
写真:ロイター/アフロ
10月7日の早朝、イスラエル国内のパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを急襲し、主に民間人の約1,400人を殺害し、200人以上を人質として拉致した。イスラエル国防軍は報復としてガザへの苛烈な空爆を開始。10月24日現在、ガザでは5,000人以上が殺害され、負傷者は15,000人と報じられている。
7日の急襲ではイスラエルで開催中のミュージック・フェスティバルも襲われ、観客およそ260人が殺害されている。ガザでは17日に病院が爆撃を受け、多くの子供を含む約500人が死亡した。
イスラエルとガザ双方の、激しく損傷した遺体を含めた凄惨な映像がメディアとSNSで公開されており、世界中を震撼させている。
空爆を続けながら地上侵攻の準備も進めるイスラエルは、13日にガザ北部に住む110万人にガザ南部への強制移住を通達、北部に残る者はハマスとみなされて攻撃対象となる。イスラエルはガザへの食料・水・電気・燃料の供給を停止。これに対し、人道に反するとして国際的な批判が起き、21日、エジプト国境側からの支援物資の供給が始まったが、需要に追い付けていない。
ハマスは人質の中から20日にアメリカ国籍の母子、23日にイスラエル国籍の高齢女性2人を解放。解放されていない人質の中には乳児も含まれるとされている。
ハマス殲滅を誓うイスラエルにガザ攻撃を停止する意志は見られず、軍事的に圧倒的な優位にあるイスラエルがガザの一般市民を攻撃し続けることに世界中から大きな批判が巻き起こり、連日、世界各地でパレスチナ支援のデモが続いている。
しかし、アメリカを筆頭に多くの国がイスラエル支持を表明している。
セレブが声を上げる背景
こうした事態にあり、アメリカのセレブの中にも今回の事態についてメッセージを発している人々がいる。
そもそもイスラエル/パレスチナ問題は非常に複雑であり、かつバイデン大統領は明確なイスラエル支持を表明している。さらにハリウッド関係者にはユダヤ系が多く、俳優やモデルたちは当然発言に慎重になる。
それでも自身がユダヤ系、わけてもイスラエル出身であったり、パレスチナ系またはイスラム教徒であれば当事者として捉えざるを得ない。ユダヤ系やパレスチナ系でなくとも、罪もない人々、特に多くの子供たちが無残に殺される姿を見た以上、反意を唱えるしかないと感じる者もいる。他方、問題の複雑さ、繊細さを知ってか知らずか、時流に乗って安直なメッセージをSNSに流し、批判されたセレブもいる。
以下はセレブらによる発信の一部だ。
ガル・ガドット
「私はイスラエルと共にあり、あなたもそうであるべきだ。このような恐ろしいテロ行為が起きているとき、傍観者でいるわけにはいかない!」(10/7)
映画『ワンダーウーマン』シリーズ、『ワイルド・スピード』シリーズで知られるガル・ガドットは、イスラエル生まれ育ち。同国には徴兵義務があり、ガドットはイスラエル国防軍での2年の兵役を終えた後に俳優活動を始めている。2017年『ワンダーウーマン』は、イスラエル人のガドットが主演であることから、イスラエルと対立関係にあるレバノンでの上映が禁止された。
ナタリー・ポートマン
「私の心はイスラエルの人々のために打ち砕かれている。子供、女性、高齢者が殺害され、家から拉致された。これらの野蛮な行為に慄き、被害に遭われた方々のご家族への愛と祈りで胸が張り裂けそうです。」(10/8)
本名:ナタリー・ハーシュラグ。イスラエル生まれ。子供の時期に一家でアメリカに移住し、ニューヨーク州郊外にあるユダヤ系の小中学校に通っている。第一言語はヘブライ語。社会活動家でもある。
1994年のデビュー作『レオン』、『スターウォーズ』シリーズなどで知られ、2010年『ブラックスワン』にてアカデミー賞主演女優賞を受賞。
フロイド・メイウェザーJr.
