この場所じゃないかも……と思った時に読む絵本『おおきな おおきな おいも』

文=ひとりがわそろこ
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 陽気な8月ご一行様が、がやがやと去っていき、街は通常モード。まもなく、ぴりっと肌寒い本格的な秋がはじまります。わたしは寒い季節が好きなので、体調は絶好調。かつてのわたしのお悩みに、現在のわたしが1冊の絵本を処方する当相談室も、今月はほほえみを浮かべつつのスタートです。

相談

「来年30歳になってしまいます。近頃、漠然と将来が不安です。今の職場でこのまま年をとっていってはいけないような気がしますが、転職に踏み出す勇気がでません」(29歳のそろこ)

処方

おおきな おおきな おいも』(市村久子 原案 赤羽末吉 作・絵 福音館書店)

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『おおきな おおきな おいも』(市村久子 原案 赤羽末吉 作・絵 福音館書店)

漠然とした不安は、あなたの味方

 29歳のそろこ、わたしに相談してくれてありがとう。

 漠然とした不安、嫌ですね。なくなってほしいですね。でも、正直に申し上げまして、「不安」は生きる上での大切なシグナル。敵ではなく味方です。

 『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』という物語の中に、ファイバーといううさぎが出てきます。ファイバーは、からだが小さく、神経質なうさぎ。危険を予知する能力を持っていますが、群れの中では軽んじられています。ある日、ファイバーは自分たちの住む巣穴に危険が迫っていることを予知し、仲間を説得して巣穴を脱出、偉大な冒険のきっかけを作ります。残念なことに、ファイバーの予知を信じなかったうさぎもたくさんいました。予知が現実になるなんて確証は、どこにもありませんでしたから。

 29歳のそろこが今感じている、漠然とした不安。打ち消しても打ち消しても繰り返し湧きあがる「このままではだめ」という心の声。それは、ファイバーが感じ続けた、予知のイメージと一緒なのかもしれません。この手のしつこい不安には意味がある。向き合う価値があるのです。

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40年以上一緒にいる、わたしの本棚の守り神。

 とはいえ、住みなれた安住の地を手放して、未開の地へ踏みだすのは、めちゃくちゃにこわいじゃない? わたしも極度のこわがりだから、その恐怖感はよくわかる。だからこそ、29歳のそろこには、『おおきなおおきなおいも』(赤羽末吉作・絵 福音館書店)が必要なのです。

 未知への恐怖にこわばる心をほどき、新しい世界にぽーんと踏み出す勇気をくれる本。それが「おいも」です。

巨大なおいもに、ぞくぞく、わくわく

 楽しみにしていたいもほり遠足が雨で延期になった、あおぞらようちえんの子どもたち。最初は「つまんない」とむくれますが、そのうち、「おいもはね 1つ ねると むくっと おおきくなって 2つ ねると むくっむくっと おおきくなって」と、土の中でむくむく育つおいもを想像して盛り上がり、みんなでおいもの絵を描きはじめます。

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躍動感あふれる、おいも画の制作風景。

「ごしごし しゅっしゅっ ぴちゃぴちゃ しゃっしゃっ」
「もっと かみ」
「えっさか ほっさか」

 そうして、子どもたちが一心不乱に描きあげたおいも。これがもう、想像をぶっちぎりで超えてくる異様な大きさなのです。 

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このページが何ページも続きます。いつ読んでも大興奮。

 ページをめくってもめくっても、おいもの絵は全然終わりません。ページをめくるごとに「でかい。でかすぎる。このおいも、どれだけ大きいの?」と、好奇心がふくらみ、心がぞくぞく、わくわくで満たされていきます。

自由自在に伸び縮みする子どもたち

 この本のもうひとつの魅力が、自由自在に伸び縮みする子どもたち。紙の上に寝そべって一心不乱においもを描いていた子どもたちが、次のページでは突然豆のように小さくなってタッタカ走り、「おいも」の巨大さを引き立てます。物語の後半、おいもをたくさん食べ、おいもガスでおなかがふくらんだ子どもたちは空に浮かび、上空から日本列島を眺めます。そのサイズは明らかに巨大。ページによって子どもの縮尺は清々しいほどにばらばらで、そこが最高。最高なのです!

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心が無条件に浮き立つ絵が、これでもかと登場します。

 赤羽末吉の朗らかな筆さばきが表現するのは、整合性や常識を軽やかになぎ倒す、想像力の豊かさ・自由闊達さ。パース?  サイズ感? 統一ルール? そんなの、ぴちぴち元気な想像力の前ではどうでもいい。そう、世界はゴムのように自由自在に伸び縮みするんだった。いけないいけない、忘れかけてた。

 こんな具合に、頭の凝りがとれてくると、自分に本来備わっている自由な発想や好奇心が、ポップコーンのようにぽんぽんと弾けだし、「失敗上等でやってみよう。何にもないよりは、何かあった方が断然いい」と、心がそよぎはじめます。そして、人の心が自由にそよいだ時には、たいていいいことが起きるものです。

 幼い頃、当たり前に持っていた「わたし、なんでもできちゃうんだから」というパワフルな自信が、29歳のそろこの中に再び帰ってくる。それが動力になり、今いる場所に固定されていた足が、新しい世界へ向けて動き出す。これが、「おいも」の魔法です。

独学で絵を学び、50歳で絵本作家になった赤羽末吉

 最後に少しだけ、作者の赤羽末吉のことを。

 日本画家、絵本作家として、確固たる地位を築いた赤羽ですが、大学で専門的に絵を学んだ経験はなく、独学で技術を積み上げました。日本人として、国際アンデルセン賞をはじめて受賞し、『スーホの白い馬』など、日本の絵本史に残る名作の数々を描いた赤羽末吉が絵本作家としてデビューしたのは、なんと50歳の時。

 このことを頭に入れて、もう一度、『おおきな おおきな おいも』の、のびのびとした線を見てみると、「動けば何かしらいいことがある。だからやってごらんなさい」。そんな風に言われているような気持ちになります。

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不思議となんでもできそうな気持ちになる絵。

 『おおきな おおきな おいも』には、堅苦しく縛りつけるものがなんにもない。想像力がむくむくと無限大に拡張していく感じが、必ずそろこに活力を与えてくれます。

 さつまいもが、こっくり甘くなる季節。20代最後の秋は、おいもを食べて、おいもを読んで、思いきって新しい扉をひらいてみる。そんなのも悪くないんじゃないかなと、わたしは思います。がんばってね。

連載「ひとりがわそろこ絵本相談室」一覧ページ

Illustration Stuart Ayre 
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。 
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre

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