「バービー」はホワイト・フェミニズム映画なのか?~ラティーナ俳優アメリカ・フェレーラの存在

文=堂本かおる
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 「バービー」はもしかすると、今年最大のメガヒット映画になるのかもしれない。全米公開から1カ月が経った8月21日の時点で全世界興行収入が12.8億ドル。公開当初からのヒット作ではあったものの、よもや「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」(8/21付13.6億ドル)に追いつけ追い越せレベルになるとは思いもしなかった。

 これを受けて主役/プロデューサーのマーゴット・ロビーは出演料にヒット・ボーナスを加え、なんと5,000万ドルを受け取るとの記事が出ている。

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 世界中をピンクに染めたフェミニズム映画と称賛され、2度、3度と映画館に足を運ぶファンも続出の「バービー」だが、批判もある。男性からの「腹が立つ」「よく分からない」といった感想はもちろん、「劇中のパロディの元ネタを教えてやる」といった本当に『バービー』を見たのだろうか? というマンスプレイニングはスルーするとして、一部から「ホワイト・フェミニズムだ」といった批判が出ている。

 何人もいるバービーやケンを演じる俳優たちのラインナップには多様性への配慮がみられるが、それでもなお白人のためのフェミニズム映画とされる理由はどこにあるのだろうか。

 以下は主だった出演俳優の人種民族バックグラウンドだ。

【バービー】

マーゴット・ロビー(白人)
ケイト・マッキノン(白人)
イッサ・レイ(黒人)
アレクサンドラ・シップ(黒人+白人)
ハリ・ネフ(白人)
リトゥ・アルヤ(インド系)
アナ・クルーズ・ケイン(フィリピン+ユダヤ系)
エマ・マッキー(白人)
シャロン・ルーニー(白人)
ニコラ・コーグラン(白人)
デュア・リパ(白人)

【ケン】

ライアン・ゴズリング(白人)
シム・リウ(アジア系)
キングズリー・ベン=アディル (黒人+白人)
ンクーティ・ガトワ(黒人)
スコット・エバンス(白人)

【バービーの友だち:ミッジ】

エメラルド・フェネル(白人)

【ケンの友だち:アラン】

マイケル・セラ(白人)

【人間の母娘グロリア&サーシャ】

アメリカ・フェレーラ(ラテン系)
アリアナ・グリーンブラット(ラテン系+ユダヤ系白人)

【マテル社CEO】

ウィル・ファレル(白人)

【ナレーター】

ヘレン・ミレン(白人)

注:上記のバックグラウンドは人種民族のみを記載。黒人俳優にはルワンダ系、セネガル系etc., 白人俳優にはアルバニア系、フランス系etc… が混在する。また出身国、国籍、俳優としての拠点としている国は豪州、米国、英国、カナダなどが混在

東アジア系のバービーは?

 11人いるバービーのうち主役を演じるマーゴット・ロビーを含む7人が白人。2人が黒人、2人がアジア系(インド系、フィリピン+白人)。

 5人いるケンは白人2人、黒人2人、アジア系1人となっている。ケンには有色人種のほうが多く、特にメインのケン(白人のライアン・ゴズリング)に次いで登場シーンが多いのは中国系のシム・リウ。ゴズリングの背後にいつも控えている2人のケンはどちらも黒人。スコット・エバンス演じるもう1人の白人ケンの影は、なぜか薄い。

 ケンには中国系のシム・リウがいるものの、バービーには東アジア系がおらず、昨今のハリウッド映画の多様性ラインナップからすると若干の違和感がある。考えようによっては「東アジア系はケンがいるから、バービーはいいでしょ」と省かれたようにも感じる。

 加えて米国では今や黒人の人口を抜いているラティーノがバービーにもケンにもいない。ただし、かつてバービーで遊んだ思い出を持つ人間の母娘を、ホンジュラス系のアメリカ・フェレーラ、プエルトリコ系のアリアナ・グリーンブラットが演じている。

