黒人マーメイド拒絶の理由~実写版『リトル・マーメイド』

文=堂本かおる
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ハリー・ベイリー(twitterより)

 黒人マーメイドを巡って3年振り2度目の大論争が起きている。ディズニーが9月初頭に公開した実写版『リトル・マーメイド』の予告編が発端だ。主役アリエルを演じるのがアフリカン・アメリカンのR&Bシンガー、ハリー・ベイリーであることを、どうしても受け入れられない人たちがいるのだ。

 この予告編を黒人の母親たちが我が子に見せ、そのリアクションを録画してSNSに続々とアップした。「黒人のマーメイド!」「私みたい!」…… 幼児からティーンエイジャーに至るまで、子供たちの驚き、歓喜、感動に満ちた表情は見る者の涙腺を崩壊させた。黒人の子供たちは「私と同じ肌の色」の人魚をこれほどまでに待ち焦がれていたのかと、改めて思い知らされたからだ。

 だが、すぐに「アリエルは白人だ」「オリジナルを改変するな」「原作はヨーロッパだ」などという反論が巻き起こった。同じ現象は3年前にディズニーがハリー・ベイリー抜擢の発表をおこなった際にも起こっており、ひどい人種差別コメントが飛び交った。ただし、その直後に世界中がコロナ禍に見舞われて映画の制作は延期。ようやく来年5月の公開が決定して予告編が公開されたのだった。

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黒人マーメイド拒絶の理由~実写版『リトル・マーメイド』の画像1
黒人マーメイド拒絶の理由~実写版『リトル・マーメイド』の画像2 ウェジー 2019.07.11

 上記は3年前に起こった炎上の、アメリカでの事象について書いたものだ。前回はファンによる黒人マーメイドのイラストが出回っただけだったが、今回はハリー・ベイリーがアリエルの姿で登場する予告編が公開された。今、日本でも激しい論争となっているのはそれが理由と思われる。黒人の人魚を実際に目の当たりにしてしまったショックによる反応だ。

 以下、黒人版『リトル・マーメイド』を巡る日米の人種差別のあり方の違いを書く。

リプレゼンテーション・マターズ

 黒人アリエル反対派が挙げる主張はいくつかあるが、一見、納得できそうに思えるのが「私の子供時代の思い出を壊さないで」だ。3年前の記事にも書いたように、個人の思い出は誰にとっても最も侵されたくない領域と言える。日本人が主人公の小説が日本人俳優によって実写化された場合であっても、俳優と自分が小説から得ていたイメージが異なれば違和感が生じる。今回のように白人から黒人へと人種が変わってしまえば、さらに大きな違和感を抱く人も出てくる。

 では、そうした白人や日本人のファンと同じようにオリジナル版の白人アリエルを見て育った黒人の子供たちはなぜ違和感を抱くどころか、目を輝かせたのだろうか。

 映像がSNSに挙げられている女の子のうちの1人は、予告編を見ながら母親とこんな会話を交わしている。

少女「ママ、あれ、マーメイド?」
母親「どんなマーメイドだと思う?」
少女「わからない」
母親「あなたが一番好きなマーメイドは誰?」
女の子「アリエル。これはどんなマーメイドなの?」
(アリエルの顔が写る)
母親「新しいアリエルよ」
少女「本当!? 本物のアリエルなの?」
(驚きと喜びの入り混じった笑顔となる)

 別の女の子はソファーに寝転んで予告編を見ていたが、途中で起き上がり、「はっ」と息をのんで胸に手を当て、「彼女はブラウンだと思う」とつぶやく。まだうまく発音できずに「マーメイヨォ」と言い、最後に満面の笑顔で「茶色いアリエルかわいい」と言う。

 タブレットで見ていた別の女の子は、「私みたい!」と表情を輝かせる。

 どの子もまだ幼児でありながら無意識下に自分と同じ外観のマーメイドを渇望していたのだとわかる。黒人マーメイドの人形やTシャツは売られていても、繰り返し見続けてきた「動くアリエル」は別格なのだ。こうした幼い子供たちと違い、アメリカ社会の人種差別をすでに身をもって知っている10代の少女は「私、泣いている」と言いながら涙を拭っていた。

 自分と同じ属性のロールモデルを望むのは人の自然な心理だ。だからこそ「リプレゼンテーション・マターズ(描写が重要)」と言われる。マジョリティ属性のプリンセスやスーパーヒーローのみを与えられ、それをアイドルとしなければならないマイノリティの子供たちは、優れているのは常にマジョリティであり、そこに属さない自分は優れていない、醜いのだと刷り込まれてしまう。子供の自尊心を育むためには「私と同じ」ロールモデルが必要なのだ。同じ現象は性的少数者や障害を持つ子供にも起こり得る。

原作原理主義

 黒人アリエル反対派の別の意見は、いわゆる “原作原理主義” による。「原作と違う」「伝説の出所と違う」「科学的にみておかしい」と、理詰めで黒人アリエルの存在を否定する。

 黒人版『リトル・マーメイド』炎上のつい1週間ほど前にはアマゾン・プライム『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』に黒人のエルフが登場したことで日本のSNSも炎上した。ここでもやはり「原作と異なる」「舞台の設定はXX地域/〇〇時代なので黒人はいないはずだ」などの意見が飛び交い、それに対抗して原作小説のさらなる細部や作家の意向などに基づいて反論する向きがあった。

 細部にこだわって書かれた緻密な作品ほどファンが再現性にこだわるのは当然と言えるが、どんな作品であれ映像化に際して原作に100%忠実な再現はあり得ないのではないだろうか。

 また、数百年~数千年前から語り継がれている神話や伝説の正確な発生元を辿るのもかなり困難かと思われる。「人魚伝説は欧州のものだ」とする声があるが、アフリカにも古くから伝わる半魚人の姿をした水の精「マミ・ワタ」があり、奴隷としてアフリカから連れ出された黒人たちがカリブ海諸島や南米に伝えたとされている。

 人間は太古の昔から水と共に暮らしており、海・湖・川に棲む半魚人の姿をした神・妖精・妖怪の伝説は欧州やアフリカに限らず、世界各地にあるのではないだろうか。日本にも河童があり、コロナ禍にアマビエも人気を得た。また、アフリカの伝説と欧州の伝説がどこかで交差した可能性はないだろうか。

 そもそもディズニーのオリジナル版『リトル・マーメイド』はアンデルセンの童話『人魚姫』を基にしているが、舞台は欧州の海からカリブ海に変えられている。喋るカニやヒラメなど、原作には登場しないキャラクターも多数加えられている。この時点ですでに書き換えが行われているのである。

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