ビーチは出会いに満ちた場所なのだという。夏に出会いが満ちた場所に自信をつけるために遊びにいくというのも、なかなか加害性も感じずにはいられない設定だ。
また主人公は同時並行的に多くの相手と恋愛をすることもでき、パートナーによっては他の付き合ってる相手について知りたがったりポリアモリーな関係が描かれる。
しかし、パートナーによっては逆に主人公がモノガミーな規範にこだわったりするところも多く不安になる。パートナーとの合意の上で、この並行的な恋愛はきちんと行われているのだろうか?
メインの恋愛の中で踏まれるべき手続きが疎かにされるのは残念なポイントだ。さらにいえば武器を使う/使われるという関係は、魅力的な設定ではあるけど危ないところもある。主人公がまだ未熟で弱い存在とすることで、その権力関係が軽減されているが、もう少しこの関係についての物語が欲しかった。
ただそこまで深入りした物語を描かず、あくまでファンタジーの実現に努めるという姿勢が『Boyfriend Dungeon』の『Boyfriend Dungeon』たる所以なのかもしれない。
本作は今まで自分たちのロマンティックなファンタジーを実現するゲームを、プレイすることの出来なかった人たちのファンタジーを受け入れようとする、良くも悪くもカジュアルなゲームなのだ。
ヴェローナ・ビーチでの一夏を終えて、現実に帰る時、いったい何を持ち帰り何を考え何を思うのか、それは私達に託されている。
これからプレイする人向けのポイント解説
・Switch、PS4/PS5、Xbox、PCで配信中!
・ゲーム難易度は設定から変更可能。難しいと思ったら変えてみて。
・ダンジョン内のゴミ箱などは破壊可能なものもあるので積極的に壊していくと攻略が楽に。
・敵がドロップする素材を集めるとプレゼントを作れる。適切な相手に渡すと親密度が上がる。