
Gettyimagesより
現在アメリカではLGBTQや黒人史にまつわる書籍や絵本が地方レベルとはいえ、学校で次々と禁書にされる事態となっている。つまり検閲=表現の自由の規制がなされ、さらには教科書での歴史修正さえ行われる国となっているのだ。
以下、LGBTQ/黒人史の禁書の実態と、それに繋がる2024大統領選について考えてみる。
近年、全米各地の学校での禁書が問題となっているが、今年5月、メディアが特に注目した禁書があった。2021年のバイデン大統領の就任式で朗読された黒人女性詩人アマンダ・ゴーマンの詩「わたしたちの登る丘」が、フロリダ州のある学校で禁書指定されたのだ。

バイデン大統領就任式で詩の朗読を行うアマンダ・ゴーマン(wikipedia commonsより)
ニュースでこの件を知った当初、詩の以下の箇所が反CRT派(クリティカル・レイス・セオリー、日本では「批判的人種理論」と訳される)の反感を買ったものと思われた。
「奴隷の血を引き、シングルマザーに育てられた痩せっぽちの黒人の少女が、大統領になることを夢見ることができる」
「私たちは、あらゆる文化、肌の色、性格、境遇の人間を受け入れる国を構成するために、目的を持って結束しようと努力している」
CRTは本来は学術用語であり、教育や住宅から雇用や医療に至るまで、アメリカの社会と法には制度的な人種差別が組み込まれているとする考え方だ。しかし極右は「黒人史を教えると白人の子供が『わたしは悪い人?』と思い悩み、かわいそう」「ひいては人種間の分断を進める」と主張し、奴隷史・公民権運動・現在のBLMについて書かれた本や絵本を教育現場から排除する際のキャッチフレーズとして使う。
「わたしたちの登る丘」の禁書について、ホワイトハウスの定例記者会見において質問を受けた報道官のカリーヌ・ジャン=ピエールは、「禁書は検閲です」「アメリカの自由を制限するものです」と、厳しい表情で答えた。ジャン=ピエールは黒人として初のホワイトハウス報道官であり、かつ同性愛者であることからも近年の禁書に深い懸念を抱いているものと思われる。
禁書の実態〜申請者は未読
この件についての報道を読んでいるうちに、あることに気付いた。禁書申請者は詩を読んでいなかったのだ。
地元メディアが報じたところによると、当該学区に住む、ある児童の母親ただ一人がこの詩の禁書指定を申請し、それが受理されたとのことだった。規定により、一人でも書籍の内容に異議を唱えると審査がなされることになっている。
その母親は極右団体プラウド・ボーイズ(誇り高き男たちの意)のイベントに参加しており、現在は逮捕・収監中のリーダー、エンリケ・タリオと写真に収まっている。さらに母親たちによる極右団体マムズ・フォー・リバティー(自由のために活動する母親たちの意)との繋がりもあった。
この母親は禁書申請書の著者名の欄にアマンダ・ゴーマンでなく、同書に序文を寄せていることから本の表紙に名前が印刷されている別の著名人、オプラ・ウィンフリーの名を書き込んでいた。母親は著名な黒人詩人ラングストン・ヒューズの詩や黒人史の絵本も「間接的なヘイト・メッセージ」であるとして禁書申請していたが、実際は本のごく一部にしか目を通していなかったことを、後に追及されて白状している。この母親いわく「私は専門家でなく、読書家でなく、子どもの教育に携わる母親です」。

『ザ・ヒル・ウィ・クライム』(Amanda Gorman)。書籍の最下部に「序文:オプラ・ウィンフリー」とある。
当時22歳だったアマンダ・ゴーマンは大統領就任式で詩を読んだ最年少の詩人であり、詩の内容、朗読のパフォーマンスのみならず、ファッション・センスまでが注目され、後に大手モデル・エージェンシーとの契約もしている。それほど話題になったゴーマンをこの母親は知らず、表紙に印刷されていた国民的セレブであるオプラ・ウィンフリーの名を見て著者と勘違いしている。この母親がやはり禁書申請した、1920〜60年代に活躍した黒人詩人ラングストン・ヒューズの名を知っていたとは到底思えない。
極右団体からの指示による禁書申請だったとしか考えられない。
これがアメリカの禁書の実態だ。この母親が極右団体のリーダーと写っている写真では「選択する自由」と書かれたTシャツを着ていた。極右団体は自身に都合の悪いことを抹消する「自由」を求めているに過ぎず、そのために無知な共感者を利用しているのだろう。
禁書が続くLGBTQ書籍と絵本
禁書の対象は黒人史からLGBTQに拡張されている。国際ペンクラブの米国支部、ペン・アメリカによると、2021-22の学校年度に32州の138学区で1,600冊の本が禁書になっている。うち、最も多くの学区で禁書となった上位50冊にはLGBTQに関する書籍と絵本が含まれている。以下はその例。

