『今夜すきやきだよ』異なる状況の人と持ちつ持たれつでいるということ ぼちぼちテレビ日記

文=西森路代
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【2月11日(土)】異なる状況の人と持ちつ持たれつでいるということ

 『今夜すきやきだよ』(テレビ東京)は毎週楽しみにしているドラマだ。6話にはフリーランスのイラストレーターともこが、イラスト仕事を受けた後にギャラを下げられたことに対して、同居しているあいこが「搾取に憤る」シーンがあった。

 あいこの仕事は内装デザイナーで月17万の家に住める収入があり、正当に搾取に憤ることができるが、ともこは、この仕事を失ったら他の仕事の依頼があるという保証もない。いつもははっきり物事を言うタイプなのに、このことには怒れないのだ。

 こうしたやりとりの直前に、あいこが気分転換として、ともこに仕事が入ったお祝いで、8000円程度のイタリアンを食べに行かないかと誘うのだが、ともこはその8000円が簡単には出せない。

 イタリアンに誘った時点では、あいこは、ともこに仕事が入ってそのギャラの値段を下げられたことを知らない。だから、仕事が入ったということは8000円のイタリアンにも行ける余裕ができたと思ったのかもしれないが、慢性的にお金がない人にとって、少しギャラが入ったからと言って、それは次の生活費にまわさないといけないお金なのであり、余裕ができたわけではない。

 私個人としては、両方の状況を知る機会があったけれど、片方しか知らない人の場合、まったく悪気なくこういう提案をすることってあるのかもしれないと思いながら見ていた。

 このドラマが良いのは、世の中には状況の違う人がいると教えてくれることに加え、あいことともこは、お互いに持ちつ持たれつなのだと示してくれるところだ。

 それともう一つ。女性同士のシェアハウスでこのような事が起こるのは、女性同士のコミュニケーションが、イーブンであることを目指すような習慣があることに起因しているように感じる。逆に、男女間、それは恋人同士や婚姻関係であれば、収入差やどちらが経済的なことを担うのかが、知らず知らずに固定していた。つまり、性別役割分業が、金銭的な負担をどちらが担うのか、なんとなく刷り込まれてきたということだ。

 何度も何度もTwitterなどでは、女性が男性におごられることについての議論が出てくるが、もともとは性別役割分業や、男女はこうあるべきということが根底にあるのだ。もちろん、それは変わりつつあるだろう。

 あいことともこは高校時代の同級生であるから、なおさらイーブンであろうとしてしまうだろう。しかし状況によって「ここは私が、ここはあなたが」と、固定化した役割分業ではなく柔軟な役割分業ができれば、それもイーブンとなる。『今夜すきやきだよ』には、そんな関係性が描かれているし、それはどのような関係性においても必要なのかもしれない。

【2月12日(日)】俳優に必要な「センス」は、努力なのかもしれない

 『ボクらの時代』(フジテレビ)は間宮祥太郎、山田裕貴、岡山天音が出演。その中に出てきたセンスの話が面白かった。

 山田さんは学生時代に野球をやっていて、体格の差、力の差を見せつけられて、「センスなのかな、俺にはないな」と思ったが「でも、心にはセンスってないな。考えれば考えるほど、人のこと考えられるし」「俳優さんだったら、心をいっぱい考える職業だからそれをしよう!」と思って俳優を志したと言っていた。

 この場合の「センス」というのは、「体格」や運動神経みたいなものを指すのだろう。野球選手がときおり「センスがいい」と言われたり「すじがいい」と言われたりしているが、生まれ持って恵まれたフィジカルなものという意味合いが強い。

 対して、俳優になるときに必要なのは、先天的な体格のようなものではなく、自分で考えぬいて挑めば、正解もないぶん、限界もないというような意味合いだろう。すごく面白い話だなと思った。

 それで言うと、俳優のほうがセンスが必要な気がするが、俳優にセンスを感じるときは、野球や運動選手のような「体格」や「持って生まれたもの」の意味合いは少なくなる。どちらかというと、すっと自然に自分以外の誰かになれているようなものをセンスと考えているような気もする。

 この日の『ボクらの時代』を見ていると、その裏にも見えない努力(山田さんが言うところの考えぬくこと)があるのだとわかる。それはやっぱりセンスではなく「努力」なのかもしれない。

 以前、私はこのコラムで、芸人のセンスのことも書いたが、芸人の場合も「持って生まれた」ものを指すのではなく、「考えて考えて」生み出したもののことを言うような気がする。

【2月20日(月)】固定したジェンダー観から離れるとトガったネタになっていく

 『賞金奪い合いネタバトル ソウドリ〜SOUDORI -』(TBS)は、くりぃむしちゅーの有田哲平と平成ノブシコブシの徳井による、恒例のお笑い談義の回だった。ふたりは年末年始に観た若手お笑いの話をするが、特にヨネダ2000や人間横丁のことを「最近、女子多くないか? とがってるの」(有田)、「とがってるって言っても本人は思われたくないとは思いますけど、我々からしたらとがってる」(徳井)と言っていて、確かにそうかもしれないと思った。

 この「本人は思ってないかもだけど」という補足は絶妙である。実際に、女性芸人たち、特にヨネダ2000は、ランジャタイや真空ジェシカのように、ネタや番組のひな壇やロケでも、枠からはみ出した、想像もつかないようなことを繰り広げるコンビであるが、女性だからそれが珍しいというのは、色眼鏡で見ているように感じる。

 しかし、実際にそう感じるのは真実で、今までの女性コンビにはいなかったタイプなのである。しかも、たぶん有田も徳井も「女性なのに、それに抗っているからトガっている」と言っているわけではなく、「今まではいなかったけれど、トガったネタをする女性芸人が出てきた」という意味で言っているのだと見てとれた。

 そして「こちら側が勝手にそんな枠にはめないであげたい」という気持ちが「本人は思われたくないとは思いますけど」に表れていたのだと思う。

 最近の女性芸人が面白くなっていることの理由として、かつてのような「女性あるある」ネタから脱却していることもあると思う。特にヨネダ2000には、自分たちが女性であるとかそんなことはネタにまったく関係してこない。それは、男性芸人であれば、意識しなくとも笑わせることができたし、こんなことを指摘する必要もなかった。

 今ももちろん女性芸人が、女性にまつわる「あるあるネタ」をやることはもちろんあるが、その「あるある」も、「女性はこうあるべき」というものが減ったり、コンビ間のモテ格差をあかるみにして笑いをとるようなものは年々減っているように思う。そんなネタもまだあるかもしれないが、あったら「なんか古いし面白くないな」と思われるだろう。

 そう考えると、固定したジェンダー観から離れれば離れるほど、自ずとトガったネタ、これまでとは違うネタが出てくるのではないか。

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