日本人がなぜ黒人アリエルに「ノー」と言う?~『リトル・マーメイド』をめぐる3度目の紛糾

文=堂本かおる
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ハリー・ベイリー(twitterより)

 「黒人の人魚」がまたも紛糾している。3月12日のアカデミー賞にディズニーの実写版『リトル・マーメイド』の主役であるアリエル役のR&Bシンガー、ハリー・ベイリーが登場し、同作の予告編を上映したのだ。

 黒人アリエルの是非については、2019年のキャスト発表時と、コロナ禍による制作延期を経て昨年9月にハリー・ベイリー演じるアリエルのお披露目とも言える歌唱シーンの予告編が発表された際の2度、SNSで激しい議論が起こった。

 昨年は予告編を見て目を輝かせる黒人の子供たちの映像がSNSに溢れ、同時に「原作に忠実」なキャストを望むファンからの批判が噴出した。その批判に対して「ディズニーの『オリジナル』も、そもそもはアンデルセン童話『人魚姫』の改作ではないか」などの反論が出た。この経緯については以下2本の記事の詳細を書いた。

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日本人がなぜ黒人アリエルに「ノー」と言う?~『リトル・マーメイド』をめぐる3度目の紛糾の画像2 ウェジー 2022.09.22

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日本人がなぜ黒人アリエルに「ノー」と言う?~『リトル・マーメイド』をめぐる3度目の紛糾の画像2 ウェジー 2019.07.11

 本稿では、主に日本での「原作に忠実なキャストを望む」声について考えてみたい。なお、アカデミー賞での予告編上映について、「アカデミー賞は前年度の優れた俳優や作品への賞賛の場であり、公開前の作品の宣伝の場ではない」とする批判が起きたが、その件については本稿では触れない。

 まず、黒人アリエルの誕生を導いたアメリカの社会背景を説明する。オリジナル版『リトル・マーメイド』が公開された1989年当時、アメリカの人口のうち白人は8割程度を占めていた。それ以前からすでに始まっていた他人種の増加=白人の人口比率低下はオリジナル版『リトル・マーメイド』公開後も続き、現在、白人は6割を切っている。15歳以下の子供に限ると白人は5割をわずかに下回っており、逆に言えば全米の子供の過半数が今や非白人なのだ。

 ただし住人の人種比率は地区によって大きな開きがあり、ニューヨーク市やロサンゼルス市のように白人比率が3割前後の都市部もあれば、ほぼ白人のみの郊外地区や田舎もあり、米国の人種構成の平均像を語るのは難しい。

 いずれにせよ大人より子供の非白人化が進んでいる以上、子供向けの商品、わけてもヒトの描写であるアニメ/ゲーム/映画/絵本のキャラクターや人形などが多様化されるのは必然と言える。

 黒人、ラティーノ、アジア系といった人種民族マイノリティ(*)当事者からのアイデンティティに基づいた主張は以前より為されてきたが、近年は商品化に加速度がついている。昔に比べるとマイノリティの教育と収入のレベルが上がったこと、そこから自らを現した作品や商品を制作・流通、購買する力を得たこと(デジタル作品であればネット上、ファッションやヘア&ボディケア製品などはマイノリティの多い地域で開かれるポップアップ・ショップなどを見ると、その数の多さに驚かされる)、加えてBLMの影響によって大手企業が開発と販売を大々的に始めたことなどが、マイノリティ商品増加の理由だ。

(*)近年は「POC」People of Color と呼ぶことが増えている

「オリジナルの黒人作品を作れば?」

 米国内だけでなく、日本にも「黒人を主人公にしたければ既存作品のリメイクでなく、オリジナル作品を作れば?」という声が少なからずあるが、正論と言えるだろう。2019年の『ブラックパンサー』が歴史的な作品と呼ばれるのは作品内容の豊かさだけでなく、黒人による黒人テーマのオリジナル作品がハリウッドの慣習を破って大ヒットしたからだ。

 しかしディズニーの実写化シリーズは過去の作品のリメイクである。そしてリメイクできる黒人主演作が、今はまだ無いのだ。

 近年、ディズニーはプリンセス作品以外の多様化も急速に進めている。

2017『リメンバー・ミー』(ラティーノ)
2020『ソウルフル・ワールド』(黒人)
2021『ミラベルと魔法だらけの家』(ラティーノ)
2022『私ときどきレッサーパンダ』(アジア系)

 だが過去作品の実写化は今のところ1990年代以前の作品のみとなっている。そこでプリンセス作品も含めて振り返ると、先にも書いたように、かつてのアメリカは人口はもちろん、経済力においても白人が圧倒的に優っていたため、プリンセスの多様化は1992年の『アラジン』以降であり、現在も13人のプリンセスのうち7人が白人、他はアジア2人、中東/ネイティブ・アメリカン/黒人/南太平洋が各1人となっている。ラティーノのプリンセスは今も存在しないが、2024年公開予定の実写版『白雪姫』は、レイチェル・ゼグラー(『ウエスト・サイド・ストーリー』マリア役)が主役を演じる。

