今回扱うゲーム『Marvel’s Spider-Man:Miles Morales』は『Marvel’s Spider-Man』のスピンオフ作品だ。タイトル通り、スパイダーマンである少年マイルズ・モラレスとなって、リアルに再現された冬のニューヨークの街を飛び回りながら、敵と戦っていく超大作な感じのゲームとなっている。
スピンオフ作品ではあるけど、単独でも十分楽しめる作りになっていて、そのあたりはアメコミ映画っぽいかもしれない(MCUとは特に繋がりはない)。
主人公のマイルズという少年は、アメコミでも登場している黒人のスパイダーマンだ。映画『スパイダーマン:スパイダーバース』でも主役の一人として登場していた。
本作では、彼はニューヨークのハーレム地区に住んでいて、ホームレス支援に関わるなど、地域に密着したキャラクターとして描かれる。それに合わせて、ゲーム内でもこの地元に何度も訪れることになるし、マイルズとして、あるいはスパイダーマンとして、地域活動に参加することにもなる。
舞台となっているハーレムは、ニューヨークの中でも黒人の歴史と深く関わる街だ。1960年代の公民権運動では、マルコムXらがハーレムを拠点に活動したことはよく知られている。いささかステレオタイプ的とはいえ、そうした歴史は作品のストーリーにも明らかに反映されている。
『Marvel’s Spider-Man:Miles Morales』が描くのは、人種的マイノリティが暮らす地域コミュニティを破壊しようとする大資本との戦いと、その戦い方の複数性の話だ。そしてそれは、Z世代の人種的マイノリティたちの物語でもある。
それぞれの抵抗の仕方と対立
ゲームの物語は、マイルズがスパイダーマンになって(いつものように蜘蛛に噛まれて)からしばらく後、初代スパイダーマンのピーター・パーカーと協力しながらNYCを守っていたところからスタートする。
最初のチュートリアルではマイルズとピーターの二人が活躍する様子が描かれ、スパイダーマン初心者でなにかと先走りがちなマイルズと共に、プレイヤーはスパイダーマンとしての戦いに慣れていく。
ところが、初代スパイダーマンのピーターが休暇をとることになり、マイルズはスパイダーマンとしてピーターからニューヨークの街を守ることを託される。こうしてマイルズは、たった一人のスパイダーマンとして、冬のニューヨークを守ることになる……というのが物語の出発点だ。
そしてスパイダーマンとしての活動の中でマイルズが直面するのは、犯罪や暴力や個人的なドラマといったものだけでなく、ある種の社会運動の難しさで、私が本作に惹かれたのはまさにこの点だった。
マイルズが暮らすハーレムの街では、新興テック企業の「ロクソン」が再開発を進めていて、独自に開発した新エネルギーを導入しようとしている。再開発の影響はゲーム内でも確認できて、巨大商業ビルが、住宅街が並ぶハーレムの街にそびえているのがマップの至るところから見える。さらにロクソンは極めて強力な銃火器で武装した独自の私的警備部隊を持ち、街を支配しようとしていた。
一方で、マイルズの母親リオ・モラレスはこの再開発が地域を破壊するものだと反対活動を行い、市議会議員に立候補をしようとしていた。作中ではリオの決起集会に参加する場面もある。地域の住人たちがフードキッチンや、チャリティなど様々なブースを出す中で選挙演説が行われる場面は、非常に作り込まれていてこのゲームが地域コミュニティの政治を大切にしていることをよく表していた。
ロクソンと対立するのは、リオだけではない。ニューヨーク中で破壊活動を繰り返す犯罪組織「アンダーグランド」と、そのリーダーであるティンカラーは、ロクソンの新エネルギーに反発しロクソンを狙ったテロ計画を進めていた。
新興テック企業にしろ、犯罪組織にしろ、一つ一つはよくある悪役だけど、それらが積み重なることで、文字通り深みのある一筋縄ではいかない物語背景が作られる。
ロクソンの活動が街にとって破壊的なものであるという地点で、破壊活動を行うアンダーグラウンドのティンカラーと、政治活動を行うリオの見解は一致する。けれど、ティンカラーたちから見ればリオの運動は生ぬるく、リオからすればティンカラーの活動は危険なものでもあるのだろう。
前述の選挙演説の中でリオはロクソンを批判するけど、目的が同じはずのアンダーグラウンドはリオの演説中に襲撃する。マイルズはスパイダーマンとしてリオを守ろうとするものの、リオは負傷してしまう。
ここには、社会運動の難しさが込められているのかもしれない。圧倒的な力で、既存の規範に従って蹂躙してくる存在に、立場の弱い側はどのように抗えるのだろうか。そこでは抗う道筋自体が消されていて、正当とされる方法で抵抗すること自体が難しくされてしまっている。その無力感をめぐる葛藤が、ティンカラー率いるアンダーグラウンドとリオ・モラレスの対比に込められているようだ。
同じマーベルのコミックスではX-MENが同じような葛藤を描いていて、どちらの作品も明らかに黒人運動におけるマルコムXとマーティン・ルーサー・キングの関係をベースにしてもいる。『Marvel’s Spider-Man:Miles Morales』がハーレムを舞台にするのも、そういう歴史への意識があってのことだろう。
敵の敵は味方、という言葉では片付けられない事象がそこにはあって、どちらにも共感しながらマイルズは「街を守る」というヒーローとしての課題を考えていくことになる。ただ後述するけれど、マイルズのこの「守る」という姿勢は、ある意味では保守的なものなのかもしれない。良くも悪くも本作の街は優しく理想的なもので、それがずっと続いていけばいいような社会として描かれている。ただそれは裏を返すと、マイルズが何かを変える必要性を問わないということでもある。
マイルズとティンカラーの対立は後半のゲーム展開と大きく関わるのだけど、そこには破壊することでしか道を見つけられない立場の人間と、それ以外の道を見出せる人間の、立場の違いも絡んでくる。