7月12日
ねむようこ漫画原作のドラマ『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ)が始まった。スポットCMを事前に見たら、赤楚衛二演じる主人公の向井くんが、彼女と思しき登場人物に対して「美和子のこと、ずっと守ってあげたい」というと、彼女は「守るってなに?」と聞き返し、波瑠演じる登場人物は「守るってなに?」「守りたいなんて言われたら、見下されてんなーって思っちゃいます」と言ったりと、気になるセリフのオンパレードだった。このドラマについて書きたいと思って、日記連載の締め切りをずらしてもらったほどだ。
いざドラマを見てみると、このセリフ以外にも気になることばかりであった。
主人公の向井悟は、アパレル関係で働く33歳。もう10年彼女がいない。それについて向井くんは「給料も上がったし、仕事も余裕出てきたし、今の俺なら……」「俺だって、守りたいものができれば、守れる男になれる、はず」と考えている。
これだけ「守る」という言葉が強調されているということは、このドラマは少なくとも一話目においては「『守る』ってなんだ?」がテーマになっているということだ。
そんな向井くんの部署に中谷真由(田辺桃子)という派遣社員がやってくる。向井くんと中谷は帰り道でばったりあい、そこに偶然出くわした義理の弟・元気(岡山天音)に促され、彼が経営するスパイス&バーで仕事の話などで盛り上がったり、実は同僚社員も彼女を狙っており、三人でまたバーに行くことになったりと、向井くんは恋の予感にワクワクする。しかし、それは向井の勘違いで、彼女は同僚社員と付き合い始めていたのだった……。
勘違いして振られる向井くんが滑稽でちょっとかわいそうで、ドラマとしては面白いのだが、職場でいちいち好意があると勘違いされるのは危険でもある。向井くんを赤楚くんが演じているから、嫌みがないというか、押しつけがましさや、圧がないのでよかったのだが、あらすじを書くと『男はつらいよ』にも見える。寅さんもしょっちゅう、旅先で好意を持たれたと勘違いして勝手に惚れて空回りしていた。赤楚くんは現代の寅さんといったところだが、家には〝さくら”ならぬ妹の麻美(藤原さくら)もいる。
麻美のキャラも面白い。彼女は前出のスパイス&バーを経営する元気と結婚していて、向井くんや母親と4人で暮らしている。麻美は家ではやる気がなく、ソファに寝そべっていて、だるそうなタイプ。夫婦のなれそめとして語られていた、ある日、元気が超きれいな虹を見て、「このきれいな虹を麻実に見せてあげたいな」と思ったのではなく、「麻実にだけには、絶対に(虹の写真を)送らないでおこう」「麻実に虹を送らずにいられる男は俺だけだ」と思ったことで、結婚を確信したというエピソードが面白い。麻実は、虹の写真を送られたら「気象情報、求めてないんだけど」と言ってくるような人物なのである。
このエピソードに対しても向井くんは、「そんな妹でも、元気くんから送られてきた虹だけは喜んだとか、普通そっちでしょ」というと、元気から「お兄さんモテないでしょ、普通なんて関係ないの、麻実は麻実なんですよ」と言われてしまう。
向井くんは、女性は守るべきものと考えていて、皆と同じであること、つまり普通を求める、どこにでもいる一般男性なのである。しかし、世の中の普通は変わりつつあるし、そもそも普通なんて存在しない。そんな彼の勘違いを指摘するのが、波瑠演じる坂井戸洸稀である。彼女もまた、元気が経営するバーの客なのだが、向井くんに対して、「向井君てさ、あんまり相手の気持ち考えてないんじゃない?」「彼女が何を求めてるか、彼女の立場で考えた?」「本当に付き合いたかった?」「適当に雰囲気で過ごして、なんとなーくかわいい子と付き合って、なんとなーく幸せになれるわけ、ないよ」とズバズバと指摘すると、向井くんはわかりやすく喰らってしまう。
一話の最後、向井くんは坂井戸洸稀に「守りたいって言われたら、見下されてんなって思うって言ってたじゃん? それって女の子みんなそう思うの? 絶対?」と聞くと、洸稀から「あのね、〝女の子”なんて人格はないの、人それぞれ、相手に合わせて考えて」と言われてと、「そうか」と納得していた。この素直さは希望でもある。そして洸稀の指摘は、元気の「普通なんて関係ないの」というセリフと重なる。
向井くんは、押しつけがましくもないし、暴力的でもない、むしろ坂井戸洸稀が指摘するように、さしたる意思もなく流されやすい方である。けれども、女性を守らないといけないと考えていたり、「とうに滅びたはずの、不変の家族像を思い浮かべてしまう」(これは実際の向井くんのセリフである)という、「うっすらと家父長制を信じ、うっすらと有害な男らしさ」を持っている人物でもある。
この「うっすらとした家父長制」や「うっすらした有害な男らしさ」については、『82年生まれ、キム・ジヨン』とか、『獣になれない私たち』の上映/放送時から指摘してきたが、『こっち向いてよ向井くん』の向井くんは、「普遍的な家族像」を手に入れたいと思い浮かべながらも、それが自分の本当に欲しいものなのかどうか、わからないと思っているのも面白い。つまり向井くんは、洸稀との出会いによって、一話の時点でなんとなく、自分が普通だと信じている価値観が借り物にすぎないと気付きはじめているのである。
ツイッターを見ていたら、さっそく「刺さりまくっている」男性もいた。WEZZYの記事を読んだり、配信イベントに参加するような人にこそ見てもらいたいドラマだ。