 それでも主役のバービーとケンは共に白人であり、映画はこの2人それぞれの「自分探し」が軸となっている。

注:本作は性的マイノリティ俳優も複数、登用している。ケイト・マッキノンはレズビアン、ハリ・ネフはトランス女性、スコット・エバンスはゲイであることをそれぞれ公表している。

白人バービーが「美」の基準

 そもそもバービーの誕生と存在自体がアメリカの白人社会の産物だ。第二次世界大戦終了直後、若きハンドラー夫妻は家具の製造販売会社を立ち上げた。夫のエリオットは、当時は新しい素材だったある種のプラスチックを素材とした家具を趣味で作っており、それを妻のルースが本業とするように助言したのだった。後に家具会社は行き詰まったものの、ルースは自分の娘の人形遊びにヒントを得て10代のファッション・モデルを模した人形を作った。バービーと名付けて1959年に売り出したところ大ヒットとなった。

 夫妻、特にルースに抜きん出たビジネス・センスがあったことがマテル社の成功の理由と思われるが、当時、趣味から会社を起こせる経済的、社会的な環境にあったのは白人ゆえと言える。また、当時の米国は人口の9割近くが白人であり、マテル社は白人のバービーのみを販売した。というより、当時は白人の玩具企業が黒人の人形を販売する発想すらなかった。バービーが予想以上にヒットしたため、マテル社は数年のうちにボーイフレンドのケン、親友のミッジ、妹のスキッパーも続々と売り出したが、いずれも白人だった。

 当時は黒人が差別撤廃を求めての公民権運動を繰り広げていた時代であり、1963年には運動の成果が実って公民権法が制定されている。そうした社会の流れを察知し、マテル社は1968年と、他の玩具メーカーに比べると早い段階で初の黒人バービー(注:当時の名前はクリスティ)を売り出している。

 とはいえ、クリスティがどれほど製造され、全米各地に普及していたのかは不明だ。現在、高齢の黒人女性たちと人形について話すと「私が子供の頃にも黒人の人形があれば……」という話が少なからず出る。当時の黒人の女児の多くは白人の人形を買うしか選択肢がなかったと言う。

 マテル社は後にアジア系のバービーも売り出しているが売上が芳しくなく、発売と販売停止、再度の発売を繰り返した歴史がある。アジア系の子供たちは白人のバービーを好み、そちらを買っていたのだった。

 マテル社がバービーの人種民族、体型、障害、LGBTQなど、本格的に多様化を始めたのは、1959年の販売開始から57年後の2016年。その時期まで人形はあくまで女児の玩具とされ、アメリカの女児の多くが人種を問わず白人のバービーと共に育ってきたことになる。そこからバービーは単なる玩具の域を超え、アメリカの「美」を象徴する存在となった。この美の基準は女児のみならず大人も含めてアメリカ全体に浸透し、その美の基準に達せない女性は大きなコンプレックスを抱くこととなった。

白人女性のコンプレックス、マイノリティ女性のコンプレックス

 ただし、そこには二段階のコンプレックスが派生した。多くのバービーと同じ白人の女児や女性は、自分はバービーのような理想の体型ではないし、バービーのような金髪碧眼でもない。バービーの完璧な笑顔はかつて「ゴールデン・スマイル」と呼ばれたが、自分はあれほど美しく笑えない、などと悩んだ。しかし黒人を筆頭に人種マイノリティは、そもそも肌の色が違う、髪質が違う、顔立ちも違う、したがって自分は美の基準から最も遠く離れた容姿をしている、つまり醜いのだ、という刷り込みを成されることとなった。

 美に於いてだけでなく、女性の社会進出についても人種マイノリティは白人に大きく出遅れた。白人女性がガラスの天井を破り始めても、マイノリティの女性はなかなか後に続けなかった。現在、かつてに比べるとその差は多少縮まったものの、格差は依然としてそこにある。

