【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』

文=ひとりがわそろこ
【この記事のキーワード】

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像1

 空気がきりりと澄んだ、ある秋の日。わたしは掃除を終えた小部屋を眺め、電気のブレーカーをばちんと落としました。小部屋の鍵を封筒に入れて、ポストへ投函。最後に、おもてに貼ってあった「ひとりがわそろこ絵本相談室」の張り紙をぺりぺりとはがしました。

 かつてのわたしのお悩みに、現在のわたしが回答として1冊の絵本を処方する、世界でいちばん閉じた「ひとりがわそろこ絵本相談室」。その扉を閉める日が、ついにやってまいりました。お別れはいつだってちょっとさみしく、同時に晴れ晴れとした開放感がありますね。

 「みなさまの未来がこれからも、絵本と共に豊かなものでありますように。ごきげんよう」。にっこりほほえみ、手をふりながら雑踏に消えてゆこうとしたところで、わたしは突然気がつくわけです。

 「連載最終回分のお悩み相談、まだ終わってないし!」と。

 人生は計算ミスの連続。何度も確認したはずなのに、大事なところで数が足りない/多すぎる。それがわたしの運命です。そんなわけで、お悩みストックすっからかんの最終回は、今この瞬間(深夜1時)のわたしのリアルな悩みを加工なしで出して、現場回答。そうするより仕方がありませんね。

相談

「中年になれば、自然と余裕が出て落ちつくと思っていたのですが、むしろ焦りが募る一方です。その焦りとは、例えば人間が一生で味わえる感情のバラエティが、すべての人に「100」ぐらい与えられているとして、現時点でわたしが経験できているものは、わずか「6」くらいなんじゃないかという恐怖です。

 自意識に負けて踏み出さなかったこと、勉強をしてこなかったことが悔やまれます。40代になり、日々筋力も記憶力も衰えていく中で、時間だけが驚くべき速さで過ぎていき、呆然と立ちすくむばかり。わたしはどうしたらいいのでしょうか?」(44歳のそろこ)

処方

ねむたいひとたち』(M.B. ゴフスタイン/作 谷川俊太郎/訳 あすなろ書房)

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像2

ねむたいひとたち』(M.B. ゴフスタイン/作 谷川俊太郎/訳 あすなろ書房)

典型的なミッドライフ・クライシス

 文面を読むかぎり、あなたは今、典型的なミッドライフ・クライシスです。中年が迎える第二の思春期、昨今では思秋期とも言うそうです(うまいこと言うな)。

 焦っているのはあなただけでなく、あそこの中年も、むこうの中年も、となりの中年も、うしろの中年も、一皮むけば、ほとんど全員、心のどこかで何かに焦っています(わたし調べ)。中年児検診があったなら「ふんふん、ミッドライフ・クライシスになりましたか。順調ですね」と、お医者さんに微笑みかけられそうなくらいです。

 往々にして、この時期の中年は、迷走や暴走をしがちなので(まあ、それも悪くないけど)、44歳のそろこには、とりあえずの頓服として『ねむたいひとたち』を処方しておきます。

効果ばつぐんの小さなお守り

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像3

ちいさなティースプーンサイズなのに、効果絶大

 表紙からして、気持ちがとろんと一気に安らぐこの小さな絵本は、中年のお守りとして、すぐに手が届く場所に置いておきましょう。バッグや上着のポケットに入れ、常に持ち歩くのもおすすめです。 

 中年発作(わたしはこんな風に中途半端で消化不良のまま、一生を終えてよいのだろうか? だめだ。だめに決まってる!的なあれ)に襲われた時は、『ねむたいひとたち』を手にとり、表紙のねむたがり家族を、しばらくの間じっと眺めましょう。そっと耳をそばだてて、彼らの「すーすーくーくー」という寝息に合わせ、あなたもゆったりと呼吸します。ここでパニックを鎮火させ、落ちついた心で、もう一度自分を客観視してみます。

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像4

この表情をみているだけで……

 「あ、いまわたし、クライシスきてるな」と自覚するだけでも、かなりの迷走が抑えられます。若い頃に比べて、日々確実に注意力散漫になっていくわたしたちですから、焦りや思いこみにブレーキをかけ、気持ちをゆるめてくれるアイテムを暮らしの中に散りばめておくことは、中年のたしなみです。

まずは寝る。話はそれから

 ねむたいひとたちは
 ねむれるばしょさえあれば
 どこでもいいのです

 世界一クールな一文ではじまる『ねむたいひとたち』は、悩める中年必携の書。ページのあちこちで眠りこけているねむたいひとたちの実力は圧倒的で、44歳のそろこのわけのわからない焦燥やパニックを、またたく間にねむけの力で吸いとってくれます。

 ねむたいひとたちの、ゆるみきったねむたい顔をみていると、ほどなくあなたも、とっぷり、とろりんと眠たくなってきて……そして……寝ちゃう。間違っても、眠気を払おうなんて思ってはいけません。なぜなら、中年の諸症状を解消する万能薬こそが「睡眠」なのですから。

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像5

うつらうつらとしながら、ぶらついて

【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』の画像6

そしてねむる

 心がざわつく日には、だまされたと思って、『ねむたいひとたち』を開き、ねむたがりのひとたち力を借りて眠るといい。中年の目が回るような忙しさは、わたしも重々承知していますが、その上でまずは睡眠。話はそのあと。「さぼってる場合じゃない」「仕事をまかなきゃ」「いま、寝るわけには……」そういう心の声を、とろんとした目で、たのもしく蹴散らしてくれるのが、ねむたがりのひとたちです。

 早々に仕事をきりあげ、思いきって夜の8時には寝てしまう。こうした行動がもたらすものは、中年の安定と幸福です。そして、たっぷり熟睡した朝には、不思議と物事がうまくいく。「たいていのことは睡眠が解決してくれる」。ゴフスタインが描くねむたがりのひとたちの満ち足りた表情は、それを証明しているのです。

 ということで、最終回。今までそろこの悩みにおつきあい下さったみなさん、心よりありがとうございました。それではおやすみなさい。

連載「ひとりがわそろこ絵本相談室」一覧ページ

Illustration Stuart Ayre 
画家/翻訳家 英国オックスフォード大学で美術学士を修了後、来日。イラストレ ーションと翻訳の仕事を手がける。京都在住。 
WEB: https://www.stuart-ayre. com
Twitter: @stuartayre

「【最終回】中年をこじらせた時に読む絵本『ねむたいひとたち』」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。