「私はイスラエルとともにハマスのテロリストに抗する。ハマスはパレスチナの人々を代表しているのではなく、罪のない人々の命を攻撃しているテロリスト集団だ!私はすべての人間のために立ち上がり、すべてのアメリカ人、イスラエル人、そしてこの恐ろしい戦争犯罪で人質として誘拐されたすべての人の無事な帰還を願っている。これは政治のための時間ではない。何よりもまず安全のための時間なのだ。アメリカに神の祝福を。イスラエルに神の祝福を。人類に神の祝福を!」(10/9)
元ボクサー。史上初の50戦50勝、5階級制覇を成し遂げたボクシング界のスーパースター。自身がイスラエルの街に立つ写真に上記のメッセージを添えてポスト。イスラエル国防軍と民間人への寄付として、自身のプライベート・ジェット機に5,000ポンド(2,268kg)相当の水・食料・防弾チョッキを乗せ、すでに運んでいる。
デイヴ・シャペル
痛烈な社会批判ネタで知られる人気コメディアンのデイヴ・シャペルは、19日にボストンにあるアリーナ会場で行ったスタンダップ・ショーでイスラエル/パレスチナ問題について語り、賛否両論を受けた。
ステージ上でイスラエルを「戦犯」と呼び、同時にハマスによるイスラエル攻撃と、アメリカのイスラエル支援を批判。観客の中には席を立って会場を出た者、シャペルに声援を送る者、ブーイングし、シャペルの意見に挑戦の声をあげる者も出たと報じられている。
ピンク
現在、北米ツアー中のピンクが「ステージでイスラエルの旗を振っている」という噂が立ち、SNS上で激しく批判された。ピンクは「イスラエルの旗を降ったことはない」にも関わらず、「多くの脅迫を受けている」「コンサートで使っているのはニュージーランドのマオリ族のポイ・フラッグ」とする声明を15日にポストしている。
ピンクの母親はユダヤ系。
ジェイミー・リー・カーティス
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー賞助演女優賞受賞した俳優。ジャーナリストがガザで撮影した、子供たちが恐怖と不安の表情で空を見上げる写真をイスラエルでの写真と勘違いし、「空からの恐怖」とキャプションをつけてイスラエル旗の絵文字と共にポスト。後にガザでの写真と気付くと削除し、SNS上で大きく批判された。
父親はユダヤ系俳優のトニー・カーティス(本名:バーナード・シュワーツ)。
カイリー・ジェンナー
ハマスによるイスラエル攻撃のあった7日当日、カイリー・ジェンナーはイスラエル支援団体がポストしたイスラエル旗と「今も、そしてこれからも、私たちはイスラエルの人々とともにある!」のメッセージをリポストし、フォロワーからの激しい批判により1時間以内に削除した。
批判には「イスラエルとパレスチナの間で何が起こっているのか全くわかってない」「話題になるために投稿しただけ」「誰かカイリー・ジェンナーに地図でイスラエルを指すように頼んでよ」など、ジェンナーの無知と軽率さを指摘するものが多く見られた。また、カイリーの友人でパレスチナ系のモデル、ジジ・ハディッドへの気遣いの無さを指摘するものもあった。
カイリー・ジェンナーは非常に人気の高いメディア・パーソナリティ。コスメ・ブランド、カイリー・コスメティックスのオーナー。キム・カーダシアンの妹。
ジジ・ハディッド
ジジ・ハディッドは、ハマスによる攻撃の3日後に以下の投稿を行なっている。
「私の思いは、この不当な悲劇に見舞われたすべての人々と、この紛争によって罪のない命~その多くが子供たち~が奪われる毎日にある。私はパレスチナの闘争と占領下の生活に深く共感し、心を痛めている。私はまた、ユダヤ人の友人たちに対して、以前にも述べたように、それを明らかにする責任を感じている: 私はパレスチナ人に希望と夢を抱いているが、その中にユダヤ人への危害は含まれていない。
罪のない人々を恐怖に陥れることは、「パレスチナ解放」運動とは相容れないし、何の役にも立たない。そのような考え方は、何十年にもわたる報復の応酬(パレスチナ人であれイスラエル人であれ、罪のない一般市民がその犠牲になる謂れはない)という痛みを伴うサイクルを助長し、「パレスチナ支持=反ユダヤ主義者」という誤った考えを蔓延させる一因となっている。
もしあなたが傷ついているのなら、今日、パレスチナ人とユダヤ人の両方の愛する人たちと哀悼の意を分かち合うように、私の愛と力を送ります – あなたが誰であろうと、どこにいようと。複雑で、個人的で、正当な感情がたくさんありますが、国籍、宗教、民族、生まれた場所に関係なく、すべての人間が基本的な権利、待遇、安全保障に値します。