 こうしたマイノリティ女性の苦難に気付くことはなく、しかし白人女性もまた女性としての苦労は抱えてきており、それがアメリカの女性の歴史と捉えられてきた。その「リアリティ」の反映として、2023年、映画「バービー」は白人のバービーを主人公にするしかなかったのかもしれない。さりとて現在のハリウッド は多様性を置き去りにすることはもはや許されず、そこで主役以外のバービーとケンに多数の人種民族マイノリティが登用されたのだと思われる。

アメリカ女性と、開発途上国の女性

 上記のアメリカでの事情に対し、非アメリカ人の女性からは「バービー」への異なる理由による「ホワイト・フェミニズム」批判が出ている。英国のケンブリッジ大学で教鞭をとるインド系のプリヤムバダ・ゴパル教授は、「アルジャジーラ」にアメリカ女性と開発途上国の女性との比較によるバービー批判論を寄せている。

 ゴパル教授は、アメリカの女性たちがバービーのように医者、弁護士、宇宙飛行士など、なりたいもの何でもなれると励まされているのは、そうした選択をあまり持てない世界中の多くの女性たちの困窮によるとしている。分かりやすく言い直すと、「バービー」にはアメリカ・フェレーラのようにラテン系の女性俳優も出演しているが、それはラテン・アメリカ諸国のスウェットショップで極めて安い賃金でバービー人形や大統領バービーの服を作っている現地の女性たちを解放するのか? という問い掛けだ。

 ここでアメリカ・フェレーラに話を移す。フェレーラはバービーを通して反抗期の娘との絆を取り戻すシングルマザー、グロリアを演じている。グロリアは子育て、仕事、そして自尊心について常に抑圧されてきた女性だ。先にも書いたように主役が白人であり、しかし多様性の必要からグロリアの役はラティーナに振られたのではないかと推測できる。しかし監督のグレタ・ガーウィグがフェレーラを抜擢したには理由がある。

「太っている」&「醜い」を裏返したアメリカ・フェレーラ

 アメリカ・フェレーラは、2002年の映画デビュー作「Real Women Have Curves」(直訳:「本当の女性は曲線を持っている」 ぽっちゃりしている、痩せてなどいない、の意)で高い評価を得た俳優だ。当時のフェレーラは実際にかなりのぽっちゃり体型であり、成績は良いが世間の美の基準から外れていることに加え、ラテン系移民一家の古い考え方に捕らわれ、自由を得られないティーンエイジャー役を見事に演じた。その後に出演したテレビドラマ「アグリー・ベティ」(2006-2010)では、タイトル通り決して美人ではないが、賢明さとまっすぐな人柄、およびラテン系家族の応援によってファッション雑誌業界で活躍する女性を演じ、番組は人気を博した。

 「バービー」にはグロリアが、女性の八方塞がりで矛盾だらけの立ち位置について、長いモノローグを語るシーンがある。そのセリフの一部、「痩せてなきゃいけないけど、痩せすぎはダメ。痩せたいと言ってはいけない。健康でありたいと言わないとダメだけど、痩せてないとダメ」を、ガーウィグ監督がフェレーラに託したのは偶然ではないだろう。

 そのガーウィグ監督もグロリアに言わせた別のセリフでは、アメリカ先住民族から厳しく批判されている。ケンが人間界で学んでしまった「有害な男らしさ」をバービーランドで振りまくのを見たグロリアは、以下のように叫ぶ。

「オー、マイ・ゴッド! まるで1500年代の先住民と天然痘みたい」
「先住民は天然痘に対して何の防御策も持っていなかった!」

 欧州からの入植者が当時の北米には存在しなかった病気を持ち込み、大量の先住民を殺してしまったことにかけたジョークだ。フェレーラがホンジュラス系であり、先住民の血も持つであろうことから言わせたものと思われるが、白人のガーウィグ監督が、ここでは人種民族表現に対する繊細さを欠いていたと言える。

 それでも「バービー」に於けるアメリカ・フェレーラの演技は称賛され、一部の評論家からは助演女優賞に値するとのコメントさえ出ている。ホワイト・フェミニズムの映画「バービー」にあって、アメリカ・フェレーラは見事にそのバリアを破ったと言えるのではないだろうか。

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