トランスジェンダー男性同士の交流を描く『Peyton’s Post-Op Visits』をやってみた

文=近藤銀河
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 ショーン・フェイ著、高井ゆと里訳による『トランスジェンダー問題』(明石書店)は、トランスジェンダーの生を置き去りにした、一方的に当事者たちを問題視するような”トランスジェンダー問題”の提起の仕方が、トランスの人々が日々の中で抱える様々な問題を無視していることを指摘する。

 それは同時に、トランスジェンダーの当たり前の日常というものが無視され、極端に抽象的だったり劇的なものとして受け止められてしまっていることを意味する。

 なかでもトランスジェンダー男性に関する物事は表現の中でも置き去りにされやすい。その日常だったり交流であったりは、なかなか作品にならないという声が多くあった。

 今回紹介するノベルゲーム『ペイトンの術後訪問記(Peyton’s Post-Op Visits) 』はそんなトランスジェンダー男性同士の交流と、胸の性別適合手術後の日常を描く作品だ。

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『ペイトンの術後訪問記』とインディーズゲーム

 ごく少人数で作られるインディーズゲームと呼ばれるゲーム群では、個人的な経験が強くゲームに反映されることが多く、マイノリティの生の経験を描く作品がたくさんある。『ペイトンの術後訪問記』もそうしたゲームの一つだ。ゲームの紹介に入る前に少しこのインディーズゲームシーンについて触れておきたい。

 インディーズゲームの中でも比較的大規模だったり注目度が高いゲームは、XboxやPlay Station、Nintendo Switchのような家庭用ゲーム機で発売されたり、もう少しマニアックなものはSteamと呼ばれる大手PCゲーム販売プラットフォームでも売られたりする。フェミニズムやセクシュアルマイノリティについて表現されたゲームが最も多いのは、こういったインディーズゲームの中かもしれない。

 ただ、大手のプラットフォームを通して一般向けに広く販売されるようなゲームはインディーズゲームの一部でしかない。ボリュームも開発人員も開発期間も、もっと小さなゲームはたくさんあって、その中では本当に色々な幅広い表現が行われている。

 そういう小さいインディーズゲームを楽しめるプラットフォームがitch.ioというWebサイトだ。ゲームを無料でアップロードしてページを作ることができるプラットフォームで、私も昔、自作のゲームをアップロードしたことがある。

 『ペイトンの術後訪問記』がダウンロードできるのも、このitch.ioからだ。本作に限らず、itch.ioではたくさんのセクシュアルマイノリティについてのゲームを見つけることができる。たとえば「LGBT」というタグで検索をかけると、3000件を超えるゲームが出てくる。前述のSteamでは同じように検索すると1200件ほどになっている。

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(記事の末尾にitch.ioの使い方説明を掲載しているので、ダウンロードする際は参照してほしい)

男同士のケアと語り合いの物語

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 『ペイトンの術後訪問記』は、トランスジェンダー男性の主人公ペイトンと、いわゆる胸オペと呼ばれる乳房の切除手術を行なったトランスジェンダー男性・マーカスの二人の物語だ。

 主人公のペイトンは、大学時代のルームメイトであるマーカスによる「今夜胸オペ。成功を祈っといて。」というSNSでの投稿を見て、マーカスが手術を受けることとトランス男性であることを知ったところからゲームは始まる。

 投稿を見たペイトンは、マーカスに久々に連絡を取り家を訪れる。ゲームはこの2人の交流をノベルゲームとして描いていく。全体のボリュームは3-40分ほどで、それほど長くはない。ただ時々挟まれる選択肢や、ちょっとした一枚絵の数々、そしてトランスジェンダー男性同士の交流を丹念に描くシナリオによってゲームは高い完成度を持っていて、一本の映画を見たような感覚がある。

 ゲームが描いていくのは2人のトランスジェンダー男性の交流とケアの時間だ。久々の出会いを遂げた2人は、術後の体調不良や体のケアを気にかけながら、過去のことや、これからのことを語り合ったりする。

 2人の会話では時折、選択肢が入る。大きく話の流れが変わる訳ではないけど、家を訪ねる時の差し入れが変わったり、プレイヤーの選択でちょっとした違いが話に生まれていく。

 序盤の選択肢で印象的だったのは、ペイトンがマーカスに手術のことについて聞いてみようとする場面。ここでは、三つの選択肢が提示されるけど、そのうち二つが躊躇いながら手術のことを聞こうとするもので、残りの一つが聞くのを遠慮するものになっている。

 ペイトンの心情と相手への遠慮と気遣いを、プレイヤーの手にゆだねる選択肢という形で示すこの場面は、本作がトランスジェンダーの生をゲームという形式で丁寧に描くこのゲームを象徴する、とても優れた場面だ。

 トランスジェンダーにとって、トランスの医療に関する情報を手に入れることは必要なことでありながら、同時に情報へのアクセスが難しい現状がある。身近に居心地のいいコミュニティがあることは稀だし、インターネット上の情報を探す時には差別的な言葉に触れるリスクがある。

 だから、気が許せる自分と同じ課題を抱える人との会話は、とても貴重な機会にもなる。だけど、相手も同じ傷を抱えていることがわかるから、ちょっと踏み込みにくい。このゲームの会話では、そんなトランスジェンダーの現実の生活がしっかりと描かれている。

 こういうトランスジェンダー同士の交流の貴重さも、ゲームは同時に描いていく。ペイトンとマーカスはルームメイトだったけど、マーカスは当時カムアウトをしていなかったから、ペイトンと今までそういう会話をしてこなかった、という背景も、その一環かもしれない。

 またペイトンとマーカスはそれぞれ疎外感を感じていて、それは二人のこの関係が貴重なものであることを強調する。

 ペイトンは髪を切らず昔の服を捨てないことから「本物」ではないと疑いをかけられる。マーカスはカミングアウトの時にクィアな人々からも指示を受けてうんざりしたことを明かす。

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