 つまり白人の子供たちは『リトル・マーメイド』だけでなく、自分の投影であるプリンセス作品が複数あり、その中から自分のお気に入りを選ぶことができる。他方、マイノリティの子供たちは1990年代以降に「初めて自分と同じ外観のプリンセス」が登場するまで何ひとつなく、現在もアジア系以外は1作品ずつしかない。

 かつ唯一の黒人プリンセス作品『プリンセスと魔法のキス』の主人公ティアナは、実質90分の作品中50分以上でカエルの姿となっている。要するにディズニーには実写化できる黒人作品のストックがなく、その理由はアメリカ社会の歴史なのである。

 なお、アメリカの子供が自分と同じ人種民族の作品しか観ない、夢中にならないわけではない。『アナと雪の女王』は人種を問わずに絶大な人気を博したが、自身の投影キャラクターをスクリーンで観る体験は別の意味を持つ。子供のアイデンティティの形成に非常に重要なのだ。

白人への憧れと、日本人の美意識

 かつて日本の少女マンガや人形などの描写は、白人の外観に大きな影響を受けていた。もっとも、日本で1960年代初頭に米国のバービー人形が販売され始めた際は、顔立ちがあまりにも外国風、かつ大人っぽい、もしくはセクシー過ぎるとして売れ行きは芳しくなかった。1967年に現タカラトミーがバービーを基に日本人の好みに合うよう顔立ちを幼くし、設定年齢も小学生としたリカちゃん人形を発売したところ人気を博し、現在に至っている。

 リカちゃんは、母親は日本人だが父親がフランス人という、当時の日本にあった白人への憧憬が強く現れたキャラクター設定がなされている。髪は当初から明るい茶色で、1980年代になると、当時は現在のように金髪に染める流行りはなかったにも関わらず、リカちゃんはブロンドの髪となっている。その時期、少女マンガにも日本人でありながら金髪、もしくは白人に見える風貌のキャラクターが多々みられた。肌の色については、東アジア系と白人では色味が異なるとは言え、マンガや人形では同じ色(マンガの場合は肌の色を塗らない、人形は共に薄いベージュなど)で描写/制作されることが多かった。つまり憧れを基に日本人と白人の描写が混同されていたのだ。

 こうしたマンガや人形で育った世代にとってディズニー・プリンセス初期の作品『白雪姫』『シンデレラ』『眠れる森の美女』『リトル・マーメイド』『美女と野獣』は掛け替えのない思い出となっているのではないだろうか。日本がアメリカほどの多人種/多民族でないからだけでなく、白人(的な風貌の)キャラクターが身近だったことが、日本でのアンチ黒人アリエル派の背景にあるように思える。

 アメリカのアニメや人形の制作側にとってもアジア系やラティーノは描写が難しい。キャラクター創作は実存の人間を単純化して描写する作業だが、アジア系やネイティブ・アメリカンは白人や黒人のように肌の色と髪質で描き分けることができず、工夫を凝らさないと認識できなくなるか、または極端なステレオタイプ描写に陥る。また、ラティーノは文化的なグループであり、人種としては先住民/白人/黒人のミックスであることから、あらゆる外観の人が存在し、ひとつのキャラクターで全ラティーノを代表させることができない。

 それでも近年のディズニーがあらゆるマイノリティ作品を作り続けるのは、背後にはもちろんビジネスもあろうが、しかし本質的には子供たちの笑顔のためだ。SNSを駆け巡った『リトル・マーメイド』の予告編や『ミラベルと魔法の家』を観る黒人やラティーノの子どもたちの笑顔以上に必要なものがあるだろうか。ディズニー作品は、本来は子供のためのものなのだ。

 今、バージニア州の黒人地区にある子供スイミング教室が、5月の『リトル・マーメイド』劇場公開時に教室の子供たちを映画館に連れて行くための費用をクラウド・ファンディングで募っており、約1万ドルが集まっている。寄付を寄せたある女性は、以下のコメントを残している。

「リトル・マーメイドが初めて公開されたとき、9歳の女の子だった私は、あの映画がどれほど好きだったか覚えています、なぜなら赤毛で青い目をしたアリエルが私みたいだと思ったから。今、世界中の小さな黒人の女の子たちが自分を象徴するアリエルを見る機会を得て、私はとても嬉しいです。映画を観るのが待ち遠しいですし、ハリー・ベイリーは見た目も声も素晴らしいです」

 このメッセージが、ハリー・ベイリーが演じるアリエルの意義の全てを物語っている。

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