夏休み、おつかれさまです。「夏休み」と聞くと、自分の中の子どもの部分が反応して、反射的に「いえーい!」と思ってしまいますが、夏休みの親って全然休みじゃないですよね。毎年この季節になると、納得のいかぬ気持ちで、子どもの宿題の進捗などを見ては、ため息をついています。
かつてのわたしの悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する、世界最小のお悩み相談室。今月は、ややアンニュイ気味にスタートです。
相談
「近頃とんと体力も気力もなく、プールにも、公園にも、テーマパークにも、子どもを連れていけません。家の中でできて子どもが喜ぶ、手軽な遊びがあれば知りたいです」(38歳のそろこ)
処方
『ピッツァぼうや』(ウィリアム・スタイグ 作 木坂涼 訳 らんか社)

『ピッツァぼうや』(ウィリアム・スタイグ 作 木坂涼 訳 らんか社)
35歳を過ぎたら、ご自愛至上主義
38歳のそろこから、完全同意のお悩みきました。わたしも近頃、とんと体力ありません。35を過ぎたらご自愛ファーストが大人の嗜み。不機嫌をびちびちと撒き散らさない良中年になるためにも、疲れている時は動かない。たとえ周囲のファミリーが、どれだけきらきら輝いていようとも、「よそはよそ、うちはうち」をスローガンに掲げ、家で地味に過ごすのが正解です。
今回、38歳のそろこに処方する1冊は、『ピッツアぼうや』(ウィリアム・スタイグ作 木坂涼訳 らんか社)です。
作者のウィリアム・スタイグは、ニューヨークのブルックリンに4人兄弟の3男坊として生まれます。両親は、オーストリアからアメリカに移住したポーランド系ユダヤ人。両親は「息子たちを、搾取される労働者にも、搾取するビジネスマンにもしたくない」という考えのもと、子どもたちを幼い頃からアートに親しませて育てます。
その結果、長男はジャーナリスト兼画家、次男は音楽家兼画家、弟は作家兼詩人に。そして、ウィリアム・スタイグは、1600作(!)以上の漫画を発表して、”King of Cartoons” の名を欲しいままにし、気鋭のイラストレーターとして「ニューヨーカー」や「ヴァニティ・フェア」の表紙を描き、彫刻作品も発表。60代になってからは、児童文学作家として、世界中の子どもたちを楽しませる、とびきりゆかいな名作絵本の数々を発表しました。

漫画王ウィリアム・スタイグの力の抜けた洒脱な線
スタイグの肝っ玉母さん話
ここでひとつ、わたしが好きなスタイグのお母さんのエピソードを。
ウィリアム・スタイグが23歳の時、ニューヨーカー誌に作品を持ち込みます。編集者は漫画を気に入り、原稿の購入を検討しますが、その際に提案した条件が「絵を別の漫画家が描きなおす」ことでした。
たとえ原案だけでも名前がニューヨーカーに載れば、アーティストしての未来がひらける。若いウィリアムは母親に相談します。すると、お母さんは「断りなさい」と即答。ちなみに当時、大恐慌のあおりで父親は失業、ウィリアムがイラストの仕事で一家を支える稼ぎ手でした。にもかかわらずの、この突っぱね。息子の才能を信じ、誇りを持っているからこその母の断言。痺れます。結果、ニューヨーカー誌は、ウィリアム・スタイグの絵のままでその作品を購入し、以降、彼の才能は大きく開花し、人々を魅了する作品を次々と生み出すことになるのです。お母さん、ブラボー!
子どもを生地にして、ピザづくり
さてさて、ようやく本題です。38歳のそろこが室内で手軽にできる、ゆるい遊び。それは、ずばり「子どもを生地にしたピザづくり」。そのお手本になる絵本が、『ピッツァぼうや』です。
たいくつでごきげんななめのピートを見て、ある日、お父さんが、「そうだ、ピートでピッツァをつくったら たのしくなるかもしれないぞ」と思いつきます。ピートをこねて、まわして、小麦粉をかけ、オリーブオイルをかけ、サラミをぱらり、チーズもたっぷり。本をめくって読み聞かせながら、同じことを目の前の子どもにもやってあげましょう。

すました顔で、サラミをかけられているけれど……

すぐに笑い出しちゃう陽気なピザ
世界中の子どもに共通する真実だと思うのですが、なぜが子どもは「自分が調理されるのが、ものすごく好き」。
ピザ生地としてこねられている時の、満足気な表情。サラミ(わが家はトランプで代用)を景気良くばらまく時の、きゃらきゃらという笑い声。チーズ(タオルで代用)を盛りまくる時の、常軌を逸したはしゃぎっぷり。わたしも息子に「ぼくをピザにして」と何度もねだられながら、「この子、ピザになるのが本当に好きなんだな」と感心したのを覚えています。
笑い声を録音しておき、いつの日にか……
最後「それでは ピッツァを切ることにしよう」を聞いた時の、興奮ではちきれそうなちびっこピザの笑い顔は絶品なので、切り分ける時は勢いよくまいりましょう。この時にたてる笑い声がまた最高。毎回「この声、録音したい!」と思うのですが、気力がなくてできていません。声変わりする前にいつか録音し、子どもが反抗期になって暴言を吐いた時などに、出し抜けにこの笑い声を再生したい。そして、「かわいいまんまるピザだった頃を思い出せ!」と叫び、ドアをばーん!と閉める。というのを、わたしはいつの日かやりたいです。
遊んだ後の夕飯は宅配ピザ
ピザごっこをした日の夕飯は宅配ピザ推奨です。
「サラダくらいはさっと作って」とかそういうのは無し。何も考えずにピザやらコーラやらを即注文、洗い物ゼロを目指します。食べ終わったら、一式をがさっとゴミ袋に放り込み、ぎゅっとしばって「ごちそうさま!」が正解です。

ピザはいつだって、気力のない親の頼れる味方
意外とこういう1日が、子どもの記憶に残ったりするものです。
大人になった子どもたちが、ある日ピザを頬張った瞬間に、「あーわたし、昔よくピザになってたな」と思い出したりしてくれたら、それはもう、親冥利に尽きるってものです。
Illustration Stuart Ayre
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre