
トランプ前米大統領 次期大統領選への立候補表明 写真:AP/アフロ
11月8日の中間選挙の結果がほぼ出揃った。上院は民主党が多数派を維持し、下院は共和党が多数派となった。この結果を受けて2024年の大統領選が早くも始まっている。共和党からは元大統領で前回の大統領選での敗北を今も認めていないドナルド・トランプが出馬表明を行った。他にも複数の候補者が出馬に意欲的な言動を見せている。
民主党はバイデン大統領が続投の気配を見せているが、実際に再立候補するのか、一期で退いて若手に座を譲るのか、今はまだ不明だ。
いずれにせよ、アメリカの政局は非常に不安定だ。
昨年1月6日に米国議事堂で起こったトランプ支持者によるクーデター未遂事件では複数の死者が出た。
米国議会議事堂の暴動〜トランプ弾劾と、バイデン就任式までのカウントダウン
1月6日に米国議会議事堂で起きた騒乱は、クーデター未遂事件だ。現大統領トランプの敗北を認めない支持者が、米国議会による次期大統領ジョー・バイデンの最終…
さらに今年10月6日にはナンシー・ペロシ下院議長(民主党)の自宅が一人の男に襲撃された。不在だった議長に代わって82歳の議長の夫がハンマーで頭を殴られ、頭蓋骨陥没の重傷を負った。
トランプ政権下のコロナ禍の時期には厳しいコロナ抑制策を続けるミシガン州知事(民主党)の自宅に大型銃を抱えて押し寄せたグループがあり、さらには知事の誘拐を目論んだ者たちが逮捕される事件もあった。
また、銃の擁護派である共和党の政治家の中にはマージョリー・テイラー・グリーンを筆頭に銃を抱え、または大型銃を撃ち放つ瞬間を選挙CMに使う者が増えた。このように米国の政局は、いとも簡単に銃や暴力とリンクするようになってしまっている。
その背後では州もしくは州内を細かく分割した行政地区や学区単位で「歴史修正」が進んでいる。トランプが煽り続けた人種差別、LGBTQ差別、移民差別を米国内各地の保守派が「ゴーサイン」と受け取り、ローカル単位で教育内容に組み込み、実践しているのだ。
教科書の改定、絵本の禁書

『Hidden Figures: The True Story of Four Black Women and the Space Race 』by Margot Lee Shetterly (Author), Laura Freeman (Illustrator)
ヴァージニア州では知事のグレン・ヤングキンが教科書から連邦の祝日である「キング牧師デイ」の表記を削除し、かつ新たに連邦の祝日となった「奴隷解放記念日(ジューンティーンス)」の記載を避けようとしている。ヴァージニアは南部にあり、奴隷制のあった州だ。
ペンシルベニア州のある学区は、子供の読書の多様性を支援する団体からの児童書の寄付を拒否した。寄付されるはずだった本のリストには、映画化もされたNASAの黒人女性科学者たちの伝記『Hidden Figures』(邦題:ドリーム)、黒人の少女の髪の手入れを通して父子の絆を描き、アカデミー賞短編アニメ賞を受賞した『Hair Love』の絵本版や、日本では11月26日に邦訳版が出るユダヤ系女性最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグの伝記絵本『I Dissent』(邦題:わたしは反対!)、アジア系の目の形を祖国の歴史と共にプライドとして語る『Eyes that Kiss in the Corners』、メキシコからの移民の物語『Dreamers』などが含まれている。

『I Dissent: Ruth Bader Ginsburg Makes Her Mark』by Debbie Levy (Author), Elizabeth Baddeley (Illustrator)

『Eyes That Kiss in the Corners』by Joanna Ho (Author), Dung Ho (Illustrator)
また、サウスカロライナ州では、州で4番目に大きな学区の教育学区長が突如、解任された。同学区の役員会のメンバーが改選されて保守派が多数となり、すぐさま学区長解任の可否を問う投票が行われた。投票の結果、解任賛成多数で、学区長本人にも解任の理由は告げられないまま、すでに内定していた後任が新たな学区長となったのだった。解任された学区長は、同区初の黒人学区長だった。
同じ日の投票により、「学校でクリティカル・レイス・セオリー(CRT)を教えてはならない」ことも可決された。これにより、例えば今年、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事が米国史上初の黒人女性最高裁判事となったが、なぜこれまで最高裁に黒人女性判事が存在しなかったのか、その歴史背景を教師が生徒に語ることができなくなった。
全米各地で行われている児童書の禁書も「CRT禁止」が理由だ。保守派は「奴隷制の歴史などを教えると白人の子供に罪悪感を抱かせる」「人種間の分断を招く」と主張し、学校や図書館から人種民族マイノリティやLGBTQ関連の児童書を排除している。中には「CRTはマルクス主義だ」「CRTは人種差別だ」とすら言う保護者までいる。
これらはCRTの本来の意味を理解せず、曲解したものだ。CRTは米国の人種問題に関する学説/理論であり、同理論の第一人者であるキンバリー・クレンショウ教授によると、1960年代に人種の平等を保障する公民権法が制定されたものの、法の網の目をくぐった制度的差別は根強く残り、マイノリティ、わけても黒人は住宅や医療など様々な面で大きな不利を被り、警察暴力もある。つまり法は必ずしも弱者の側になく、だからこそマイノリティが自らの物語を語り継がなければならないという理論だ。
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