【アーカイブ】高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表

文=周司あきら
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 昨今トランスジェンダーの人々は、自分たちの生きる現実が無視されるかたちで注目され、「議論」の的にされてしまっています。私たち一人一人は、いかにおかしな角度から注目が集まってしまっているのかを知り、その注目の矢印の向きを替えていく必要があります。

 2023年7月に刊行された『トランスジェンダー入門』(集英社)では、トランスジェンダーという集団が置かれている状況が書かれています。しかしトランスジェンダーの直面している困難は、決してトランスジェンダーだけの困難ではありません。『トランスジェンダー問題』(明石書店)では、トランスが置かれている環境と、さまざまな社会的マイノリティが置かれている環境との類似性を力強く論じています。

 2冊の刊行を記念するとともに、そのなかでもこれまで触れていなかった「トランスヘイト」に焦点を当てたイベントが2023年9月8日にwezzyで開催されました。タイトルは、すばり「トランスヘイト言説を振り返る」。トランスヘイトとは、トランスジェンダーに対する差別や偏見や憎悪、また、それらに基づくさまざまなかたちでの暴力のことです。

【販売終了】高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」

 『トランスジェンダー入門』(周司あきら・高井ゆと里、集英社)の刊行記念として、9月8日(金)19時よりオンラインイベント「トランスヘイト言説を振り返る」を…

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【アーカイブ】高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表の画像2 ウェジー 2023.09.08

 出演者は、『トランスジェンダー問題』訳者であり『トランスジェンダー入門』著者の一人である高井ゆと里さん、右派の言説を研究している能川元一さん、ジェンダー・セクシュアリティ、メディア文化を専門に研究されている堀あきこさん、国政の動きを注視してきた一般社団法人「fair」代表の松岡宗嗣さんです。そのうち能川さん・堀さん・松岡さん3名の発表をもとに、周司あきらが要約して今回の記事にしました。

記事1(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」出演者発表
記事2(高井ゆと里) 高井ゆと里「素朴な疑問は素朴ではない~トランスヘイト言説に触れたら~」
記事3(周司あきら) 高井ゆと里×能川元一×堀あきこ×松岡宗嗣「トランスヘイト言説を振り返る」クロストーク

【注意】このイベントでは現状分析を目的にしているため、トランスジェンダーに差別的な言説が多数参照されます。あらかじめご注意ください!

能川元一さんの発表

 私は、右派の家族認識や歴史認識について調べる一環として、トランスヘイト言説も見てきました。

 最近では、2023年6月に超党派でまとめられた法案をさらに骨抜きにした「LGBT理解増進法」が制定されたり、これまで女性の権利を侵害することに力を入れてきた人たちで「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」が設立されたりしました。右派によるトランスジェンダーへのバッシングも過激になっています。

 しかし実は、右派は昔からトランスジェンダーを攻撃対象にしてきたわけではありません。これまで右派がトランスをどう捉えてきたのか、振り返りましょう。

 紙媒体でトランスヘイト的な情報を発信してきたのは、『正論』(産業経済新聞社)『Will』(ワック)『Hanada』(飛鳥新社)『明日への選択』(日本政策研究センター)などがあげられます。持続的に性的マイノリティに関心を示していたのは、宗教右派系の媒体を除けば『産経新聞』と『正論』でした。そこでは、トランスジェンダーの存在が性別二元論を揺るがし、それが同性婚の容認につながるというロジックも用いられてきました。

右派がトランスに注目したのはいつから?

 続いては、トランスに特化した右派の発信内容を紹介します。

 2014年3月号『正論』では、西部邁氏と八木秀次氏による対談が掲載されました。内容は、性別を「男」に変更済みのトランス男性が「嫡出推定」に関する最高裁決定を受けて、戸籍上も「父」になれるようになった件への否定的な反応でした。これは確かにトランスへのバッシングではありますが、その論拠は同性婚の容認に繋がってしまうのではないかというのがメインであり、また相続における婚外子差別が違憲判決を受けたときよりも関心は薄いものでした。ですから、トランスジェンダーそのものが攻撃対象になっているわけではありませんでした。

 2018年にはお茶の水女子大が「2020年度からトランスジェンダー学生(戸籍又はパスポート上男性であっても性自認が女性である人)の受入れを開始します」と発表しました。それを受けて、『産経ニュース』2018年7月13日「【主張】「心は女性」入学へ 男女の否定につなげるな」、同じく7月25日「【ニュースの深層】パンドラの箱を開けた? 「心は女子」学生受け入れ決めたお茶の水女子大 「女子大の存在意義」議論の呼び水に」といった記事が出ました。これは、2000年代前半のバックラッシュと同じ理屈です。といっても、ここでは「男女の二元論を否定しないなら、トランス女性の受け入れそのものを否定しているわけではない」と読めますし、やはりトランスジェンダーそのものに関心を向けているわけではなかったようです。