私の言葉が決して十分でないことも、多くの人々の深い傷を癒すことができないことも承知していますが、罪のない人々の命の安全をいつも祈っています。」(10/10)
ジジ・ハディッドの父親はパレスチナ人。第一次中東戦争の際に一家でアメリカに渡っている。ジジとカイリーは共にカリフォルニア生まれでZ世代の人気を得ているスーパーセレブだが、人種民族宗教および世界の歴史と現状への知識と思考は各々の背景によって全く異なることが奇しくも露見する結果となった。
リズ・アーメッド
パキスタン系イギリス人俳優。イスラム教徒。2020年『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』により、イスラム教徒として初のアカデミー主演男優賞ノミネート。2016年HBO『ザ・ナイト・オブ』にて、アジア系として初のエミー賞主演男優賞を受賞。
アーメッドはハマス襲撃の11日後に、以下の長文をポストした。
「ストーリーテラーとして、私たちは自分自身を他人の立場に置き、観客にその旅に一緒に行ってもらう。これがうまくいく理由は、私たちは互いの違いの下に、同じ恐れ、喜び、悲しみ、希望を感じているからだ。ストーリーが機能するのは、「私たち」と「彼ら」が存在しないからだ。あるのは私たちだけだ。そうじゃない、ある種の人々は私たちとは違う、人間ではない、などというストーリーは嘘である。
イスラエルとパレスチナで起きていることには、2つの側面があると言われている。 しかし、私の心にはひとつしかない。
先週イスラエルで起こったことは、恐ろしいことであり、間違っている。多くの人々が感じている痛みと恐怖は、深く、現実的なものだ。
今、ガザで起きていること、そして何十年もの間、占領下のパレスチナで起きていることは、恐ろしいことであり、間違っている。この苦しみの深さと現実を無視することはできない。
一方向にしか目を向けないなら、私たちはさらに深い闇の中に入っていくことになる。
しかし、それこそが今起きていることなのだ。ガザの市民、その半数は子供たちであるにもかかわらず、私たちは目をそらすよう求められているのだ。
もし私たちが人類の側にいるのであれば、罪のない人命の損失を回避するために、緊急に声を上げなければならない。つまり、ガザの市民や重要なインフラへの無差別爆撃、食料、水、電気の提供の拒否、強制的な避難をやめるよう求めることだ。これらは道徳的に弁解の余地のない戦争犯罪である。
私たちは今、ガザの人々の立場に立って考える必要がある。後戻りできない地点を通り過ぎてしまう前に。もしあなたが私のように、適切な言葉を見つけようと格闘しているのなら、何もない。どんな言葉も、痛みを包み込んだり、亀裂を癒したり、これらすべての不公正を正当に評価することはできない。何を言っても、ある人には酷であり、ある人には不十分だろう。しかし、重要なのは私たちが声を上げることだ。黙っているという選択肢はない。
今後、支援法、公正な和平を提唱するさまざまな立場の専門家による分析や、現地の人々の声などについてのリンクを掲載する予定だ。」(10/16)
ピート・デビッドソン
10月14日、長引いたハリウッド・ストライキを終え、NBC『サタデー・ナイト・ライブ』が6カ月ぶりのオンエアとなった。通常、同番組のオープニングは最新時事問題をパロディ化したコントだが、この日はコメディアン、ピート・デビッドソンのモノローグとなった。ピートの父親は2001年の9.11同時多発テロ事件の際に消防士として現場に駆け付け、亡くなっている。父親はユダヤ系でもあった。
「今週、オレたちはイスラエルとガザからの恐ろしい映像と出来事を見たよね。で、皆が何を思ってるか知ってる:ピート・デビッドソン以上にこれについてコメントするのに適したヤツはいないだろうって。
えっと、いろんな意味で、オレはこれについて話すのに適した人間だ。なぜなら、オレが7歳のとき、父がテロ攻撃で殺されたから。だから、これがどんなことか、少しは知っている。
今週、子供たちが苦しんでいるひどい写真、イスラエルの子供たちとパレスチナの子供たち、をたくさん見た。そして、オレを本当に恐ろしい場所に連れ戻した。この世界の誰もそんな風に苦しむべきじゃない、特に子供たちは。分かるだろ?