『オール・ボーイズ・アーント・ブルー』(George M. Johnson)。ベストセラーとなった黒人クイア・ジャーナリスト/作家の伝記。

『タンタンタンゴはパパふたり』(ジャスティン・リチャードソン&ピーター・パーネル)。オスのペンギン・カップルが子育てをする、これもベストセラーとなり日本語版も出されている絵本。

『アイ・アム・ジャズ』(Jessica Herthel, Jazz Jennings)。『ビーイング・ジャズ:マイ・ライフ・アズ・ア(トランスジェンダー)ティーン』(Jazz Jennings)。実在のトランスジェンダー女児ジャズを主人公とする絵本。

10代となったジャズが出版した伝記。
保守派の「黒人大統領」は誕生するか
2024大統領選はすでに始まっている。共和党からは再選を目論むドナルド・トランプを含め、現在12人が立候補している。うち、トランプに続く支持率を得ているのがフロリダ州知事のロン・デサンティスだ。
デサンティスは打倒トランプを目指し、保守派の票を得るための極端な反LGBTQ策/反CRT(繰り返すが、CRTというフレーズの誤用)を次々と打ち出している。また、小学校低学年にLGBTQ関連を一切教えない通称「Don’t Say Gay(ゲイと言うな法)」を、今年は高校生までの全学年に拡張した。
さらに今年7月に入り、同州の新たな黒人史カリキュラムが紛糾している。問題とされているのは、黒人が「開発した技術」(農作業、家事各種、鍛冶、仕立て、ペンキ塗りなど)を、黒人は「個人的な利益」を得るために使用できるとの部分だ。白人社会の経済発展のために拉致誘拐され、生涯無給で使うことを強要された職能は黒人自身にも収益をもたらせるとすることで、黒人奴隷制を正当化する詭弁、歴史修正だ。
黒人史にまつわる歴史修正は、共和党内に矛盾を起こしている。デサンティスは白人だが、今回の共和党候補者12人のうち、3人が黒人、2人がインド系、1人がヒスパニック、つまり半数の6人が人種民族マイノリティとなっている。
各々の政策に違いはあれど保守派であることに違いのない共和党から、これだけ多くの人種民族マイノリティが大統領選に出馬できるのは、やはりオバマ大統領のレガシーと言える。バラク・オバマは妻のミシェル・オバマと共に8年間の大統領在任中はもちろん、立候補中から黒人であることを散々に揶揄され、黒人のステレオタイプに基づいた酷い侮辱も受けた。もちろん共和党/保守派の政治家と支持者からだ。それにもめげずに大統領/ファーストレディ職を全うしたオバマ夫妻の存在があったからこそ、今、共和党員も人種民族を超えて大統領選に出馬できるのだ。現在の共和党はこの部分で大きな矛盾を抱えていることになる。
これは人種民族マイノリティ=リベラルや民主党支持者であるべきとするものではない。マイノリティの中には自身をマイノリティと位置付けず、もしくはマイノリティであることを自身の努力によって乗り越えて現在の位置についたと考える、またはマイノリティとしての出自や経験を含めた上で保守の価値観を信じる政治家や支持者がいる。この部分こそ、まさに「自由」であるべきだ。
そもそも奴隷制をしいていた米国の「自由」とは、奴隷でない者、奴隷解放後も差別の対象にならない者に限定された自由だった。その文脈は人種民族に限らず、あらゆるマイノリティに対して今も続いている。共和党候補者の中に女性が1人しかおらず、LGBTQを公表している者が皆無なのはその現れだ。共和党もまた試行錯誤の過程にある。
だからこそ現在の最高裁判事9人の中で最も頑迷な保守派であるクラレンス・トーマス判事がアフリカン・アメリカンであること、前述の黒人詩人アマンダ・ゴーマンの詩を禁書申請した母親と、その母親がツーショットを撮った極右団体プラウド・ボーイズのリーダーが共にラティーノであることを、リベラル側こそ考えていかねばならないと言える。
一昔前までの「白人 対 黒人」の図式だけでは、今のアメリカを理解することは到底できないのである。