 2018年7月発売の『新潮45』(新潮社)には、杉田水脈氏が同性愛者を念頭において「生産性がない」などと表現した論文が掲載されました。この発言が咎められ、のちに『新潮45』が廃刊したことをきっかけに、2018〜2019年は「言論の自由が弾圧されている」と右派が主張するようになりました。ただし、ここでもトランスに固有の関心が向けられているわけではありません。

 右派の動きに変化が出たのは、2021年後半からでした。右派月刊誌で「トイレ」「浴場」「更衣室」「女子スポーツ」への言及が増えました。これらのキーワードは、トランスジェンダー(とくにトランス女性)を差別する名目でもっぱら話題にされています。これまで右派系メディアに書いてこなかった人たち、例えば弁護士の滝本太郎氏、「女性スペースを守る会」共同代表の森谷みどり氏、小説家の笙野頼子氏なども執筆者として右派メディアに登場するようになります。

右派系と非右派系で共有されている論点

 右派系と非右派系で共有されている重要な論点をいくつか挙げます。

 1つ目に、素朴な生物学主義を盾にとって、「生まれながらの性別は絶対である」と主張し、トランスジェンダーの実在性そのものを否認すること。

 2つ目に、「子どもの利益」を口実として、トランス医療や性教育への攻撃をしていること。

 3つ目に、性同一性障害特例法の「不妊化要件」を撤廃されることへの危機感があることです。「不妊化要件」とは、戸籍上の性別を変更するうえで「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」が要件にされていることであり、基本的には性別適合手術を受けることが要求されています。しかし、自分の戸籍情報を自身の性別に合わせるために不妊化が強制されている現状は端的にいって人権侵害であるため、一刻も早い撤廃が望まれています。トランスに敵対的な言説では、この不妊化要件を維持するよう主張されます。

右派特有のトランスヘイトのロジック

 他方で、右派のトランス排除や反性的マイノリティ言説には、特有のロジックもあります。

 1つ目に、「皇統」の危機につながるという認識があること。もし皇族が「自分はトランス男性/トランス女性だ」などと言い出したら、男系で継承してきた秩序が壊れてしまうという危機感が背景にあるのです。

 トランスの話題に限りませんが、2つ目として、多様性が認められると「安定した秩序」への脅威になるという認識があること。この認識は、選択的夫婦別姓への反対や、民族教育に対する否定的な態度にも通底しているでしょう。「文化マルクス主義」や「過激なフェミニズム」が家族を崩壊してしまう、と右派は考えているようです。また、右派にとっての多様性とは、戦後にGHQから押しつけられた「戦後レジーム」であり、そこから脱却したい、と考えられている場合もあります。

 3つ目に、「人権擁護法案の再来」という認識を右派が持っていることです。人権擁護法案とは、2000年代後半に成立しかけていた、いわば包括的差別禁止法のようなものです。しかし差別が禁じられたり人権が守られるようになったりすると、今でいう「キャンセルカルチャー」が到来してしまうと右派は危惧したため、廃案の憂き目に遭いました。このことは、LGBT理解増進法がつよい反発を受け、結局は骨抜きの内容にされてしまったことともつながります。

 4つ目に、「日本は伝統的にLGBTに寛容」論や、「声をあげない当事者」を参照することで、差別の存在自体を否認する傾向もあります。右派にとっては「差別がないこと=平等」ではない、というのが注目したいポイント。右派の認識では、「分をわきまえた」マイノリティに対してマジョリティが鷹揚に振る舞うことを「差別がない」状態と認識しているため、マイノリティが権利を要求することは、むしろ「差別を作り出す」行為とみなされるわけです。

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能川元一
大学非常勤講師。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。専攻は哲学。「南京事件否定論とその受容の構造」(山北宏との共著、『戦争責任研究』第58号、2007年)、「「ネット右翼」の道徳概念システム」(『現代の理論』第14号、2008年)で「ネット右翼」をとりあげ、それ以降おもに歴史認識問題と家族に関する右派の言説を研究テーマに。共著に『憎悪の広告』(合同出版、2015年)、『海を渡る「慰安婦」問題』(岩波書店、2016年)、『右派はなぜ家族に介入したがるのか』(大月書店、2018年)、『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社、2018年)など。

周司から一言

 以上が、右派のなかでトランスがどう位置づけられてきたかという、能川さんの発表でした。右派が同じ理屈を使い回しながら、あらゆる社会的マイノリティを攻撃対象にしてきた点を踏まえると、トランスの権利を考えるときにはトランス以外の集団と団結する必要があるのだと改めて意識させられました。続いて、堀あきこさんによる発表です。

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