父が亡くなった後、母はオレを元気づけるためにできる限りあらゆることを試みたんだよ。8歳のある日、母がディズニー映画だと思って、実際はエディ・マーフィーのスタンダップ・スペシャル『錯乱」をくれたんだ。帰りの車の中でそれをかけたら、エディ・マーフィーが言っていることを聞いた母がビデオを取り上げようとした。けれどその時、母は何かに気付いた。オレが随分と久しぶりに笑っていたと。
オレには理解できないし、本当に理解できないし、今後も理解するつもりはないけれど、時にはコメディーが悲劇を乗り越える唯一の方法であることもある。
今週、人生が破壊されたすべての人たちに思いを寄せている。でも今夜、オレは悲劇に直面してもいつもしてきたことをするつもりだ、それは面白いことをしようと試みること。覚えておいてよ、オレは「試みる」と言ったと。」(10/14)
誰が、何を、なぜ、語ったか
ハマスによるイスラエル襲撃のあった7日およびその直後は誰もが大きなショックを受け、しかし全容が不明だったこともあり、イスラエルの旗と、イスラエル支援のシンプルな短文のメッセージがポストされた。
ほぼ同じ内容のポストを行なったガル・ガドットとカイリー・ジェンナーへの反応が異なったのは、二人の当事者性と、事態への理解度の違いをフォロワーたちが知っていたからだ。先に書いたようにガドットはイスラエル人であり、2021年のガザ紛争の際にもメッセージをポストしている。ガドットのメッセージへの賛否はともかく、ガドットの背景と立ち位置は理解されていると言える。
数日経つとイスラエル支援者、パレスチナ支援者の双方がメディアや、人によっては身内や同胞から情報を得、事態を熟考した上での長文のメッセージを発し始めた。多くのメッセージに共通しているのが「子供」だ。大手メディアとSNSに子供たちが重傷を負い、もしくはすでに遺体となっている映像が溢れた(今も溢れている)。政治的にどちらの側であろうとも、こうした子供たちの姿を見た以上、思いを寄せるのは人間としての自然な感情だろう。
ジェイミー・リー・カーティスがイスラエルの子供だと思ってポストした写真を削除し、批判された理由はそこにある。ユダヤ系のリー・カーティスがイスラエル側に立つのは理解されるが、空爆を恐れる子供たちを政治的な立ち位置もしくは人種民族宗教によって区分したことが人々の感情を逆撫でしたのだった。
多くのセレブが、自身はどちらの側であろうともイスラエルとパレスチナ双方の罪無き一般市民について触れている。まさに「政治的」な部分だ。アメリカが国としてイスラエル支持であること、それ以上にアメリカはイスラエル以外で最もユダヤ系の多い国であり、セレブのみならずアメリカでは意見を述べる際にバランスに配慮する必要がある。毒舌コメディアンのデイヴ・シャペルですら、イスラエルだけでなく、ハマス、アメリカも合わせて批判している。それでも観客たちが会場を出て行く事態となった。
もっとも、自身がテロで父親を亡くしたコメディアン、ピート・デビッドソンが、イスラエルもパレスチナも関係なく「人生が破壊されたすべての人たち」に思いを寄せているのは本心だと思われる。子供だった自分が体験した辛さを、他の誰にも、どの子供にも味わわせたくはないのだ。